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無知は己の首を絞める3

「それでは、これよりもう第何回か数えるのが面倒になってきたギルド職員とその関係者のお疲れ様会を開始したいと思いまーす!!うっしゃあ!!みんな、飲んで騒げぇぇぇ!!かんぱぁぁぁぁいぃぃぃ!!!」


「「「「「「乾杯!!!!!酒だ、飯だ、無礼講だぁ!!」」」」」」


「……相変わらずだなお前ら」


 普段抑えてる奴ほどはっちゃるとヤバいという事がよく分かる光景を眺めながめ目の前の柑橘系ジュースを飲む。まぁ、準備が色々と多い裁判が終わるといつもの事だが、こいつらもよく騒ぐな。乾杯の音頭を録音して、この場に居ない奴に聞かせてこの音頭は誰が取ったでしょうクイズでも出してみたい気分だな。絶対、普段ギルド指定の制服をかっちりと着こなしどちらか言うと地味系に分類される丸渕メガネの受付嬢だとは思わん。


「なーに澄まし顔でジュースなんか飲んでるのよー!貴方もお酒、好きでしょう?」


「ええい、酔ってない人間に近寄るな酔っ払い。酒臭いぞ」


「えー、そうかなぁ?んー、仮にそうだとしてもリカルドが同じ匂いになれば問題ないよね!」


「あるわボケ!たく……これが人気No. 1受付嬢ミライ・ローリネスの化けの皮が剥けた姿かと思うと男冒険者達が報われねぇな」


「ふふっ、別に彼らに媚びてる訳でもないもーん。お仕事はお仕事、自由時間は自由時間。そうでしょ?」


 黒いショートカットの美しく艶やかな髪と右目の下にある泣きぼくろが特徴的でスタイルも出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでいるという神に愛されたかの様な容姿とスタイルをしているミライとは付き合いが長く、確かこのギルド創設以来の仲だ。だからこそ俺が酒を飲んでない事に目敏く気がつき、近寄って来たんだろうな。


「それは同意するがな。落差が酷いって話だよ」


「それは貴方もじゃない?普段、冒険者に混ざってゲラゲラ騒いで酒飲んでる奴が弁護士には見えないもん」


「痛い所を突いてくれる……なら、分かるだろミライ?」


 酔った勢いで抱き着こうとしてくるミライの顔面にアイアンクローをかましながら、近くあった唐揚げを手に取り口に放り込む。お、パリッとした食感がしっかりとある衣に溢れ出す肉汁……今回も随分と奮発したようだなお上は。折角だし、もう一個食べるか。


「女性の顔面を握り潰そうとしながら唐揚げを堪能しないのそこ!」


「うるへー……アツッ……いいふぁろ別に。美味いんだから」


「あーもう……分かったから手を退けて全く」


 大人しくなった様なのでミライの顔面から手を離すと言葉に嘘はなかったようで大人しく隣で飲み始め、唐揚げを手に取り美味しそうに食べ始めた。


「あ、おいひい」


「だろ。こういう福利厚生が良いのも魅力の一つだな」


 チラッと視線を周囲に向ければ、ギルド職員達は楽しそうに酒や料理、会話を楽しんでいる。いつもの事ながら派手に騒ぐ連中だが、やはり礼儀礼節が求められるギルド職員ってところだな。これが冒険者なら今頃、机の一つや二つ壊れたり監視の目を盗んで賭博が始まったりするが、そういう類の行動は全く見えん。


「その代わり、冒険者達の面倒を見て各地から届けられる依頼書に不審な点がないか調べたり夜遅くまで書類整理勤しんで、依頼の達成が報告されるまで出立した冒険者達が生きて戻ってこれるのか気になって、死亡報告がくればその冒険者とどれだけ仲良くても悲しむ心を一旦押し殺して葬儀とかの手配をしたり、今回みたいに冒険者が何かを問題を起こしたらその対処をしたり……うん、言ってて思ったけど仕事多すぎるわ」


「部署が分かれてるとは言え、万年人手不足過ぎて掛け持ち状態な奴らも多いしなぁ」


「その点、弁護士は同じギルド職員とはいえ掛け持ちはないものね。羨ましい」


「何かあった時に不在です、じゃあ困るからな。それに上の方針的には弁護士を他の仕事に回さないのは冒険者に感情移入をさせ過ぎない様にらしいぞ」


 感情という曇りで濁った目で真実を見落とされては困るとかなんとか。まぁ、概ね同意だ。事実、弁護士をする上で依頼人が嘘を吐いている可能性は幾らでも考えなくてはならないし、一つしかない真実を依頼主の事が好きだからと捻じ曲げる愚行に走る可能性だってある。 

 ギルドの入り口にアルトが現れたを確認しため息を吐きながら、俺が立ち上がるとミライが口に入れていた唐揚げを飲み込んで口を開いた。


「それならどうして、貴方は冒険者との関わりを持つの?」


 絶対分かって聞いている気がするが、敢えて答えてやろう。


「守るもん見ないで守れる訳がないだろ」
























 くそっ!くそっ!くそっ!どうして、どうしてこうなった!?

 僕は何も間違えていない筈だ、冒険者としてより上にいく為に使えない奴を斬り捨てる行為の何処が悪いって言うんだ!!あの二人だって、僕の意見には同意していた癖に、裁判で負けて多額の金を支払う事になった事を伝えたら罵詈雑言を放って宿屋を追い出された結果、今日寝る場所すらないじゃないか。


「……栄光を……名誉を……僕は手にする筈で……」


 もっともっと等級を上げて詩に謳われる冒険者になる筈だったのになんだ、この惨めな姿は。何処で間違えた……裁判でもっと自分達が有用だと証言出来なかった事か?いや、違う違う違う!そんな直近の出来事ではない。何もかも、僕が歩むべき道が崩れるのが決定したのは──


「ふぅ……悪いねぇ後片付けを手伝って貰って。でも、良かったのかい?外に出ても」


「はい。判決はもう出ましたし、ずっとお世話になってる恩返しもしたかったので」


「あらあら、良い子だねぇ」


 ──そうだ、あの女のせいだ。

 何故、僕がこんなにも惨めな思いをしているというのに僕を地獄に叩き込んだオマエは、そんな呑気に笑っているんだ?巫山戯るな、ふざけるな、フザケルナ……オマエは僕の未来を奪ったんだぞ。そんな奴は、生きて


「そこまでにしておけ。本当に戻れなくなるぞ」


「ッッ!?」


 背後から突然投げられた言葉に振り返ると、夜の暗闇の中から黒い燕尾服を着崩し僅かに乱れたオールバックの髪型の目つきが悪い男がゆっくりと現れた。初めは誰か分からなかったが、月明かりが男の顔を照らし出し思い出した。アイツの弁護を担当したリカルドとかいう奴だ。


「初犯かつ、ブロンズ等級という事を考慮されその資格は剥奪されなかったが、殺人をすれば相応の刑がお前を待っているぞ。ユウリ・アーノルド」


 握りしめ既に鞘から抜かれていた剣を見ながら、リカルドはそう言った瞬間、僕の思考はたった一つの考えに支配された。目撃者を消さなければ即ち、目の前の男を殺す事に。そう決めて、剣を振り上げた直後金属音と共に剣が手を離れ地面に転がった。何も理解出来なかったが、まるで警告の如く顔スレスレに通過した矢で全てを理解した。


「俺の弟子は少々、夜目が効いてな……過保護なのが難点だが、いずれ良い弁護士に育つだろう。っと、話が逸れたな」


 そう言ってリカルドは懐から煙草を取り出し、吸い始めた。その独特な臭いが、僅かに煮えたぎっていた僕の心を落ち着かせる。


「もう一度だけ言う。今なら戻れるぞユウリ・アーノルド」


 戻れる?このまま戻ったって、パーティーメンバーには蔑まれ返す目処の立たない借金を背負うだけじゃないか。もう二度と、僕が昔から思い描いていた夢には辿り着けないんだ……それならいっそ、全てを壊して何が悪いって言うんだ。


「……それが僕を地獄に叩き落とした奴のセリフかよ」


「そうだ。だが、全てはお前達の愚かな行動が原因でありソフィ・リズレイを恨む理由にはならない」


「……僕はもう二度と輝かしい冒険者にはなれない。その夢を閉ざしたのはお前とあの女だ」


「そうだな。だが、お前は考えた事があるか?突然、パーティーから解雇され先の見えなくなった彼女の恐怖を」


 僕の正当性がないと自覚しながらも、止める事が出来ない黒い感情をゆっくりと目の前の男は受け止め解していく。あぁ……そうだ、確かに僕は考えた事がなかった。自分の意思に沿わないからと彼女を一方的に解雇してその後の人生がどうなるかなんて微塵も考えてなかった。


「……じゃあ、どうしろって言うんだ……パーティーメンバーとの空気は最悪。今の等級じゃ何年タダ働きになるか分からない金額を背負わされて……教えろよ、なぁ、弁護士は冒険者の味方なんだろ!?」


 感情のままに口を動かし目の前の男に当たり散らかすと、男はゆっくりと煙草を吸い煙を吐き終わると口を開いた。


「それがお前の犯した罪の重さだ。真っ当に向き合って清算しろ、俺もお前もガキじゃねぇんだ。責任ある大人の一人として、解決してみせろ。何年かかるかは知らんが、今このまま一時の感情に身を任せて未来全てを失うより全てを清算して再び歩き出す未来の方が、好ましいだろ?」


 あぁ……きっと目の前の男は何処までも正しい言葉と態度で僕に向き合ってくれているのだろう。だけど、僕は僕は……その正しさを受け入れられるほど強くも賢くもなかった。


「……ァアアアアア!!」


「……愚か者め」


 気がつけば僕は彼に殴りかかり、そして空を眺めていた。夜の何処までも真っ黒なまるで、僕のこれからを暗示するかの様な暗闇が広がる空を。は、ハハッ!!冒険者ですらない人間に負けるなんて……あぁ、本当に僕は惨めだな。


「暫くそうやって頭を冷やしている事だ。次は本当にないぞ」


 倒れた僕の耳元で底冷えする様な声で囁いた彼は、二本目の煙草を吸いながら再び夜の闇の中に消えていった。そして、もう何もかもどうでも良くなった僕は惨めに情けなく、地面に倒れ伏したまま声を押し殺してただただ涙を溢した。
















「あ、お帰りリカルド」


「……何故いる。ミライ」


 ユウリの暴挙を止めてから自室同然となっているギルド二階の事務所に戻れば灯りが点いており、警戒しながら入るとそこにはミライが来客用のソファに酒片手に座っている光景が広がっていた。


「眉間に皺寄っててこわーい顔になってますよー。ほら、早くこっちに来て座りなって」


 なんなんだまったく。上着を脱ぎ、普段使っている椅子に掛けてからミライと向き合う様に座ると目の前に置かれたグラスに酒が注がれた。もう既にパーティーは終わりを迎えて、明日の業務に向けて眠らなければならない時間のはずだがそれを口に出すほど空気の読めないわけではない。


「そんなに俺と酒が飲みたかったのか?ミライ」


 だから代わりに少し揶揄う様な声で返すと同じ様に笑みを浮かべながらミライは自分のグラスを持ち上げた。


「残業してる誰かさんを労ってあげなきゃなーって。ミライさんの優しさに感謝してね?」


「ふっ、ただ飲み足りなかっただけだろうに」


「酷っ!?」


 態とらしくおよよっと泣き崩れるミライを見ながら俺もグラスを手に取り持ち上げると、そこには泣き崩れたミライの姿はなく笑顔で俺を見ていた。そして、俺達はグラスを軽くぶつけ合わせ乾杯と言いながらグッと飲んだ。普段なら特に何も感じないが少しばかり、温くなったその酒がやけに美味しく感じられた。


「お疲れ様、リカルド」


「ありがとうミライ」


 次の日に差し支えない適度に酒を飲み交わした俺達は、仕事の疲れを癒やし朝日が昇ってくる少し前に別れた。そして、次の日特に依頼の無かった俺は冒険者に混ざり、会話やらなんやらを楽しみつつ二日酔いで頭を押さえているギルド職員達を眺めていた。


「この依頼とこの依頼をお願いします!」


 そんな声が聞こえて来て俺は小さく微笑んだ。

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