病弱なお姫様(2)
命星を大量に集めてから一週間後、私は再び召喚魔法でハロルドに呼び出された。
ハロルドは私を見ると穏やかな表情で言う。
「三日月、この前は星をたくさん集めてくれて助かったよ。私はその命星をさっそく姪の元へ持っていったのだが、姪も、彼女の母である私の妹も山ほどの命星を見て驚いていた。そして三日月にとても感謝していたよ」
ハロルドに顎を撫でられ、私はしゃくれながら話を聞く。
「それで二人とも三日月に直接会って礼を言い、もてなしたいと言っているのだ。私も三日月に礼をしたいし、一緒に来てくれないか? ヤギミルクをたっぷり用意しておいた」
「ミャーン」
「来てくれるか? それなら明日、また召喚魔法を使って三日月を呼び出す。森の外でお前を連れて歩くのは目立つから、私が一人で姪たちの元まで行き、そこで召喚することにしよう」
ハロルドの実家がどこにあるか知らないけど、私も歩いていくの面倒だし、召喚魔法で呼び出してくれた方がいい。
「ミャ」
私が納得すると、ハロルドはすぐに準備を整え森を出たのだった。
もてなしてくれるのはいいけど、私、ハロルドの実家に入れるかなぁ?
そして翌日、昼前。言われていた通りに私はハロルドに召喚された。
ハロルドは私の目の前に立って、いつも通り穏やかな顔をして「やぁ、三日月」と片手を上げている。
しかし私はハロルドに返事をするより先に、周囲の景色に目が行ってしまった。
(何だ、ここ? 広い。それに人間がいっぱいいる)
ちょっと混乱して、前足を揃えて体を屈め、小さくなる。ハロルドがそばにいるとは言え、知らない場所は緊張する。
(綺麗な芝生)
私の周り一帯には明るい緑の芝生が生えていて、長さも綺麗に揃えられているので、ここがただの草原でないと分かった。
ハロルドの実家らしき白亜の建物も隣に見えていて、びっくりするほど大きい。私よりもっともっと巨大な家だ。私が入れるかな? なんて心配はいらないくらい玄関の扉も大きかった。
建物は広い芝生の庭に囲まれ、さらに背の高い壁に囲まれている。白っぽいレンガで作られていてこれもとても綺麗だ。
芝生の一部にはオレンジを混ぜたような薄茶色のレンガが敷き詰められていて、門とハロルドの実家を繋いでいる。
それに庭の中央には水が絶え間なく湧いてくる人工的な泉がある。何だ、あれ?
「あれは噴水だ」
落ち着きなくきょろきょろしている私の視線を追いながら、ハロルドが説明する。
「そしてあの白い建物は城。王族が住む王城だ。さらに三日月の後ろにいる人間たちはここで働く騎士で、私が巨大な猫を呼び出すと言ったら見物しにきた」
私の後ろに並んで立っていた白い制服を着た騎士たちは、召喚された私の大きさに驚きつつ、興味を持っている感じだった。
(これが城かぁ)
私は白亜の建物を見上げて感心した。こんな大きな建物を作る人間って結構すごいじゃん。
城には窓がいっぱいあって、窓の柵にはおしゃれな彫刻がされていたり、屋根の形もツンと尖っていて面白い。豪華で美しくておしゃれだ。
城も庭も噴水も、向こうに植えられているたくさんの花も騎士の身なりも、ここにあるものは全部綺麗だからハロルドがちょっと浮いている。
ハロルドも別に汚い恰好をしてるわけじゃないんだけど、特別綺麗な服でも煌びやかでもない木こり風の格好だから。
でもハロルドも立ち居振る舞いに品があると言うか、服さえ変えればここにいても何らおかしくない感じはある。
(ハロルドの実家がお城ってことは、ハロルドって王族だったの?)
王族だし賢者だし、ハロルドも結構すごい人間だったみたい。星降る森に住むただの変わったおじさんじゃなかったんだ。
失礼なことを思っている私に、騎士の一人がそっと近づいてきてハロルドに尋ねる。
「ハロルド様……な、撫でてもよろしいでしょうか?」
若い騎士は頬を若干紅潮させて、私に触れようと右手を軽く持ち上げていた。
しかしハロルドは緊張で体を縮こませたままの私を撫でながら言う。
「いや、三日月は知らない人間に触れられるのは嫌がるだろう。見るだけにしておきなさい」
「はい……」
騎士は残念そうに引き下がる。本当に残念そうだ。さては猫好きだな。
(別にちょっとくらい撫でさせてあげてもいいけどね)
私はそう思ったけど、ハロルドは私を撫でながら「素晴らしい毛並みなんだがな、残念だったなお前たち」と高笑いしている。
「三日月は私にしか心を許していないから仕方がないな。他の人間と接したことがないのだ」
ハロルドが嬉しそうに言っているので真実は伝えられないけど、私ハロルド以外の人間とも結構会ってるよ。召喚獣の契約はエミリオともしてるしね。
「では中に入ろうか、三日月。私の妹や姪たちが待っている」
機嫌が良いハロルドに連れられて、城の大きな玄関から中に入る。警備のために騎士も何人かついてきた。
この国の季節は今は初夏くらいかな。森の中より少し暑く感じる。黒い長毛は日光を吸収しやすいから、私は人間より余計に暑いのかも。でも寒いよりはずっといい。
お城の中に入るとちょっと涼しくなった。内装も豪華だったけど、不思議と嫌な派手さはない。建物自体は白色で、金色の装飾品が飾ってあり、絨毯は深い赤色、カーテンは緑、壁紙には植物が描かれていてあちこちに絵も飾られている。ごちゃごちゃしそうな感じなのに調和が取れていて上品だ。
天井が高く、どこもかしこも広いので、巨大な私でも住めそう。
ずっときょろきょろしながら城の廊下を歩き、生まれて初めて階段というものを登り――一段一段が狭くてとても登りにくかった――、とある部屋の前に辿り着く。
部屋の扉は玄関の扉よりずっと小さいけど、それでも私がつっかえることはない大きさだった。
扉の両脇には騎士が立っていて、私を見るとやはりちょっと目を見開く。大きな猫が来るってことは聞いてたみたいだけど、実際見るとびっくりするんだろう。
「クローディア、アンネリーゼ、いるか?」
ハロルドがノックをして尋ねるが返事はない。
「入るぞ」
そこでハロルドは扉を開けて中の様子を確認する。
「誰もいないのか? アンネリーゼ?」
部屋にはテーブルと椅子、本棚、ベッドなんかがあった。ベッドは天井付近から垂れ下がった美しい布に囲われている。薄くて向こう側がちょっと透けて見えるから、誰かが寝ているのも分かった。
ハロルドも布越しにベッドを覗き込むと、珍しく動揺した声で叫ぶ。
「アンネリーゼ! 大丈夫か!?」
ハロルドが布を退けると、ベッドには若い女性が横たわっていた。ハロルドと同じ砂色の髪は長い巻き毛で、青いリボンもつけている。
しかし彼女――アンネリーゼの口元は血で汚れていて、胸元まで広く赤色が広がっている。
血を吐いたのかな? 私もびっくりして毛が少し逆立つ。
(この子がハロルドの病弱な姪ってこと? し、死んでないよね?)
匂いを嗅いで確認しようとしたが、ハロルドが枕元に立っているので私は近づけなかった。仰向きで寝ていたアンネリーゼの体を横に向けて、口の中に残っている血を出そうとしているみたい。
と、そこで廊下から部屋に誰かが入ってきたので、私もハロルドも一瞬そちらに顔を向ける。ハロルドは焦った表情のまま、部屋に入ってきた人物に向かって声を荒げた。
「クローディア! どこへ行っていたんだ、アンネリーゼが血を吐いた! すぐに侍医を呼んでくれ!」
ハロルドにクローディアと呼ばれた人物は、煌びやかな深紅のドレスをまとった中年の女性だった。ハロルドより明るい砂色の髪を華やかに結い、頭頂部にはキラキラ光る髪飾りのような何かを乗せている。
大きな宝石のついた首飾りや指輪も一つずつしていて、お化粧もしっかりしているけど、この城と同じく品がある印象だ。
体つきはふっくらしていて、きりっとした目と眉が意志の強さを感じさせる。見た目に男性的な要素はないのに、何故か男らしく頼れる感じがした。
目元はそうでもないけど、全体的な雰囲気や顔立ちがハロルドに似ているから、もしかしてこの人がハロルドの妹かな。だとしたらアンネリーゼの母親か。
「何を笑っている?」
ハロルドは眉をひそめてクローディアを見ている。クローディアは赤い唇の端を持ち上げて笑みを浮かべていたのだ。
「早く侍医を……」
娘を心配することなく笑っているクローディアのことをいぶかしがりつつも、ハロルドは視線をアンネリーゼに戻す。
突然、血に塗れた彼女が上半身を起こしたからだ。
「アンネリーゼ!? 起きて大丈――」
「イタズラ大成功~!」
アンネリーゼは血を垂らしながら弾けるような笑顔を見せ、パチパチと手を叩いて喜んだ。
私とハロルドは目を丸くして動きを止める。
「い、いたずら……?」
ハロルドはかろうじてそれだけ呟く。
顔つきにまだ子供っぽさが残るアンネリーゼは、無邪気な笑い声を上げて言う。
「ハロルドおじ様、こんな簡単なイタズラに引っかかるなんて賢者の名が泣くわよ」
アンネリーゼの目は明るい青緑色で、はっきりとした目元は母親似だった。不治の病に侵されているとは思えないくらい明るく、元気そうに見える。肌は白いけど、やせ細っているということはない。
ハロルドは全てを察して安堵のため息を吐く。
「全くお前は……。幼い時から変わらないな。心臓に悪いイタズラはやめてくれ」
「ふふっ、ごめんなさい!」
「クローディアも一緒になって私を騙すんじゃない。アンネリーゼを止める立場だろう」
ハロルドにそう言われると、クローディアは「ふふっ」とアンネリーゼによく似た笑い声を上げた。
「だって面白いじゃない」
「私がやるから真実味が出るしね」
クローディアは少し高飛車に、アンネリーゼは血塗れのままで笑う。ろくでもない親子だなぁ。
そしてハロルドから私に顔を向けると、クローディアとアンネリーゼの親子は順番に言う。
「ところでその子が三日月ね? 思っていた以上に大きいから驚いたわ」
「私も薄目で見て悲鳴を上げそうになったけど、イタズラが優先だったから何とか耐えたわ。でも可愛い! 顔とか体型が子猫よね」
そこで廊下から使用人たちがやって来て、アンネリーゼの血――匂いからしてきっと偽物の血だ――を拭き取り始めた。
クローディアは言う。
「兄様、アンネリーゼは着替えるから廊下で少し待っていて」
「こんなイタズラで使用人の仕事を増やすんじゃない」
ハロルドはそう言ったけど、イタズラが成功して喜んでいるアンネリーゼを見て使用人たちも嬉しそうにしている。彼女たちはとても仲が良さそうに見えた。
ハロルドもその光景を見て苦笑しつつ、部屋から出て行く。私も別に人間の着替えに興味はないのでハロルドについて行った。
そしてアンネリーゼの準備が整うと、迎賓室という大きな部屋にみんなで移動して話を始めた。
「三日月、彼女は私の妹のクローディア、そして姪のアンネリーゼだ。クローディアはこの国――オルライトの女王であり、アンネリーゼは王女なのだ」
ハロルドは二人を私に紹介した後、「そしてこの子は三日月。星降る森に住む幻獣――巨大猫だ」と、私を二人に紹介した。
クローディアは女王なのか。ドラグディアのレオニートやトルトイのエミリオと同じく、国で一番偉い人だ。私には王族のすごさとか偉さとかよく分からないけど、まぁ、とにかくすごいんだろう。
「本来は私が王位を継ぐべきだったのだがね。どうしても世界を見たかった。代わりにクローディアには随分苦労をかけている」
「全くよ」
クローディアは扇で口元を隠しながらハロルドを睨んだけど、次にはため息をついてこう言う。
「けれど結局、これで良かったと思うわ。自由人の兄様に王は務まらないでしょ」
「うむ。何も言い返せん」
ハロルドが腕を組んで困った顔をすると、クローディアもフッと笑みをこぼす。
「兄妹喧嘩しないでよ?」
そこでアンネリーゼが二人を諫め、今度は私に向かって言う。
「改めてこんにちは。あなたが三日月ね」
薄ピンク色のふわふわとした軽やかなドレスに着替えたアンネリーゼは、お座りしている私の前に立った。
「あなたが命星をたくさん取って来てくれたって、ハロルドおじ様から聞いたわ。本当にどうもありがとう」
「わたくしからもお礼を言うわ。ありがとう。とても感謝しているわ」
アンネリーゼとクローディアの親子から感謝され、私はウムと頷いた。苦しゅうない。
「アンネリーゼの体調は段々と悪くなってきていて、最近は命星を口にすることで何とか生きながらえている状況だったから、あのたくさんの命星のおかげでこの子の寿命が延びたと言っても過言ではないのよ」
「一日一個食べてもあと五十日以上は生きられるものね」
アンネリーゼは死にかけの病人とは思えない笑顔で溌溂と言う。明るい人間だなぁ。不治の病に侵されて寿命がいくばくもないとなったら、私なら怖くて毎日泣いて過ごすかもしれない。
一方母親のクローディアも暗い顔はしていないが、娘を見る時の瞳にはわずかに心配や不安の色が滲んでいる。
アンネリーゼは弾んだ声で言う。
「さぁ、まずは三日月にお礼をしないとね。ハロルドおじ様からヤギミルクが好きだって聞いたから、たくさん用意してあるのよ。下に行きましょう!」
「ミー」
やったぁ! と喜んで立ち上がる私。アンネリーゼを先頭に、私、そしてハロルドとクローディアが続いて部屋を出る。騎士たちもぞろぞろついてきた。
花がたくさん植えられている中庭に出ると、芝生の上に大きな桶のようなものが置いてあるのが見えた。私は無理だけど、人間なら中に入って水浴びできるほどのサイズだ。
「城にある桶の中で一番大きいものをここに運ばせたのよ」
アンネリーゼは私にそう説明すると、今度はいつの間にか周りにいたたくさんの使用人たちにミルクを持ってくるよう指示を出す。
使用人たちは迅速に動き、一旦中庭から去ると、やがて金属製の大きなボトルをそれぞれ抱えて戻ってきた。ボトルの中には白いミルクが入っていて、使用人はそれを桶に注いでいく。
「さぁ、どうぞ!」
僅かに甘い香りを放つ美味しそうなミルクが、桶にたっぷりと入れられた。
こんな量のミルクを飲むのは初めてなので、私はちょっと興奮しつつも舌を伸ばす。しかし勢い余って口や鼻も桶の中にドプンと浸けてしまい、慌てて顔を引き上げる。
「いつもは私が直接口の中にミルクを入れてやってるからか、一人で飲むのが下手だな」
私は真っ白になった口元をペロペロ舐めながら、笑っているハロルドをちらりと睨む。
そして今度こそ上手に舌を伸ばしてミルクをすくい上げた。
「ンミャ、ンミャ」
ピチャピチャとミルクを飲みながら、思わず声が出てしまう。やっぱり美味しいなぁ。
「美味い、美味い、と言っているようだ」
「本当にそう聞こえるわ」
ハロルドの言葉にクローディアが頷いて笑う。ンミャ、ンミャ。
美味しすぎて必死になっちゃって、たぶん今、私は目をひん剥いて怖い顔をしてると思う。
(このミルクは全部私のだぞ! 誰にも渡さないぞ!)
周りにいる騎士や使用人たちがこちらをじっと見ている気配がしたので、桶にさらに顔を近づけてミルクを守る。私の顔が桶に覆いかぶさっているから、誰も横取りできないはず。
しかしどうやら誰もミルクには興味がないらしく、横取りしてくる人はいない。みんな私が必死でミルクを飲む様子を眺めて楽しんでいるだけみたい。何が楽しいんだか。ンミャ、ンミャ。
「体は大きいけれど子猫ですね。可愛らしい」
「ええ、本当に」
使用人の女性たちが囁く声が聞こえてくるし、騎士たちも緩い表情でこっちを見てくる。
私は空になった桶をさらに綺麗に舐めてピカピカにし、顔を上げると、再び白く染まった口元をペロペロ舐める。
「美味しかった?」
「ンミャ」
「喜んでもらえたようで良かったわ。ところで……」
アンネリーゼはそこで自分の両手を持ち上げ、こちらに手のひらを向けながらウフフと笑って言う。
「そのもっふもふの毛を撫でさせてもらってもいいかしら?」
ミルクを完飲してしまった手前、断りづらくて「ミャ」と許可を出す。お腹いっぱいになったし、お日様が当たって気持ちがいいし、撫でられながら昼寝でもしたい気分だ。
私がその場にごろんと転がると、周りにいたハロルド以外のみんなは一瞬どよめいて一歩下がる。私の体の大きさに慣れていない人間は、私が寝転がるだけでもちょっとびっくりするらしい。
「じゃあ失礼して」
お腹を出して寝ている私の隣に座り、アンネリーゼは慎重にこちらに手を伸ばしてくる。が、一度撫でると一気に緊張の取れた顔になった。
「ふぁぁ! 柔らかいわ! もっふもふだわ!」
「わたくしにも触らせてちょうだい」
クローディアもつられてこちらに手を伸ばし、使用人や騎士たちもどさくさに紛れて私を撫でてくる。お腹はあまり触らないでほしいんだけど……まぁ人間の小さな手で撫でてくるだけだし、怒るのも面倒臭いしいいか。
全てを放棄して目を閉じ、寝た。
次に気がついた時、アンネリーゼは私のお腹にもたれかかって眠っていて、ハロルドとクローディアはそばでテーブルに座ってお茶をしていた。眠る前にはこんなテーブルと椅子はなかったはずだけど、使用人たちが運んできたのかな。
少し離れたところに立って警備をしている騎士たちの姿も見える。
と、そこで、
「――だが、星降る森へは人をやっているんだろう?」
ハロルドが深刻そうな顔をしてクローディアに話している声が聞こえてきた。
クローディアも厳しい顔をして返す。
「もちろん持続して命星を取ってもらってきているわ。だけど一日中探しても見つけられない日もあるようだし、不安は尽きない。国の備蓄分もあるけど、アンネリーゼ個人のためにどれだけ命星を使えるか……」
「私も引き続き探そう。協力してもらえる時には三日月にも手伝いを頼む。この子は星を探すのが得意だから。ただ、気まぐれだから、次に頼んだ時は一つも取って来てくれないかもしれないがね」
「猫だもの仕方がないわ。アンネリーゼを生かすための命星探し、なんて仕事を押し付けるわけにもいかないから」
二人は困ったようにこちらを見て、私が起きていることに気づいた。
「三日月、起きたか」
そして私が身じろぎしたところでアンネリーゼも目を覚ます。
「……あら? 私ったら眠っていたのね。三日月のお腹は温かくてふかふかで、とてもよく眠れたわ」
アンネリーゼは目を擦って体を起こしながら言う。次に立ち上がってドレスについた芝生の草や私の毛を払うと、瞳をきらめかせた。
「心なしか寝る前よりも元気になってる気がするわ。三日月という素晴らしいベッドで眠ったおかげね」
「ミャーン」
「ありがとう、三日月も喜んでくれるのね」
私はベッドじゃないよと抗議したのだが、アンネリーゼには違うふうに聞こえたようで何故かお礼を言われる。
「日向ぼっこをしながら外でお昼寝をするなんて、生まれて初めてじゃないかしら? とっても気持ちよかったわ。適度にお日様に当たるのは健康に良いのね!」
すっきり目覚めて気分が良いらしいアンネリーゼは、スカートを摘まんで軽く持ち上げ、鼻歌を歌いながらスキップし始めた。元気だねぇ。
「もしかしてこれで病も治ったんじゃないかしら?」
アハハと笑い声を上げながら明るく言う。
「そんなわけないでしょう。大人しくしていなさい」
「スキップしたい気分なの」
クローディアが注意するが、アンネリーゼは子供みたいにはしゃいでいる。
そして次の瞬間――何の前触れもなく、ふらりと力なくその場に倒れた。
「王女殿下!」
騎士たちが慌てて駆け寄ってきて、青い顔をしているアンネリーゼを抱き起す。クローディアやハロルド、使用人たちもすぐにアンネリーゼの元へ向かい、私は一歩も二歩も遅れてワタワタと走っていく。
(元気そうだったのに急にどうしたんだろ?)
場の空気にのまれて、私もアワアワしてしまう。アンネリーゼの周りにみんな集まっていたけど、私は大きいので上から覗き込んで様子を見ることができた。
「アンネリーゼ、大丈夫なの?」
心配そうに言うクローディアの表情はこわばっている。
「大丈夫……。星の効果が……もう切れたみたい……。いつもの体の重さとか、冷えとか……、気持ち悪さや頭痛が戻ってきた」
アンネリーゼは意識はあったが、喋るのも辛そうで、立ち上がる元気なんてなさそうだった。
クローディアはそんな娘の様子を見て、騎士たちに指示を出す。
「ベッドへ運んでちょうだい」
「まだ三日月と触れ合っていたいわ……」
「今日はもう休みなさい」
クローディアに言われると、アンネリーゼは悲しそうに目を閉じて騎士に抱えられ、城の中へ運ばれていった。
彼女の姿が見えなくなると、クローディアも悲しげに眉根を寄せて呟く。
「命星を食べても倒れてしまうなんて。こんなこと今までなかった」
「星はいつ食べた?」
「今朝よ。星の効果は、以前は数日は持ったわ。だけど最近では一日持たなくなってきているの」
「それだけ体調が悪化しているということか」
ハロルドも厳しい顔をして言ったのだった。
アンネリーゼは病に侵されているにしては元気だと思っていたけど、それは命星を食べていたからだったみたいだ。そして命星の効果が切れれば、ベッドで横になることしかできない病人に戻ってしまう。
それどころか今はそれよりさらに悪化していて、死がすぐそこまで忍び寄っている状況らしい。
私はそういう現状を察して、しゅんと肩を落とした。人が死ぬって、何か悲しいなぁ。




