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星降る森の三日月 ~ただの巨大な子猫です~  作者: 三国司


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ジーズゥの罪人(1)

 森の中心にある古木の根元で、その日私は正午を過ぎても惰眠を貪っていた。早朝にテンション上がって走り回り過ぎたせいでいつまでも眠い。

 しかしスヤスヤと眠っている私の耳に、獣の咆哮のようなものが届いて私はピクリと片方のまぶたを持ち上げる。


(何だ?)


 寝ぼけながら耳を澄ますと、遠くから咆哮が再び聞こえてきた。

 何が鳴いているんだろうと予想をする。狼の遠吠えではないし、熊の鳴き声はこんなに遠くまで響かないと思う。


(魔物かなぁ)


 魔物は魔力星を取り込み過ぎて凶暴になったり体が変化してしまった元動物や植物なので、鳴き声も様々だ。中にはこんなに力強い咆哮ができるやつもいるのかもしれない。


(でも、魔物ほどは荒々しくないような……)


 声に若干の優しさがこもっているような気がする。誰かを威嚇しての咆哮ではなく、遠くにいる仲間を呼んでいるような感じがあるのだ。

 そんなことを考えながら再び眠ろうとしたのだが、咆哮がしばらく続いて寝られなかった。


「ミャウ……」


 うるさい。声の大きさからして、この声を出している生き物はたぶんずっと遠くにいると思うけど、私の耳に直接響いているような感覚がある。不思議な声だ。


(待てよ、この声って)


 十何度目かの咆哮を聞いてやっと、私は声の主に気づいた。

 これ、エレムの声だ。

 この森の北には竜の国ドラグディアがあり、その国の王様レオニートがいつも乗っている銀色で隻眼のドラゴンがエレムだ。

 でも気になるのは、いつものエレムとは違う不思議な響きを帯びた声だということ。


(とりあえず私もエレムを探してみよう。なんか呼ばれてる気がする)


 彼らは森で一番大きい泉のほとりによく来ているから、今もそこにいるかもと思った。だけどここからその泉に行くとなると私の足でも結構かかる。三時間、いや四時間くらいかな。

 

「ミャーン!」


 大きく鳴いてみるけど、距離的に私の声は聞こえないだろう。

 

「ミャー!」


 私ここだよー! 何か用ー? と言いながらトテトテ走って泉に向かう。

 と、その途中で魔力星を見つけ、私は閃く。


(前やったみたいに、これ食べて魔力を声に乗せればエレムに届くはず……。あれ? もしかしてエレムも今、そうやって魔力を込めて鳴いてる?)


 きっとそうだ。エレムも私を呼ぶために魔力星を食べたに違いない。だから声がいつもと違って、遠くからでも不思議と響いてくるのだ。

 納得して、私も地面に落ちていた魔力星を食べる。星はすぐに溶けて、私の体に魔力がみなぎった。


「ミャァァン!」


 今度は私の声も大きく反響して遠くへ伝わっていく。そしてその声が届いたのか、エレムの咆哮がぴたりと止んだ。


「ンミャァー!」


 私は走るのを止めて鳴くことに専念する。こっちから行くの面倒だからエレムの方から来て。

 

「ミャーン」


 すでに鳴くのも面倒になってきたから、早く見つけてほしい。

 と、近くに日向ぼっこできそうな場所を見つけたので、そこに移動してごろごろ寝ながら待つ。ここには木がなくて開けているから、空からエレムが飛んで来たら見つけてもらえるだろう。

 しばらく日向ぼっこを楽しんで鳴くのを忘れていたら、『居場所を知らせろ』と催促するようにまた遠くからエレムの鳴き声が聞こえたので、仕方なく鳴いておく。


「ンミャァ」


 全くやる気のない声になってしまったが、魔力はこもっているのでエレムには届くだろう。

 そして催促されて鳴く、を何度か繰り返した頃、青空に影が射した。エレムが飛んで来たのだ。

 エレムは一頭ではなく、いつもの仲間たちと一緒だった。背にはレオニートを乗せているようだし、護衛の竜騎士であるイサイとキーラ、セドと、それぞれの相棒のドラゴンたちもいる。


「何を寝ている」


 私の隣に降り立つと同時にエレムが低い声で文句を言う。鳴いて私に呼び掛けながら飛び回っていたらしく、ちょっと息が切れている。


「ミー」

「相変わらずで何よりだ」


 今度はレオニートが言って笑う。エレムは呆れて疲れた顔をしていた。

 私は日向ぼっこをやめて起き上がると、パチパチと瞬きをする。エレムの背に乗っているのはレオニートだけかと思ったら、彼の妻であるレイラも一緒だった。


「こんにちは、三日月。今日も大きくて可愛いわね」


 レイラはにっこりほほ笑んで言う。相変わらず竜人て感じがしない儚げな美人だ。


「――三日月!」


 とそこで私に声をかけてきたのは、女性竜騎士キーラの前でドラゴンに跨っていた銀髪の少年、ロキだった。


「ミャウ!」

「三日月! 会いたかった!」


 ロキはドラゴンから降りると、嬉しそうに笑って私に駆け寄ってくる。ロキは髪を切ってさっぱりしていたし、ガリガリだったのが健康的に肉がついた。そしてどこかの王子様みたいな綺麗な服を着ていて見違えた。

 元々生えていない左の角はそのままだし、右の角も先が欠けたままだけど、そんなこと気にならないくらいの美少年になっている。

 ドラグディアで良い環境にいるのだと想像できて、私は嬉しくなった。


「ミー」


 本当にロキだよね? と私がフンフン匂いを嗅ぐと、ロキは明るく笑う。


「あはは、前のぼくとは違うでしょ? 竜人のみんなに良くしてもらってるんだ。行儀作法を覚えたり勉強するのは大変だけど、誰からもぶたれたりしないし、毎日ごはんも食べられるし、綺麗なベッドで眠れるし、ぼく今とっても幸せだよ」

「ミャア」


 よかったね。表情も子供らしい無邪気さが出てきて明るくなった。

 するとレオニートも私の方へやって来て、私の眉間の辺りを撫でながらこう説明してくれた。


「ロキをドラグディアへ連れ帰った後、彼のことをレイラに話したら案の定ひどく同情してな。ロキを自分の実家に住まわせ、両親に頼んで養子にさせたのだ。レイラの実家はドラグディアの貴族だから、ロキも貴族になった」

「ロキを一目見ればひどい虐待を受けていたことは明白だったし、どうしても放っておけなかったの」


 レイラはロキの隣に立ち、幼い子供にするように優しくロキの頭を撫でる。ロキは恥ずかしそうに、でも嬉しそうに頬を赤らめる。お母さんにはそんなふうに優しくされたことなかったのかも。

 背の高い竜騎士のセドも、ロキやレイラを温かく見守りながら言う。


「レイラ様はご自身で孤児院も作って、身寄りのない子を引き取っておられますしね。ロキ様のことも放っておかないだろうと思ってました」


 するとそこでロキは少しうつむき、申し訳なさそうに呟く。


「でも、ぼくみたいにみすぼらしくて、角も一本しかなくて、竜人でも人間でもない中途半端な人間を引き取って大丈夫なのかなって今も心配だよ」

「まだそんなこと心配しているの?」


 レイラが呆れたように言い、キーラもはっきりとした口調でロキに話す。


「多くの竜人はロキ様を受け入れていますし、陛下やレイラ様の決断を支持しています。それに『虐待され、星降る森に逃げていた少年を救った心優しき王と王妃』だと、今回の出来事は美談になっているんですよ」

「陛下とレイラ様は国民からより支持されるようになりましたし、ロキ様は何も心配することはありません」


 イサイもキーラの話に補足して言うと、ロキはホッとしたように頷いた。


「うん、分かった。信じるよ」


 そして私の方を向くと、ロキは改めてこう言う。


「三日月も本当にありがとう。三日月がいなかったら陛下たちとも会えてなかったし、森を出てよかったと思う」

「ミャー」


 目線を合わせるために伏せをすると、ロキは笑顔を見せて私の頬をワシワシと撫でた。そしてしばらく私と一緒に遊ぶと、「またね」と言って竜人やドラゴンたちと共にドラグディアに帰っていったのだった。


 

 それから四日ほど経った頃、私は森の南の端に来ていた。

 竜人の住む北のドラグディア、ハロルドやロキの出身国である西のオルライト、リセやエミリオのいる東のトルトイ――という三つの国の名前は何となく耳馴染んだ。だけどこの星降る森と接している五つの国のうち、南のジーズゥと南東のパールイーズについては全くの未知だ。

 なのでそれらの国の様子を見てみようと、南の端までやって来たのである。とりあえず今日は南のジーズゥを探ってみようかな。


 しかし森の端に着いてそこから外の様子をうかがってみても、草原が広がっているだけでどんな国かは分からなかった。

 場所によっては森に勝手に人が入らないように監視の人がいるかもしれないけど、ここにはいない。

 でも木製の簡単な柵が森を囲むように設置されていて、そこに看板が等間隔に取り付けられてある。のそのそと森から出て看板の文字を見てみたけど、何て書いてあるのかは分からなかった。結構細かく色々書いてある。森に向かってではなく外に向かって取り付けられているので、ここに来た人間へのメッセージだろう。『森に勝手に入るな。入ったらどうたらこうたら~』みたいな感じかなぁ?


 国によって一般人も森に入っていいところもあるかもしれないけど、ジーズゥは柵を作ってるので勝手には入れないんじゃないかな。柵は簡単に乗り越えられる作りだけど、だから看板で警告してるってとこだろう。

 遠くには町が見えたけど、あまり栄えている様子はない。大きな建物もないし、家の作りも簡素なようだ。


(フーン)


 ここには興味を引かれるものがなかったけど、日が当たって気持ちいいので、目をつぶって暖かさを思う存分背中で感じた。前足を揃え、背中を丸めて草原にちょこんと座る。あー、あったかいねぇ。

 少しの間そうやって日光を浴びていると溶けてくるのが猫という生き物である。

 体がふにゃふにゃになり、座ってられなくなって、地面にごろんと転がった。四肢を投げ出して全身で太陽の光を受け止める。最高だぁ。


 そうしてそのまま昼寝に突入するのがいつものパターンだけど、今日は自分を律して起き上がった。今日はここに昼寝をしに来たんじゃない。ジーズゥという国の様子を観察しに来たんだから。

 ジーズゥの人と出会うまで森の外をぐるっと歩いてもいいけど、魔物と勘違いされて攻撃されたら嫌なので、一旦森に戻った。魔法を使われたら大きな私でも怪我させられるかもしれないしね。


(ジーズゥの人が星を拾いに来ていないかな?)


 そう考えた私は、森の中で人間を探すことにした。森は私の庭みたいなものだから知らない人間と外で出くわすより不安は少ない。攻撃されてもすぐに逃げれば、森の中では人間は深追いしてこないだろうし。


(たまには鼻でも使ってみるか)


 普段は目や耳を特に使っていて嗅覚にはあまり頼らない私だけど、適当に歩いていても人間とは出会えないと思ったので、匂いを手掛かりにすることにした。

 フンフンと空気の匂いを嗅ぎ、人間の匂いが混じっていないか調べる。木や木の葉の爽やかな香り、湿った土の落ち着く匂い、どこかで生っている果実の甘い香り、それに獣臭も少々した。本能的に警戒しなきゃと思うような匂いではないので、小動物の匂いだと思う。


 鼻をフンフン鳴らしながら歩いていくと、やがてちょっと顔をしかめたくなるような匂いを感じ取って私は鼻にしわを寄せる。


(人間の匂い? でも人間にしては何だか臭い)


 緩やかに吹く風に乗って漂ってきているようなので、風上に向かって歩いていく。匂いは段々強くなっていった。やっぱり人間がいると思う。体臭の強い人間なのかも。


(いた)


 木々の間を抜けた先にいたのは、予想通り人間だった。しかも一人ではなく四人いる。みんな中年の男性だけど、白髪が混じっていておじいさんと言っていいような見た目の人もいる。

 

「うぅ……」


 だけど私が驚いたのは、彼らの置かれている状況だ。四人がそれぞれ木に括りつけられていて、動けない状態なのだ。


(え? 何してるんだろ?)


 頭の中が疑問でいっぱいになる。こういう遊びが人間の間で流行っているのかと思ったけど、楽しそうな雰囲気ではない。

 四人とも辛そうで、私が来たことに気づいても大きな反応ができないでいる。手首を後ろ手に縛られた後、縄で木に括りつけられたみたい。縄の位置はお腹の辺りなので、上半身を支える体力がないのか前のめりになったまま顔を上げられない人もいた。

 誰がこの人たちをこんな目に遭わせたのかな。


「魔物……。ここで……終わり、か……」


 比較的若くて体力が残っているらしい口髭のおじさんが、私を見て息も絶え絶えに呟く。絶望と希望の両方を感じているような顔だ。私に殺されると思って恐怖すると同時に、この辛い状況が終わることにホッとしているみたい。


(この人たち、何日間ここでこうしていたんだろう?)


 人間にしては臭いと思ったのは、すえた汗の匂いと、垂れ流された尿の匂いが混じっているからだ。それに死臭じゃないけど、肉が腐りかけているような嫌な匂いもする。死に近い生き物が放つ匂いなのかもしれない。

 四人とも、明日まで持たずに死ぬかもしれない。



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― 新着の感想 ―
[一言] またまた面白い展開ですね。 三日月が、あくまで猫なのが良いですよね。知性のあるけど自由な猫ちゃんと色々な人型との交流が面白いっす
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