繁栄の巫女(4)
「じゃあ、また頑張って歩こうか。このままここで三人野垂れ死にしたくはないからね」
エミリオの言葉にリセが「はい」と頷き、カイルも体力のない二人を気遣いながら再び歩き出す。
よく分からないけど色んな誤解が解けたようで、三人の――特にエミリオとリセの気持ちは晴れやかになったんだろう。けどまだ遭難中だし、死の危険が去ったわけではないので、リセたちの表情はまた引き締まった。
三人とも体力が限界に近いのか、辛そうな顔をする時もある。
(歩くのも遅いもんなぁ)
しばらく歩いたところで、私は一旦立ち止まって振り返る。三人の進むペースがどんどん遅くなってきているので、気をつけないと置いていってしまう。
森の中の地面は平坦じゃないから、それもリセたちにとっては大変なのだろう。体の大きな私にとっては、多少でこぼこしている地面も倒木も特に気にならないけど、人間にとっては障害になる
おまけにエミリオとカイルは凍死しかけていたのだから、私が温めて体温は戻ったとはいえ、体力は簡単には戻らない。
(これはとてもじゃないけど、六時間じゃ森の端まで着かないな)
水や食べ物は口にしているんだろうか? 持っている荷物の中にありそうだけど、もしかしたら水は尽きてしまっているかも。小川はこの近くにないし、何かみずみずしい果物でも探してきてあげようかな。
「殿下、大丈夫ですか?」
遅れているエミリオに声をかけるカイルも、歩きながらはぁはぁと息を切らせている。エミリオとリセの分を少し持ってあげているのか、一番大きなリュックを背負っているもんな。
騎士であるカイルよりもともと体力がないらしいエミリオは、問いかけに対して一度は「ああ」と答えたものの、その直後に力尽きたように座り込んでしまった。
「殿下」
リセとカイルが心配そうに駆け寄る。しばらくエミリオは歩けなそうだ。森の端まではまだまだ距離があるのに。
私はきょろきょろと辺りを見回して果物を探したが、そこで果物よりも良い案を思いついた。
(命星を食べさせたらいいんだ)
命星を食べれば一瞬で体力が回復し森を抜けられる。
自分のひらめきを褒めたい気持ちもあるし、もっと早く気づくべきだったとも思う。でもまぁ、ここは褒めておくか。命星のことを思い出した私、偉い!
さっそく私は辺りの地面を見回した。星は私にとっては小さく見つけにくいので、本当なら草や落ち葉をかき分けて探さなくてはならない。
でもなんとなく見える範囲には落ちていない気がする。星の気配がしないのだ。
私は自分の勘を信じてこの場から離れた。あっちの方にありそう。
「あ、おい!」
カイルは私に「どこへ行くんだ」と声をかけながらも、エミリオの側を離れなかった。リセも私を気にしながらその場を動かない。と言うより、リセももう動けないのかも。
ここにありそうだなぁ、という場所に着くと、私はそこでうろうろと命星を探した。そして背の高い草が生えている一角に顔を突っ込むと、ちょうどキラリと光る金色の石を見つける。命星だ。
さすが私、と思いながら、カーブしている大きな爪を前足から出す。猫の爪は出し入れ自由だからね。
そしてその爪の内側に命星を乗せるように軽く引っ掛けつつ、ポイッと飛ばす。星は口に入れるとすぐに溶けてしまうので、こうして運ぶしかない。地面は草や石なんかの障害物が多いから、ころころ転がしていくのも時間がかかるし。
ちょっと面倒だし、途中で木に当たって跳ね返されたり、上手く爪に引っかからなくて空振りするとイラッとするけど、こういう遊びと思えば面白くもある。
ポイポイと命星を飛ばしながら三人のところまで戻ると、みんな訝しげにこっちを見た。
「何してるの? 爪で地面を掻いて」
「いや、リセさん。あれを見てください」
カイルがそう言うと同時に、私はもう一度命星を爪に引っ掛けて、三人の元にそれを飛ばす。
「これはまさか……命星?」
自分の足元に転がる金色の半透明の石を見て、エミリオは目を見開いた。
私は一度「ミャウ」と鳴いてそれを食べろと伝える。
「三日月はこれを探しに行ってくれていたのか?」
「やっぱり普通の猫より頭がいいんですね。我々が疲れていることを理解して星を取りに行くなんて」
カイルは感動したように立ち上がった。そして私に近づき、両頬に手を伸ばしてワシワシ撫でてくる。
「お前~! ありがとうな! 猫より犬の方が賢くて可愛いと思ってたけど、今日から猫派になるよ」
カイルが犬派だろうが猫派だろうが別にどっちでもいいけど。
クールな顔をしている私をカイルはまだワシワシしている。私のこと撫でる体力はあるのか?
リセも感心したように私を見る。
「でも星をこんな簡単に見つけてくるのもすごいわ。私たちは散々森をさまよったけど、魔力星も命星も一つも見つけられなかったのに」
星は半年に一度、この森に降る。だから星が降った直後だとわりと簡単に見つけられるんだけど、今は落ちている星も少なくなってきたからね。時期が悪くて、人間が星を見つけるのは余計に難しいだろう。
カイルは金色の星を拾うと、エミリオの前に戻って跪いた。
そして命星を差し出して言う。
「殿下、どうぞ」
するとエミリオはカイルを気遣うように見て尋ねる。
「お前はまだ歩けるか?」
「はい、私のことはお気になさらず」
「それなら僕が食べてリセを背負うのが一番良い選択かな」
カイルに命星を食べさせても、エミリオとリセの二人を背負って運べるかは微妙だしねぇ。
リセもエミリオが星を食べることに賛成のようだ。
「殿下はこんなところで死んではいけない方ですから、星を食べてもらえたら私たちも安心します。私を背負わせてしまうのは申し訳ないですが……」
「愛する人を背負うくらい、わけないよ」
エミリオはさらっと告白しつつ、リセが頬を赤らめているうちに命星を口に入れた。
「どうですか? 星って美味しいんですか?」
カイルが興味津々に尋ねている。
エミリオは難しい顔をして答えた。
「ほんのり甘い気がしたが、あっという間に溶けてしまって――」
エミリオはそこで驚いたように自分の両手のひらを見つめた。
「大丈夫ですか、殿下」
心配するリセ。しかしエミリオは手を開いたり閉じたりしながら、興奮気味に返した。
「体中に力が満ち溢れるようだ。疲れも足の痛みもどこかへ吹き飛んでしまった。今なら何でもできそうだな!」
命星を食べるとそういう気になるんだよね。何でもできるって。私は魔力星も命星も食べたことあるから分かるよ。魔力星もエネルギーが溢れている感覚はあるんだけど、命星は体に作用するから動き出さずにはいられないしね。
エミリオもじっとしていられなくなったようで、元気いっぱいに瞳を輝かせ、てきぱきとリセを背負い、荷物を腕にぶら下げて歩き出した。
「カイル、三日月! 何してる! 置いていくぞ!」
そして無駄に大きな声を出して私たちを呼ぶ。キャラ変わった?
というか、私の案内なしじゃどっちに行けばいいか分からないでしょ。
「ミャア」
そっちじゃない、と訴えて、私はエミリオたちを先導した。
「ああ、そっちか! 頼んだぞ、三日月!」
そう言って明るく笑うエミリオ。キャラ……変わったよね?
リセもカイルもびっくりして黙っちゃってる。
(元気になったのはよかったけど、森の出口まではまだまだ時間がかかるのは変わりないし、体力がちゃんと持つかな)
命星の効果はどれくらいで切れるのか。それにエミリオよりも先にカイルに限界がくるだろうし、背負われているだけとはいえ、リセも時間の経過と共に体力は減っていくばかりだ。
(リセやカイルの分の命星も見つけた方がいいな)
リセを背負わなくていいなら、エミリオの体力も森を脱出するまで持つだろう。
そう思って、私は歩きながら命星を探した。だけど今度は五分では見つからない。近くに命星がありそう、って予感がしないから、この近くにはないんだと思う。
「今日は天気がいいな! 遭難中だというのに気分は最高だ!」
「殿下が元気になって何よりです」
エミリオが大声で言うと、リセは苦笑いしつつも安心した様子で返した。
私が星を探し、後ろにいるリセたちがそんなやり取りをしていた、その時。
バサバサッと軽い羽音がして、私の目の前にあった木の枝に灰色のオウムが止まった。
(この鳥……)
灰色のオウムはクチバシに半透明の金色の石を咥えていて、私たちの前にそれをぽとりと落とすとこう言う。
「イノチボシダヨ! アゲルヨ!」
「命星だって!?」
カイルは驚いて言うと、オウムの落とした星に駆け寄り、喜んでそれを拾い上げた。
「この森には怪しく危険な生き物しかいないと思っていたが、三日月といい、意外とみんな親切なんだな」
そしてリセを見て言う。
「疲れて辛いようならリセさんが食べますか? それとも私が食べて、私がリセさんを背負いましょうか。そうすれば殿下は体力を節約できますし」
「では申し訳ないですが、カイルさんに食べてもらって私を背負っていただいていいでしょうか。三人で生き残るには、それが一番良い気がします。私が星を食べて元気になったところで、カイルさんほど頼りにはなりませんし」
「では、私が」
カイルが星を口に放り込もうとしたところで、『待て早まるな』と、私はカイルの頭に手を置いた。
「ミャアア!」
「痛っ!」
力は入れてないのだが、騎士は痛そうに頭をさする。手を置いただけのつもりだったけど、重い一撃になってしまったかな。
「何をするんだ、三日月。頭が取れたかと思ったぞ」
「ミャー!」
「イノチボシダヨ! ゲンキニナルヨ!」
カイルと私が揉め、灰色のオウムがやかましく喋り続ける。
場が混乱する中、エミリオはカイルの手から命星を取って、それを観察するように眺めて言った。
「三日月はこれを食べるなと言っているみたいだ。もしかしたら命星ではないのかもしれない。さっき僕が食べた星と似ているけれど、少し濁っているような気がするんだ」
「えっ、偽物ということですか?」
エミリオは星を持ったまま、私の方を見て聞く。
「どうかな? 君の言いたいことはそれで合ってる?」
私は大きく頷いた。
合ってるよ。あの灰色のオウムは嘘つきなんだもん。森を歩いていると間違った危険な道を教えてくるから、この星だって偽物に違いない。あいつらは嘘しかつかない。
本物の命星に感じるキラキラとした生命力が詰まっている感じもしないし、食べたらどうなるか分からないよ。最悪死んじゃうかも。
「ううん……。三日月がそう言うのならそうした方がいいのかもしれませんね。信じるなら初対面のオウムより、命の恩人の子猫だ」
カイルもそう言う。
「イノチボシダヨー!」
(どっか行け)
「ギャーッ!」
私は木の枝に止まっているオウムに猫パンチする。パンチが当たる前にオウムは悲鳴を上げて枝から飛び立ったけど、追い払うことには成功した。




