竜の国の王様たち(2)
ドラゴンたちと遊んだ後、彼らと一緒に泉のほとりでごろごろ日光浴していると、命星を探しに行っていた竜騎士たちが戻ってきた。
ドラグディアの王だというレオニートを先頭に、キーラ、イサイ、セドが森から出てきたが、星の気配がしないのでどうやら見つけられなかったようだ。
「お、子猫がすっかり警戒を解いてる」
セドが、ドラゴンたちに囲まれながらお腹を出して寝っ転がってる私を見て言う。
「ドラゴンと猫が仲良くしてるの、いいですね」
「まぁ、猫って言っても普通の猫ではないけどね」
イサイとキーラもこっちを見て呟いた。この二人は同じ褐色の肌をしてるけど、顔は似てないので別に姉弟とかではないようだ。
レオニートも愉快そうにエレムに笑いかける。
「エレム、子猫と仲良くなったのか?」
エレムはからかってくるレオニートを無視して、伏せをしたまま面倒くさそうにまぶたを閉じた。
なので代わりにレイラが答える。
「エレムは優しかったですよ。三日月の相手をしてあげていました」
「三日月?」
「子猫のことです。胸に白い三日月の模様があるので」
レオニートは「そうか」とレイラにほほ笑んだ後、真面目な表情になって続ける。
「すまない、レイラ。命星は見つけられなかった」
「いえ、私なら大丈夫です」
「もう少し待っていてくれるか? 今度は向こう側を探してみる」
「分かりました。けれど陛下に探させるなんて申し訳ないです。私の体のことなら心配なさらず……」
「そういう訳にはいかない」
レオニートははっきりと言ってから、再び竜騎士の三人を連れて森へと向かった。レイラは申し訳なさそうな、寂しそうな、何とも言えない表情をして顔を伏せている。
人間や竜人の複雑な感情のことは私には分からない。レイラがどうしてそんな顔をするのかもさっぱり分からないが、私は立ち上がってレオニートたちを追いかけた。
星を見つけるのが得意な私なら命星を見つけられるかもしれないし、命星を食べたらレイラの表情も明るくなり、元気になるかなと思ったからだ。
「ミャーン」
森に入ったレオニートたちに声をかけて駆け寄る。
「どうした? 我々はお前の相手をしてやれないぞ。命星を探さねばならん」
「ミャ」
分かってるよと答えて、私も命星を探す手伝いをした。
(レイラってどこか体が悪いのかなぁ)
命星を食べても病気は治らない場合が多いけど、一時的に楽になったり元気になったりはする。
(たくさん見つかればいいけど、難しそう)
私はあちこち見回しながら考える。前回星が降ってから半年経った今の時期、森に星はあまり残っていない。
星が降った直後はたくさん落ちていても、人間や動物、幻獣や妖精、魔物に拾われ、どんどん数が少なくなっていくからだ。人間が入ってくる森の端の方ではもう星は一つもなくなっているかもしれない。
その点、竜人はドラゴンに乗って森の奥まで安全に飛んで来られるからまだ望みはある。この辺りも中心部に近いしね。
「もしかしてこの子猫――三日月って、俺たちと一緒に命星を探してくれてるんですかね?」
イサイが、きょろきょろと顔を動かしている私を見て言う。
「確かに何か探しているような感じだわ」
「良い奴だが、あまり頼りにならないな。犬なら星の匂いを辿って見つけてくれたかもしれないが、子猫じゃな……」
キーラがイサイに同意し、セドは残念そうに呟く。腹が立った私は無言でしっぽをブンと振り、背後にいたセドにぶつけた。
「うおッ!?」
しっぽが当たって、黒いもふもふで前が見えなくなったセドは一瞬びっくりしていた。
「言葉はある程度理解しているようだな」
しっぽで攻撃されたセドを見て笑いながら、レオニートが言う。そして私の背中をポンと叩いてこう続けたのだった。
「頼んだぞ、三日月。子猫の手も借りたいくらい、命星が欲しいのだ。レイラに元気になってほしい」
「ミャーン」
それから一時間ほど森を探し回って、結果的に命星を一つ見つけることができた。だが、私としてはあと二つ三つほどは見つけたかったので、ちょっと不満だ。やっぱり落ちている星の数が少なくなっていると思う。
だけどレオニートたちは一つでも喜んでくれて、私が星を見つけた時は「よくやった!」とすごく褒めてくれたし、セドも「やっぱり頼るべきは犬より子猫だな」と手のひらを返していた。
そしてレイラとドラゴンたちの元に戻ると、レオニートはレイラに命星を手渡した。
「三日月が見つけたのだ。さぁ、食べろ」
命令しているような言い方だけど、レオニートの声はとても優しかった。
レイラはまだ申し訳なさそうな顔をしたままだったが、透き通った金色の命星を口に運ぶ。
少し大きなそれを食べづらそうに頬張ったものの、口に入れるとすぐに溶けるので、飲み込むのに苦労することはなかった。
「ありがとうございます、陛下」
レイラは少し暗い顔をしてレオニートにお礼を言う。命星を食べた時の反応が薄かったので、きっとレイラはこれまでも何度か食べたことがあるのだろう。レオニートたちはしょっちゅうレイラのために命星を探しに来てたのかな。
「三日月もありがとう」
レイラは儚げなほほ笑みを浮かべて私の首元を撫でる。命星食べて元気になったはずなのに、あまり嬉しそうじゃないな。エネルギーが渦巻いて、今すぐに走り出したいくらいの気持ちなはずだけど。
「どうだ? 今回は前回と違う変化はあるか?」
「いいえ。いつもと同じです。体はとても軽くてドラグディアまで走って帰りたいくらいですが、きっとこれも一時的でしょう。星の効果が続くまでです」
「そうか」
レオニートは残念そうに言ったが、次にはまた希望を持って続ける。
「ならば、これからも定期的に命星を探しに来よう。そうしてたくさん命星を食べれば、いつかレイラの体調も完全に元に戻るだろう」
レイラが何の病気なのかは知らないけど、命星では病気は完全に治ることはないって、レオニートは知らないのかなぁ。
人間や竜人が星の存在に気づいたのは最近ではないはずだし、命星で病気が治るかどうかっていうのはとっくの昔に散々試してるはずだ。だから命星では病気は治らないっていうのは、人間や竜人にとっても常識だと思ってたけど。
「大丈夫だ。きっと良くなるから」
レオニートはレイラの背に手を添え、励ますように言う。もしかして、病気は治らないって分かっているけどレイラのために諦められないだけなのかな。
目的の命星も見つかったので、レオニートたちは今日のところはこれでドラグディアに帰るようだ。
「また会おう」
レオニートは私に向かってそう言い、レイラと一緒にエレムに騎乗する。三人の竜騎士たちもそれぞれのドラゴンに乗って空へ飛び立った。
(またね~)
こちらに手を振っているレイラやイサイ、キーラに向かって、私もしっぽを振り返す。
だけど「またね」って言っても、召喚獣契約も結んでいない私たちが再び出会うのは難しいんだよね……。
と思いきや、再会は意外と早かった。一週間後にレオニートたちがまたやって来たのだ。
この広大な星降る森で私たちが再び出会えたのは、私が一週間前に彼らと出会った大きな泉でごろごろしていたからだ。
自分と同じくらい大きなドラゴンたちと遊んだ刺激が忘れられず、エレムたちが来ることを期待して、私は最近ずっとこの泉に来ていた。
「また会ったな」
「ここが三日月の住処なのかしら?」
銀色のドラゴンであるエレムに乗ったレオニート、レイラは、地面に着陸すると同時に声をかけてきた。そして体を捻った変な体勢で寝ていた私を見て笑う。
「どういう姿勢で寝ているんだ」
「腰が痛くならないの?」
最初はヘソ天で寝てたんだけど、そこから上半身だけ捻ってみたら体が伸びて気持ち良かったからそのままぐうたらしていたのだ。
「ミャウー」
寝ぼけた声で返事をする私。
今日は竜騎士たちとそのドラゴンたちはいないらしく、いるのはレオニートとレイラ、エレムだけだ。
「今日は夫婦水入らずでゆっくり過ごそうと思ってな。エレムにはどうしてもついて来てもらわなければならなかったが」
レオニートは私が言葉を理解していると分かっているので、わざわざ説明してくれた。エレムがいないと、こんな森の奥まで入ってくるのは竜人と言えど難しいだろうからね。
するとエレムはレオニートたちから少し離れたところに寝そべり、こう言ってから昼寝をし始めた。
「私のことは気にするな」
夫婦二人の時間を邪魔しないように少し離れたらしい。気遣いのできるドラゴンである。
私も気を遣ってどこかへ行こうかと考えたが、面倒だなぁと思って結局そのままごろごろし続けた。
「また三日月に会えたらと思っていたから、会えて良かった」
「ええ、本当に」
レオニートとレイラが順番に言う。私に何か用があったのかな?
「お腹の毛もふわふわね」
レイラは笑って私の隣に座り、天日干しされて温かくなった私のお腹を撫でた。そして満足げな顔をする。もしかして私への用って、これ? もふもふの毛を触りに来ただけ?
そしてレイラはレオニートに言う。
「ドラゴンも大好きですが、毛のある動物もやはり可愛くて癒されます」
「ならば存分に触らせてもらうといい。今日は癒しを求めてここへ来たのだから」
やっぱり私にまた会いたかったのって、もふもふしたかったからだったみたい。
レオニートもレイラの隣に腰を下ろし、彼女に向かって続ける。
「城で子猫でも飼うか? もっと小さいやつを。それとも三日月を城に連れて帰るか」
「ふふ、陛下はこの前も泉の魚を城に持って帰ろうと提案されていましたね。ですがやはり三日月にも意思がありますから、勝手に連れ帰っては可哀想ですよ。それに飛べないこの子をドラグディアの城まで連れて帰るのは大変そうです。寝てばかりでろくに歩いてくれないでしょうし、馬車で運ぶにも重そうですから」
レイラはそう返してクスクス笑い、レオニートもつられてほほ笑んでいる。仲良いねぇ。
二人はそれからしばらく穏やかに会話を続けた。
するといつの間にか、離れたところで地面に寝そべっていたエレムがズピー、ズピーと鼻を鳴らし始めた。どうやら寝てしまったようだ。
私もうとうとしてまぶたを閉じかけていたけど、レオニートが私の脇腹にそっと背を預けてきたので、ハッと目を開けた。
「毛が長過ぎるが、暖かくて柔らかくて良いベッドだな」
「ミャー」
人の腹で寝ようとしているレオニートに文句を言ったが、別にそんなに重くなかったのでそのまま自由にさせた。
レイラはレオニートのすぐ隣に座ったまま、私にもたれかかっているレオニートを優しく見下ろしている。夫婦二人の会話は途切れ、しばらく沈黙が続いたので、森のあちこちで小鳥が鳴いている声が目立った。
やがてレオニートが静かに口を開く。
「いくつくらい命星を食べれば、体は完全に癒えるのだろう?」
レオニートはレイラの体のことを言っているのだと、私にも分かった。
また少し沈黙が続いた後、レイラは申し訳なさそうに話し出す。
「陛下……。私のために色々してくださってありがとうございます」
「いや、何も気にすることはない。お前には早く良くなってほしいのだ」
「そのことなのですが……」
レイラはそこで一呼吸ついてから、言い辛そうに続けた。
「わたくしはもう、体はすっかり回復しているのです。――流産してしまってから、もう一年近く経ちますし」
流産、という言葉を聞いて私はぱちりと瞬きをし、仰向きで寝ころんだままレイラを見た。
流産か……。人間とか竜人って一度に一人しか子供を産めないから、その一人がとても大事な存在になるんだろうし、そんな存在を亡くしたら悲しいだろうな。
レオニートはそこで起き上がり、困惑しながら言う。
「……だが、まだ時々腹が痛むし、体調が優れないと」
「申し訳ありません、それは嘘なのです」
「何故そんな嘘を」
レオニートは呆然と呟いた後、怒っているような、悲しんでいるような低い声で続ける。
「……私に抱かれるのが嫌なのか? だからいつまでも体調がすぐれないと、そんな嘘を」
「違います! そんな理由ではありません」
強く否定するレイラ。
レオニートは戸惑ったまま呟く。
「ならば何故……」
「殿下に愛されるのはちっとも嫌ではありません。けれど……今はまだ子作りをする気にはなれないのです」
レイラはそこで涙をこぼして綺麗な顔を歪ませた。静かだけど悲痛な泣き方だ。
「だって、そう簡単に切り替えられない。もう一年も経っているのにと思われるかもしれませんが、私は死んでしまったあの子のことを忘れられません。まだほとんどお腹も出ていない時期に亡くなってしまったけれど、あの子は確かに私の子だったのです」
自分の中に閉じ込めておいた気持ちが溢れ出たらしく、レイラは泣きながら喋り続ける。
「けれど周りの者たちは、もうあの子のことを忘れています。みんな『次はきっと大丈夫だから』と私を慰めてくれますが、まだ〝次〟を期待されるのが辛いのです。だから体調が悪いふりをして、周囲から期待を向けられるのを避けていたのです」
レイラの本音を聞いて、レオニートは驚いたように固まっていた。
自分の手で涙を拭き取り、少し落ち着きを取り戻してからレイラは言う。
「体は元に戻りましたが、心は傷ついたまま、次の子のことを考えられないでいます。ごめんなさい、こんな……陛下の妃として失格です。跡継ぎを作らなければいけないのに」
謝罪するレイラに、固まっていたレオニートもすぐに反応を返す。
「いや、急がなくていい。我々はまだ若い。時間はいくらでもある」
私はこてんと後頭部を地面につけて、空を見上げる。レイラは何かの病気だと思っていたけど、そうではなかったんだな。体は健康だったんだ。それは命星をいくら食べても元気にはならないよね。
レオニートはレイラのことを労わるような口調で続けた。
「お前がそこまで傷ついていることに気づかず、済まない。けれど私も、空に帰ってしまった子のことは忘れていない。無事に生まれていたらどんなふうに成長していただろうか? と考える」
レオニートの言葉に、レイラはまた涙をこぼしたようだった。鼻をすする音も聞こえてくる。
「お前がまだ喪に服していたいと思うなら、それでいい。いつかまた子をもうけたいと思うまで無理強いはしない。命星を探していたのだって、早く次の子を妊娠させるためではない。純粋にレイラの体が心配だったからだ。それは信じてくれ」
「陛下……」
私はヘソ天の体勢で空を見上げたままだったが、レイラはレオニートに抱き着いたようだった。一度二人の衣装が擦れ合う音だけがして、あとは静かになった。
かと思えば、キスをしているような音が聞こえてきて、私は微妙な顔をして顔を持ち上げる。
「……」
してる。キスしてる。人の腹の横でいちゃついてる。
「陛下、愛しています」
「私もだ」
「陛下と結婚できて私は本当に幸せ者だと、改めて思いました」
「何を言う。私の方こそレイラのような優しく美しい姫を娶れたこと、毎日幸せに思っている」
それからしばらく愛を伝え合う二人に耐えられなくなって、私はそっと起き上がり、こそこそとエレムのそばまで移動した。大きな私が動き出しても、もはやレオニートとレイラは気に留めていない。お互いしか見えていないのだ。
エレムはいつの間にか目を覚ましていて、塞がっていない方の目で、やって来た私をちらりと見た。
エレムは何も言葉は発さなかったが、『静かにな』と言われた気がしたので、私も黙って頷く。愛や恋のことはよく分からないけど、こういう時に邪魔をしてはいけないのは何となく察した。
私とエレムがタヌキ寝入りを決め込む中、竜の国の若い国王夫婦はさらにお互いへの気持ちを深めたらしい。
「三日月、ありがとう。あなたに癒されて、陛下に素直に言葉を伝えられたわ」
「また会おう」
そして最終的には来た時よりもさらにラブラブになって帰っていったのだった。
もしかしたら子作りを再開する日は近いのかもね。




