竜の国の王様たち(1)
その日、私は星降る森の中にある泉に来ていた。特に用事があるわけではなく、散歩中に喉が渇いたので立ち寄っただけだ。
星降る森にはいくつも泉があるけど、ここが一番大きいかもしれない。広くて、周りに生えている木々が太陽の光を遮ることがないので、泉の水面は宝石を散りばめたかのように明るく輝いている。
広いけど浅いこの泉には、他人を水の中に引きずり込もうとするセイレーンもいないし、他の危険な生き物もいないと思う。
小鳥の鳴き声が聞こえ、花が咲いていて、小さい少女の妖精がたくさん飛んでいる、穏やかな場所だ。
喉を潤した後、私が泉を囲んでいる原っぱでごろごろしていると、少女の妖精たちが楽しげな笑い声を上げて集まってきた。少女らしくきゃっきゃっとはしゃいで、私のもふもふの毛に飛び込んでくる。
人の体で遊ぶんじゃない。
ちょっと眠かったので妖精たちには好きにさせて、泉のほとりでうとうとしていた。一瞬眠ってしまったり、また目を覚ましたりしながら思う存分だらけていると、ふと私の体に影が落ちた。
目をぱっちり開け、空を見ると、低い位置をドラゴンが四頭飛んでいるのが見えた。
初めて見るけど、知識があるのであれがドラゴンなのだと分かる。
「キャー!」
少女の妖精たちもドラゴンに気づくと悲鳴を上げ、散り散りになって逃げていく。
ドラゴンは星降る森で生まれることはない。幻獣の一種ではあるけど、ここには住んでいないはずだ。
ドラゴンがたくさんいるのは、星降る森の北に位置する竜の国。そこにはドラゴンと、人間によく似た生き物である竜人がいる――という知識は一応ある。
(大きいなぁ)
私は空を見て心の中で呟く。ドラゴンって私よりも大きいかもしれない。
自分より大きな生き物に出会うことはなかなかないので、私は少し興奮しつつ、でも警戒もしながら起き上がり、ぺたんと耳を下げてじりじりと森の方へ下がっていく。
ドラゴン四頭は泉の上を旋回した後、だんだん降下してきていた。彼らも喉を潤しにきたのだろうか?
私は泉のほとりから撤退し、木々が生い茂る森の中に隠れる。さすがに自分より大きなドラゴンたち相手に戦う勇気はない。
ドラゴンは銀色と黄色、青色と紫色の四頭で、背中に鞍をつけて人を乗せていた。あれがきっと竜人だ。
竜人は五人いて、男の人が三人に女の人が二人。銀色のドラゴンには男女二人で乗っていたようだ。
遠目から見る限り、竜人と人間の差はほとんどないように思える。だけど一点大きく違うのは、竜人には角があることだ。
ドラゴンに生えている角の数はバラバラだけど、竜人はみんな二本生えている。私の爪より短くて内側に軽くカーブを描いており、色も全員似通っていて銀や灰色だ。
あと五人中四人が銀髪なので、竜人は銀色の髪の人も多いのかもしれない。
「魔物か幻獣か……でかい猫がいますね」
竜人たちは地面に下りるとまずこちらを振り返る。そして一番背が低くて若そうな男の人が言った。
「顔は可愛らしいわね。体つきを見てもまだ子猫のようだわ」
そう言ったのは、波打つ長い銀色の髪を持つ女の人だった。この人は一番体つきが華奢だし、角も細い。そして上品で華麗な、ひらっとした丈の長い服を着ている。繁栄の巫女だったシズクが着ていた服に似ているので、竜人の中では身分が高い人なのかも。お姫様かなぁ?
「追い払いますか?」
一番若い男の人が剣をスラリと抜いたのに反応して、私は小さく「シャーッ!」と鳴いた。毛を逆立てて牙を見せて威嚇する。
でも怖いから木の陰からは出て行かない。あと一歩でもあの竜人が近づいてきたら逃げよう。
「放っておけ。追い払うほど強くもなさそうだ。そのうち逃げていくだろう。何よりここを血で染めたくない」
銀色のドラゴンに乗っていた、一番偉いであろう人が若い竜人を止める。偉いだろうと思ったのは、態度が堂々としているのと、彼の衣装が豪華だったから。
お姫様以外の四人はお揃いの黒い制服を着た軍人のようだけど、この人だけはその制服に色々と飾りがついていてちょっと派手なのだ。マントもつけてるし。
だからこの五人の中で一番偉いのは、この人かお姫様っぽい人かのどちらかだ。
「分かりました」
若い竜騎士は頷いて剣を仕舞ったが、彼が乗っていた黄色いドラゴンは私のことを警戒しているようで、こちらに向かって一度大きく吠えた。
「ガァルルッ!」
「どうどう、落ち着け、ニカ」
その太くて低い吠え声にびっくりしつつも、私はまた「シャー」と威嚇し返す。でもビビっちゃって弱々しい声になってしまった。
ニカと呼ばれた黄色いドラゴンも、私のへなちょこな威嚇を聞いて自分たちの敵にはならないと思ったのか、それ以上吠えてくることはなかった。
「イサイ、ドラゴンたちに水を飲ませてやれ」
「はい」
偉いっぽい男の人が若い竜騎士に指示を出す。イサイは銀色の短髪で、肌は褐色だった。身長は竜人の男の人にしては低めなのかもしれない。顔つきは少し子供っぽさの残った感じで、明るく活発そう。
彼のドラゴンのニカもやんちゃな印象だ。
イサイがドラゴンたちを泉の方へ連れて行くと、みんなゴクゴクと喉を鳴らして水を飲み始める。
「どうだ、いいところだろう? ここならレイラものんびりできるのではないか?」
「はい、素敵な場所です。ありがとうございます、レオニート陛下」
偉いっぽい男の人が、お姫様っぽい女の人に声をかける。名前はレオニートとレイラというらしい。
レオニートは背が高く、精悍で強そうな感じがする。体つきも筋肉質に見えるけど、それだけじゃなくて意志の強さが顔に出てる印象。髪はやっぱり銀髪で短い。
「泉の水がとっても綺麗ですね。小さくて美しい魚もいます」
「捕まえて城に持ち帰るか? 水槽で飼えばいい」
「いえ、せっかく広い泉にいるんですもの。狭いところに閉じ込めては可哀想です」
「そうか」
レオニートとレイラは、たぶん番だ。夫婦ってやつ。だってレオニートの声が、レイラに話しかける時は優しくなってる。お互いのこと好きなんだろうなっていうのが見ていて分かる。
この二人は竜人の中でも高い地位にいる夫婦で、あとの三人は護衛の竜騎士ってところかな。
水を飲み終わったドラゴン四頭が泉のほとりでくつろぎ出すと、レオニートとレイラも原っぱに座って水面を眺め、ゆっくりし始めた。
(そこ、私が日向ぼっこしてた場所なのに)
私の方が先にそこでごろごろしてたんだぞ、とちょっと腹が立った。
私だけここから追い出されるのは納得できなくて、逃げることはせず木の陰に留まり、ドラゴンや竜人たちをジトッとした目で睨みつける。
ドラゴンたちから力づくであの場所を奪う度胸はないので、こうやって離れたところから睨んで、抗議の意思を伝えるしかない。
「セド、キーラ、どうした?」
レオニートがふと横を見て、背の高い黒髪の竜騎士と、スラリとした体型の女性竜騎士に尋ねる。二人は私の恨みがましい視線に気づいて、こちらに顔を向けていたからだ。
「いえ、すごい見てるなと思いまして」
「かなり不満そうね」
セドというらしい黒髪の竜騎士と、キーラという女性竜騎士は、ちょっと面白がっている様子で答える。
短い黒髪のセドは、レオニートより僅かに背が高く、落ち着いた雰囲気をまとっている。まだ若いけど、この中では一番年上なのかもしれない。
キーラはイサイと同じく褐色の肌をしていて、艶のある銀髪を後頭部の高い位置でしばっていた。レイラもそうだけど、この人も美人だ。レイラはケンカの弱そうな美女で、こっちはケンカの強そうな美女。
「あの巨大な子猫がこの辺りで日向ぼっこしてるのが空から見えましたから、どかされて不服なのかもしれませんね。分かりやすい顔してる」
イサイも笑って言う。
すると黄色いドラゴンのニカが、銀色のドラゴンに声をかけるみたいに小さく吠えた。そうしたら銀色のドラゴンは、それに答えて人の言葉を喋り出す。
「――やめておけ」
低くて渋い、ちょっと聞き取りづらい声だ。しかしドラゴンが言葉を喋れるなんて知らなかった。
たぶんニカは私を追い払おうと提案したけど、銀色のドラゴンがそれを止めた感じだ。
「図体こそでかいが、あれはどう見ても幼子だ。幼い者を攻撃することは、我らの誇りに反する」
銀色のドラゴンは地面に伏せをして休みながら、ゆっくりと話した。このドラゴン、よく見ると左目が傷跡で塞がってる。
彼は子猫の私に攻撃する気はないらしい。自分の圧倒的赤ちゃんフェイスに感謝する。
「ガウッ」
ニカも納得して返事をする。ニカはたぶんまだ若いドラゴンだと思うけど、それでも生後半年の私よりはずっと年上に違いない。
でも銀色のドラゴンは喋れるのにニカは喋らないのは何でだろう? 他の二頭のドラゴンも人の言葉を話す気配がない。
「一部のドラゴンだけが人の言葉を操れる。長く生きていて、賢いドラゴンだけだ」
私の頭の中の疑問に答えるように、銀色のドラゴンが言う。
思考を読まれた? と驚いて目を丸くする私。
すると銀色のドラゴンは大きな口の端を少しだけ持ち上げ、クックッと低く笑った。
「考えていることが全部顔に出ているぞ」
愉快そうに笑う銀色のドラゴンを見て、レオニートは「珍しいな」と呟いた。
「まぁ、エレムが言うならやはりあれは放っておけ。それより命星を探さねば。レイラはここで待っていてくれ」
レオニートはそう言うと、泉のほとりに座っているレイラのそばから離れた。ここでのんびり休憩するのかと思っていたけど、命星を探すのが本当の目的だったのかな。
「セド、キーラ、イサイは私と一緒に命星を探す。エレム、レイラのことは任せたぞ」
レオニートはドラゴンたちにレイラの護衛を命じると、竜騎士の三人を連れ、森の中へ入っていった。
四人の後ろ姿を見送った後、私はどうしようかなとしばし考える。やっぱりドラゴンたちに場所を奪われてすごすご逃げるのは嫌だし、まだ日向ぼっこがしたい。
そう思った私は、そーっと木の陰から出て、日向に向かった。
泉の近くにはレイラとドラゴンたちがいるので、私は森に近い原っぱの端っこでお座りする。
「……」
「……」
ドラゴンたちはくつろぎながらも、横目で私を観察している。そして私も警戒ぎみに無言でドラゴンたちを見返した。彼らがいきなりこっちに飛んできたりしたら逃げないといけないからね。
正直、森には他にも日向ぼっこにちょうどいい場所がたくさんあるし、こんなに緊張しながら無理をしてドラゴンの近くにいるのは馬鹿みたいだけど、私にもプライドというものがあるのだ。ここで逃げたら、ドラゴンたちに縄張りを取られたような気持ちになる。
「……」
ドラゴンたちに横目で見られながら、私はゆっくりゆっくり姿勢を崩していく。お座りの体勢から伏せの体勢に持っていきたかった。
何がドラゴンたちの怒りに火をつけるか分からないし、お座りはいいけど伏せをするのは許さないという謎のこだわりとかあるかもしれないから、私はとても慎重に、相手の表情をうかがいながらじわじわと伏せの姿勢になっていく。
(ふぅ)
そして伏せができたところで、ホッとして息を吐く。逆立っていた毛が少し元に戻った。でもドラゴンが近くにいる限り、まだ緊張は解けない。
するとそんな私の様子を見てレイラがくすくす笑う。
「エレムたちのことを怖がっているようだけど、逃げはしないのね」
レイラは儚げな薄い紫の瞳をしていた。そういえば他の竜人たちも、色の濃い薄いの違いはあれど、みんな瞳は紫だった。竜人ってそういう特徴があるのかもしれない。
ドラゴンたちの目の色は様々だけど、体の色と同じというパターンが多そうだ。
「あなたもこっちへ来る?」
レイラに呼ばれたけど、私は行かなかった。まだレイラのことをよく知らないし、ドラゴンは怖いし。
「ふふ」
レイラはまた笑って、伏せの体勢のまま固まって動かない私から目をそらした。
「あまり見つめていたら、子猫ちゃんが緊張しちゃうわね」
こちらに気を遣って、レイラは泉にいる魚たちに視線を向けてくれた。
他の動物もそうかもしれないけど、猫にとって『じーっと目を合わせる』って言うのはケンカを売るみたいなものだから、確かにあんまり見つめられるといつ攻撃されるのかとドキドキしちゃう。
ドラゴンたちも私から顔を背け、日向ぼっこを楽しんでいる。
するとそこで、こちらに半分背を向けている銀色のドラゴン――エレムの太くて長いしっぽの先が、左右にフイッ、フイッと揺れ出した。
日向ぼっこして機嫌が良くなり、揺れてしまっているのかな?
(……気になる)
私はジィィっとエレムのしっぽを見る。硬そうなしっぽが、一定の間隔でずっと揺れてる。
(すごく気になる)
ああいう魅力的な動きをされると目が離せなくなっちゃうんだよね。体がうずうずしてきちゃって、ちょっかいをかけたくなる。
(ダメだよ、ダメ。相手はドラゴンだよ)
私は自分自身に言い聞かせる。あのしっぽを私の前足で叩いたりなんかしたら、怒ったエレムに反撃されて噛みつかれるかもしれない。
(絶対にダメだよ! 叩いたらダメだよ!)
頭の中ではそう思っているのに、体が勝手に動き出す。伏せの体勢からそっと胴体が持ち上がり、姿勢を低くしたままそろりそろりと前進していく。
ああ、誰か! 私を止めて!
しかし願いも虚しく、私は静かにエレムのすぐ背後までやって来てしまった。
エレム以外の他のドラゴン三頭は私が近づいてきたことに気づいていて、頭を持ち上げてこっちを見ている。『何するの? まさかエレムのしっぽを狙ってるの? 正気?』って感じの視線だ。
きっとここにいるドラゴンたちの中で、エレムが一番強くて怖いんだと思う。他のドラゴンからすれば、逆らったりちょっかいを出したりするなんて考えられないって存在なのだろう。
でも私は猫だから。しかも子供だから。好奇心ばかりが強い怖いもの知らずな子猫は、自分でも自分を止められなくて手を出しちゃうのだ。
一定のリズムで揺れているしっぽを捕まえようと、私は右前足でえいっと軽い猫パンチを繰り出す。
するとエレムのしっぽに一瞬触れたが、しっぽはまた逃げるように動き出す。
(えいっ! えいっ!)
太いしっぽは力強く、軽く押さえたくらいじゃ止まらない。
(この! しっぽめ! 逃げるな!)
前足でチョイチョイしているだけじゃ収まらず、私はしっぽに飛びついた。そしてそのしっぽをぎゅうっと抱きしめて逃がさないようにする。
(捕まえた! やったー!)
しっぽを抱きしめたまま後ろ足でケリケリし、アムアムと甘噛みする。
するとちょっと痛かったのか、エレムが低く吠えてこちらを振り返った。
(やばい)
私は慌ててしっぽを離して、後ろに下がる。耳をぺたんと倒した私を見ると、エレムはまた前を向いた。
(あれ? 怒ってないのかな)
今の吠え声は〝注意〟だったのかも。怒ったわけじゃない。
私が動かず様子を見ていると、エレムのしっぽはまた揺れ出した。しっぽが左右に行ったり来たりするたび、そこの地面に咲いている小さな花たちがくしゃくしゃになって散っていく。
(一度目は許されても、二度目は怒るかもしれない)
私は揺れるしっぽをらんらんとした瞳で見つめながら、自分を抑えようとした。
(ダメだダメだ! 二度目はさすがにダメ!)
しかし誘惑に逆らえず、私は再びしっぽに飛びつく。
わーい! 捕まえたー!
私が喜んでしっぽをアムアムしていると、レイラがほほ笑んでエレムに言う。
「エレムったら、遊んであげて優しいのね。若いドラゴンには厳しいと思っていたけど、こんなに面倒見が良かったなんて」
遊んであげて? 私はレイラの言葉に引っかかった。
(じゃあ、しっぽはわざと動かしてくれてたってこと?)
そう気づいて、私の中のドラゴンに対する警戒が一気に解けた。ドラゴンって思ったよりも狂暴じゃないんだ。
緊張がなくなった私は、しっぽを離して起き上がると、エレムの前に回った。片方は傷で塞がってるけど、残った一方の目は鋭い。
視線を合わせたらちょっとビビっちゃったけど、私は勇気を出してエレムの鼻に自分の鼻をチョンとくっつけた。
こうやって鼻と鼻でチューするのは、猫にとっての挨拶だ。
鼻チューついでにエレムの匂いを嗅いでみたが、体臭は強くない。ヘビやトカゲの匂いとちょっと似てるし、強いオスの匂いもする。
そして鼻チューされたエレムは少し驚いて目を丸くしていた。ドラゴンは鼻チューで挨拶しないのかな。
「なんだ?」
「ミャン」
挨拶だよー! と答えるが、猫語がドラゴンのエレムに伝わったかは分からない。
「度胸のある子猫ちゃんね。胸に三日月模様があるし、三日月とでも呼びましょうか」
レイラはそう言いながら笑ってこっちを見ていた。みんな私のこと三日月って呼ぶけど、もっと他にも特徴あると思うんだけど。白い靴下履いてるみたいな模様してるから、『靴下』って呼んでくれてもいい……いや、やっぱり三日月でいいや。
考え直したところで私はくるりと頭の向きを変えて、他のドラゴンにも挨拶しに行った。子猫な私は礼儀とかよく分からない。でもドラゴンは敵に回したくないので挨拶しておこうと本能的に思ったのだ。
(大きいだけのただの子猫です。こんにちは、どうも。よろしくお願いしまーす)
エレムの次に強そうな紫色のドラゴンのところに行き、鼻チューすると受け入れてくれた。
落ち着いた雰囲気のこのドラゴンは成熟したメスのようだ。確かセドが乗っていたドラゴンだな。
挨拶する順番も大事で、まずはボス、続いて強い相手から順番に回っていった方がいい。この四頭のドラゴンの場合、ボスはエレム、次に紫のメス、そして次に強いのは深海のような青色の鱗を持つドラゴン、最後に黄色いドラゴンのニカだ。
残りの二頭とも挨拶を交わすと、女性竜騎士キーラが乗っていた青いドラゴンはメス、若い竜騎士イサイが乗っていたニカはオスだと分かった。
ニカは私が近づくとグルルッと本気ではない威嚇をしてきたけど、私はもうビビらなかった。だってニカより立場が上の三頭が私と挨拶して私のことを認めたから、ニカは私に攻撃したりはできないはずだ。
私が多少強引に鼻チューすると、ニカはぐいぐい来る私にちょっと腰が引けつつも鼻をくっつけてくれた。
最後に竜人のレイラが残ったが、レイラはそれほど強くなさそうだし媚を売る必要はないかと思って鼻チューはしなかった。人間とか竜人の鼻って小さくてチューしにくいしね。
するとレイラはほほ笑んで私に言う。
「鼻と鼻をくっつけるのが猫の挨拶なのかしら? 私にはしてくれないの?」
にこにこしながらこちらを見てくるので、しょうがないなと私はレイラにも鼻チューした。やっぱりレイラの鼻は小さいので、くっつけた時に少し押しつぶしてしまった。
「いたた……」
レイラは苦笑して続ける。
「ありがとう。撫でてもいい? 噛まないでね」
細い腕をこちらに伸ばし、頬の下の方の毛を撫でてくる。と同時にエレムがのそりと起き上がり、レイラのすぐ隣に移動する。そして片目で私のことを見てきた。睨まれているわけじゃないけど、ちょっと圧のある視線だ。
(レイラを傷つけないように、って私に注意してるみたいだ)
たぶんエレムの伝えたいことはそれで正解だと思う。私も元からレイラを傷つけるつもりはなかったけど、不注意でケガさせないように、撫でられている間は動かないようにした。
「レイラは、ドラグディアの王であるレオニートの妃なのだ」
エレムが低い声で説明してくれる。ドラグディアっていうのは、森の北にある竜の国のことだ。
「竜人にしては細身で、竜騎士と比べると頑丈さに欠ける。注意してくれ」
「ミャウ」
私が返事をすると、エレムも頷いて、その場でまたのんびりとくつろぎ出した。エレムはレオニートのドラゴンだと思うけど、レオニートの奥さんだからレイラのことも守ってるみたい。
「ありがとう、エレム。三日月もじっとしててくれてありがとう。とってもふわふわな毛で、撫でているだけで癒されるようだわ」
レイラは優しげな垂れ目を細めて言う。他の生き物を撫でて癒されるっていう感覚が私にはよく分からないけど、そう言ってもらえると毎日毛づくろいを欠かさずやってる甲斐もあるのかな。
そうしてレイラに撫でられた後は、私はドラゴンたちと一緒に遊んだ。
とはいえ、エレムはしっぽを振ってくれたりはするけど、追いかけっことか取っ組み合いのケンカの相手はしてくれなかった。どうも歳の差があり過ぎて、私みたいな幼児と遊ぶ気にはならないらしい。
紫のドラゴンにも軽くあしらわれるだけだったが、青いドラゴンとニカは一緒に遊んでくれた。特にニカは全力で追いかけっこや取っ組み合いをしてくれて、かなり楽しかった。
自分と同じくらいの大きさの相手と遊ぶのって最高だ。
正確に言うとドラゴンたちの方が私より少し大きいんだけど、とにかく遠慮しないでぶつかれる相手って貴重なのだ。全速力で走っていって飛び掛かっても、相手に怪我をさせたり殺してしまったりする心配がないって素晴らしい。
遊びの延長でガジガジ噛みついても、ドラゴンの硬い鱗には傷一つつかないしね。
しかし調子に乗って噛む力が強過ぎたりすると、ドラゴンたちからやり返される。でも怒ってるんじゃなくて、『こういうふうに噛んだら痛いんだぞ』って教育されているみたいな感じ。そもそもドラゴンが本気で怒ったら、私なんてあっという間に噛み殺されちゃうし。
(ハァー! 楽しかった!)
ニカたちに遊びの相手をしてもらい、散々体を動かした私は、満足してニパァッと笑ったのだった。




