巨大な子猫
広大な森の中を、私はフンフンと鼻を鳴らしながらご機嫌で散歩する。
私は子猫だ。生まれて半年も経っていない幼子だ。しかし私の視線の高さには、雑草や石ころではなく、葉が生い茂る木の枝がある。
私は子猫だがとても大きくて、体高は三メートルあるのだ。
落ち葉を踏みしめながら歩いていた足を止めて、私は下を向いた。人間のものとは違う、大きくて毛むくじゃらの足がそこにある。これは前足だ。毛の色は黒。だけど手足の先は靴下を履いているみたいに白くなっていて、さらに胸元には白い三日月の模様がある。
この森には、水面が鏡のようになるほど水の綺麗な泉もいくつかあるので、自分の姿を見るのはそれほど難しいことではない。
顔も体と同じく大きいけれど、目がクリクリで幼い顔立ちだった。輪郭は丸く、精悍さも格好良さも迫力もない。圧倒的ベビーフェイス。
目の色は、左右で違って紫と金だったかな。どっちがどっちの色か忘れたけど。
しっぽはふさふさだから、たぶん長毛種の猫なんだと思う。大人になったら全身もっとモフモフになりそうだ。今でも枯葉や虫がいつの間にか体についていたりするので、毛づくろいが欠かせないのに。
ふと気づいた時、私はこの森に生まれ落ちていた。周りに見えるのは木ばかりで、中でもひと際大きく古い木が私のそばに立っていたが、木は喋らないので状況はよく分からなかった。親は周りにいなかったので、私はただ突然そこに生まれ出たのだろう。
そんな不思議な現象も、この森でなら当たり前に起こるのだ。ここには私以外にも不思議な生き物がたくさんいる。幻獣とか魔物とか、そういうやつ。
人間は今のところ見たことがない。知識として、この世界で一番数の多い種族は人間で、森を一歩出れば人間だらけだということも知っている。
でもどうして自分にそんな知識があるのかは分からない。この森のことも私はよく知っていて、迷ったり困ったりすることはない。
この森の全てを知っているわけではなく、私でも知らないことはたくさんあるけど、生きていく上で必要な知識は何故か持っている。
(今日は天気がいいなぁ)
私は大きく口を開いて、あくびをした。暖かくて眠くなってきた。
森に一人ぼっちでも、私はあまり危機感や恐怖は感じない。ただの小さな子猫だったら一人で不安だっただろうけど、私の体は熊より大きいからね。
しかし体の大きさでは最強に近いと言っても、さっきも言ったように、森の中には私に負けず劣らずの変わった生き物がたくさんいる。
例えば今、目の前を通り過ぎていったのは、淡い光を放っている小さな妖精だ。透明の羽の生えたリンゴくらいの大きさの少女で、黄緑色のワンピースを着ている。ピンクや水色、黄色いワンピースを着ている子も見たことあるし、髪型もみんなそれぞれ違った。
猫である私の本能だろうか、目の前をひらひら飛ばれると思わず目で追ってしまうし、捕まえたくなってしまうけど、私の大きな手で叩いたら死んでしまうかもしれないので我慢した。
……いやでもやっぱり、あんまり長いこと目の前をひらひら飛ばれたら叩いちゃうかも。
うずうずする心を抑えつつ妖精が通り過ぎているのを待っていると、私の存在に気づいた妖精も慌てて飛んでいった。私の目が爛々としていたのかもしれない。飛びかかるタイミングを図るように、ふさふさの長いしっぽも揺れてしまっているし。
(行っちゃった)
若干残念に思いつつ、引き続きのしのしと森の中を歩く。眠いけど、もうちょっと木のない開けた場所を探して、日の当たるところでお昼寝をしたい。
と、今度は妖精よりも危険な生物に出会ってしまった。
ゴブリンという名の、ハゲた小さいおじさんだ。皮膚は緑色をしていて、目は赤く、耳は尖っている。ゴブリンはみんな手に棍棒を持っており、汚い腰布を巻いているだけの哀れな格好をしている。かわいそう。
しかし同情はすべきではない。このゴブリンたちは他者に友好的ではなく、持っている木の棍棒で攻撃してくる。
あまり賢くないらしく、出会った者に見境なく攻撃を仕掛けているみたい。一度ゴブリン同士で叩き合っているのも見たことがある。同じ種族でも仲間だという意識はないらしい。
今も私を見つけた途端に棍棒を振り上げて走ってきたので、私は叩かれる前に大きなモフモフの前足を持ち上げた。
そしてゴブリンに肉球でパンチをお見舞いする。子猫パンチ!
ゴブリンは普通の人間の膝か太ももくらいしか身長がないので、巨大な私のパンチなら結構なダメージを与えられる。
一度叩いただけで倒れてしまった。
(死んだ?)
確認のためにゴブリンを前足でつつく。気絶しているが小さく唸って動いたので、死んではいないみたいだ。
今のうちにと思いながら私はその場から離れる。
早く日の当たる開けた場所を見つけて、猫らしくダラダラと午後を過ごしたい~。