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VS セイレーン

 無事に森の中で開けた場所を見つけ、ぽかぽかと気持ちのいい陽気の中で昼寝をする。

 私はまだ生まれて半年ほどだけど、この森には季節というものがないみたいだ。森の中の気温は常に春のように穏やかで暖かい。

 今は森の外も春らしいけど、数か月前、森の外で雪が降っている時でも中に入れば雪は止んだ。森の外周に近い場所では雪が入り込んできていたり、冷たい空気が外から流れ込んで寒かったりもしたけれど、中心部に近づくほど雪もやんで暖かくなっていったのだ。


 お腹を見せて地面に転がり、モッフモフの腹毛を陽光で温めながらすやすやと眠る。毛があるから私は寒いのには強いけど、好きではない。だからこの森の暖かい気候は大好きだ。

 

 存分に惰眠をむさぼった後、私は体を起こして前足で顔を洗う。よく寝た。

 胸元やら前足を適当に毛づくろいすると、立ち上がってズンズン前に進む。この近くに泉があったはずだから、そこで喉を潤したい。

 私は体格の割には量を食べないし、水も少し飲めば満足できる。というかそもそも食欲みたいなものが少ないし、しばらく飲まず食わずでも生きていられると思う。


 そこそこ大きな泉に着くと、私は舌を伸ばしてピチャピチャと水を飲む。この泉の水は綺麗で、飲むと気分がすっきりした。

 やがて私は泉から顔を上げて、ペロッと鼻を舐めながら考える。さっき十分寝たけど全然まだ眠れるな、と。

 私って早朝五時くらいに目が覚めてやたら動きたくなったりして、一人で運動会を開催することもよくあるんだけど、その代わり昼間はいくらでも眠れるんだよね。

 もしかしてあまり食べたりしなくても大丈夫なのは、寝てる時間が長いせいなのかもしれない。


(もう一度寝ようかなぁ)


 この泉の周りも木が生えていないから日差しが降り注いで暖かく、昼寝するのにぴったりだ。こうやって何度も昼寝したって誰にも怒られないから猫って最高。

 私はそんなことを考えながら、ごろんと仰向けに寝転がった。太陽の熱を吸い込んだ地面から優しい暖かさが体に伝わってくる。


(最高ー!)


 ちょっとテンションが上がって、私は仰向きで寝転がったままクネクネと体を動かし、背中を地面に擦りつける。気分がいい。

 しかし目を細めてこのまま眠ろうと思ったところで、突然泉の方から澄んだ歌声が聞こえてきた。


(……?)


 それはゆったりとした心地いいメロディーで、歌っているのは若い女性のようだった。

 歌詞の意味はよく分からない。私には理解できない言葉で歌っているような気もするし、『響く』とか『水の中』とか、聞き間違いでなければ一部の言葉は理解できたりもする。


(一体誰が……)


 私は体を起こして、泉の方へ視線を向ける。

 すると三人の少女が泉の中にいるのが見えた。肩から下を水の中に浸けていて、金や銀の髪をしていた。肩を見るに、何も服は身につけていないようだ。

 少女たちの顔立ちを見るに歳は成人間近といったところだが、水から出ている部分で推測すると、体の大きさは子供くらいしかないだろう。

 子猫の姿なのに巨大な体をしている私とは逆に、彼女たちは大人の顔つきだけど体は小さいのだ。

 彼女たちも森の不思議な住人に違いない。


 私は少し警戒しながら泉の畔に立った。歌はずっと続いている。あの少女たちが妖しい笑顔で歌っている。

 同じメロディーを繰り返し歌っているのだろうか、何だか催眠にかかったように眠たくなってきた。

 動くつもりはなかったのに、よろよろと足が動いて泉の方に進んでしまう。彼女たちに歌で誘われているみたいに。


 そうしてまた一歩踏み出した瞬間、そこにもう地面はなかった。私はバランスを崩して泉の中に落下する。

 

(……!)


 けれど水の中に落ちた途端、その冷たさでぼんやりしていた頭が一気に覚醒した。

 あの妖しい女の子たちが水の中で笑い声を上げて、こちらに近づいてきたのが分かった。そして私の毛を掴むとぐいぐいと引っ張って深みへ連れて行こうとする。可愛らしかった顔つきも豹変し、目が鋭くなって、口は大きく裂けていた。

 そして水の中で一瞬目に映った彼女たちの下半身は、魚だった。


(人魚……いや違う、セイレーンだ)


 すぐに彼女たちの種族の正しい名前が頭に浮かんだ。セイレーンと会うのは初めてだし、誰に説明されたわけでもないのに名前を知っている。

 そしてセイレーンについての簡単な知識も、ふと思い浮かぶ。彼女たちは住処に近づいた生き物を歌で誘い、すごい力で水の中に引っ張り込んで溺れさせる。そして溺れた生き物がそのまま死んでしまったってクスクス笑っているという、わりと危険で恐ろしい種族だ。


 セイレーンの三人に強く引っ張られて溺れそうになり、私は死の危険に恐怖を覚えたが、その瞬間、泉の底に足がつく事に気づいた。


(あれ?)


 泉は中心部に向かってすり鉢状に深くなっていくようで、私のいるところはそれほど深くないらしい。

 と言うか泉が深くないのではなく、私が大き過ぎるのかもしれない。

 

(この……!)


 私は水の中でばたばたと暴れ、毛を引っ張ってくるセイレーンたちを蹴散らす。子猫だけど大きい私は力がある。セイレーンたちも弱くはないが、さすがに体の大きさも腕の太さも違い過ぎて、相手に有利な水中であっても勝負にならない。


 私は三人を追い払うと、なんとか岸へと上がった。全身びっしょり濡れてしまって、とても気分が悪い。

 ブルルッと体を振って水滴を飛ばし、必死で毛づくろいを開始する。

 前足をナメナメ、胸やお腹をナメナメしながら水分を取り除こうとした。だけど頭や背中には舌が届かないので困る。こういう時一匹だと不便だ。


 と、その時。

 クスクス、と鈴を転がすような笑い声が耳に届いた。セイレーンたちがびしょ濡れになった私を見て笑っているのだ。水中では恐ろしい容貌に変わっていたのに、今はまた可愛らしい少女の顔に戻っている。


 私はムッとして、毛づくろいをやめた。あの三人に仕返しをしなければ気が済まない。子猫を水の中に落として笑うなんて酷い趣味だ。あやうく死ぬところだったのに。

 私はもう一度泉の淵に立つと、彼女たちを呼ぶように小さく鳴いた。私は歌は歌えないけれど、代わりに可愛い声で鳴くことができる。


「ミャーン」


 切なく、少し寂しそうに鳴く。困ったように目尻を垂らして、ひ弱な生き物であるかのように。

 全身びしょびしょで寒いよ、助けてよって訴える。

 そして、餌の代わりに自分の右前足を水面に浸けた。

 

 セイレーンたちはお互いに顔を見合わせて一度首を傾げたけど、水に浸かっている私の前足を見て意地悪な笑みを浮かべると、顔の上半分だけを水面から出したままこちらに近づいてきた。

 そうして彼女たちは私を今度こそ泉の底に引きずり込むべく、前足を掴もうとする。


 しかし、私はそれより早くその前足を振り上げると、近づいてきていた三人の頭を順番に思い切り叩いた。

 子猫パンチ! 子猫パンチ! 子猫パンチ!


 子猫だろうと巨大なので、手も大きく重量がある。手を振り上げて勢いよく下ろしただけのパンチでも、鉄の塊が落ちてくるかのような威力があるのだ。

 私のその重いパンチを受けた少女たちは、悲鳴ともつかぬくぐもった声を上げながら、私の手に押されて水の中に沈む。


 その後、文句を言いたげに眉を吊り上げて水面から顔を出した少女たちを、順番にもう一度叩く。

 子猫パンチ! 子猫パンチ! 子猫パンチ!


 するとついに彼女たちは水の中で甲高い悲鳴を上げて、水面に頭を出さないように潜ったまま泉の底に逃げていった。

 その様子を満足気に眺めながら、私は顎を上げて得意顔をする。フフン。

 

(フフン)


 いつまでもフフンと胸を張る私。どうだ、強いんだぞ、私は。


 フフン。

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[良い点] はじめまして。夏 茉莉様のレビューで知っておじゃましました。 巨大なのに行動すべてがいちいち可愛い。 おっきな仔猫、最強!
[良い点] かわいいいいい
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