無知は己の首を絞める2
「それではソフィ・リズレイさんが力不足というレッテルを剥がしていきましょうか」
この場にいる全員がよく聞き取れるちょうど良い声量でリカルドは話し始める。彼の役職もあるのだろうが、自信満々とした落ち着きのある態度は先ほどの何処で演説をしているのかと問いたくなるほど動き倒し、ただただ声量に任せた話し方をしていたユウリとは真逆のものだ。
「先ほど、ユウリ・アーノルドさんは罠の事をしょうもないと発言しておりましたが、ギルドに備え付けられている鍛冶屋並びに道具屋で確認を取ったところ時折、罠を防ぎきれず武器や防具を破損させ修理依頼を出したり慌てた様子で毒消しポーションを購入している様です。これは明らかに斥候を排除した彼らの負債であり、報告書にて確認出来ますがソフィ・リズレイさんが居れば避ける事が出来た事態です」
ブロンズ等級の仕事において最も死亡率が高いのは罠による死である。ブロンズ等級は基本的にギルドによって、綿密に情報が集められ不確定要素を可能な限り減らした仕事を請け負うのだが、罠の確認ばかりは行えないからである。その理由は色々とあるのだが、最たる理由は『冒険者の仕事を奪う』からだ。罠の全てが解除出来てしまえばそのまま、ギルド職員が仕事を熟してしまえば良くなり冒険者の存在意義が無くなってしまう。まぁ、圧倒的にギルド側の人手が足りないのも要因の一つだ。
「それは……だが、こうして生きてこの場にいる!!それは何よりも僕らの実力を表している筈だ!!」
せめて否定する努力を見せる場面なのだが、意図的に隠していた事実をあっさりと暴かれたユウリは慌てた様子で口を挟む。またか……っとルドベキアの睨みが飛ぶが、それをリカルドは首を振って辞めさせた。
「手順が変わってしまいますが、仕方ありません。どうにも彼は口を挟みたがる様ですし反論もその都度行うのはどうでしょうか裁判官?」
「むぅ……仕方あるまい。但し、過剰に熱が入っていると我々が判断すれば止めさせて貰う」
「分かりました。御配慮に感謝致します」
そう言って裁判官達に頭を下げるリカルド。顔を上げてユウリと視線を合わせた彼は、襟元を整え意識を切り替え鋭い視線がユウリへと飛んでいった。
「では聞きますが、仮にブロンズ等級から昇格していき同じやり方が通用すると思いますか?」
「僕達なら可能だ!」
未だ現実が見れていないユウリの自信満々に情けない宣言をする姿に思わず、リカルドは小さく溜息を溢してしまうがどうやらユウリには気づかれなかった様で何も言葉は飛んでこない。
「弁護士として数多くの冒険者を見てきた者として言わせて貰いますが、無理です」
「はぁ!?」
「落ち着いてください」
そう言ってリカルドは鞄から書類を取り出し、全員に配っていく。
「そちらは鍛冶屋から借り受けた修繕依頼の写しになります。一つ一つ確認していきましょうか。先ず一つ、ユウリ・アーノルドさんが使用していた長剣が半ばから折れたという物、これはどうやら罠によって閉ざされ場所を無理やり剣を捻じ込み開けようと試みた際に折れた様ですね。次に、盾役のスメラギ・ノーンさんの大楯が凹んだという物、これは落石トラップにおいて盾を傘の様に使い防いだ際に凹んだ様ですね」
その後もリカルドは淡々と続けていき、その中でもより被害が大きかったものは本来後方にて魔法で支援する筈のオータム・ノーンの杖がスライムの様な粘性系のモンスターによって溶解したというものだった。これが指し示す答えは、前衛職である彼らが突破されたという事実だ。そうして累計十件の項目を読み終えたリカルドは、青褪めた顔のユウリを見た。
「貴方達が確かに輝かしい戦果を挙げた事は認めます。ですが、ソフィ・リズレイさんが抜けてからというもの明らかに被害が大きいものになっていますよね?これ程の被害を受けながらも、生きてこの場に立っている事自体は貴方達の才能なのでしょうがそれだけで生きていける程上の等級は甘くありません」
そう先ほど読み上げたのは全て、ソフィが抜けてからの仕事にて起きたものだ。彼女が在籍していた間は、この様な報告はなくギルド側も期待できるパーティーだと思っていたと調査で明らかになっている。
「弁護側は本件におけるソフィ・リズレイさんの力量不足による解雇だという訴えを、これらの証拠と共に否定します。
そして、ユウリ・アーノルドさん及び現在のパーティーメンバーに対して冒険者ギルド法第五条『パーティー契約を結び、その期間を満了せず一方的に解雇した場合金貨十枚以下の罰金及び、被害者側の要望を叶える義務が発生する』に基づき、彼女が冒険者として本来得る事が出来ていた報酬の支払い、そして本裁判までの間滞在していた宿屋の宿泊料金の支払いを要求します。また、ソフィ・リズレイさんは彼らの元に戻る気はないと願い出ていますのでギルド側もその認識を持っていただきたいと思います」
信頼と契約を最も重んじるギルドにおいて、それらを裏切る罪はとても重く見られており冒険者として除名こそされないが、重すぎる支払いを背負わされ、冒険者という仕事が持つ自由の一切が剥奪される。ちなみに金貨十枚という罰金はゴールド等級の冒険者が、食事や武器の修理、道具などを必要最低限にした上で、一ヶ月間休みなく仕事を熟せば払える金額だ。命懸けの仕事で、休み無し……はっきり言って想像したくないものだ。
「ま、待ってくれ!そんなの払える訳が……」
青を通り越して真っ白になった顔と震えきった声で発言するユウリを見て、自信満々に演説していた頃の元気も圧もなかった。触れれば粉々になってしまうそんな脆さだ。
「それが貴方のいえ、貴方方の責任です。人一人の人生をなんだと思っているんですか」
その言葉がトドメになった様で力なくその場に崩れ落ちるユウリ・アーノルド。その様子を反論無しと判断し、ルドベキアはカンカンっとガベルを鳴らしそれを合図にリカルドは弁護側に用意された椅子へと戻り座った。
「これより裁判官達による会議に移る。関係者は皆用意された部屋にて待機を」
用意された部屋にリカルド達が入室するとギルド側で温かいお茶が二つ用意されており机の上でゆったりと湯気を漂わせていた。向かい合う様に座り、リカルドがお茶を一口飲み口を開いた。
「不当な扱いをされたとはいえ、元仲間。最後の様子が気になりますか?」
「えっ!?どうして分かったんですか?」
「ずっと何やら考えている顔をしてましたから」
リカルドは経験から見抜いていたのだが、ユウリが崩れ落ちてからというものソフィの顔色は良くなく何やら考えてる素振りを見せておりソレの原因は彼らを心配するという彼女の優しさに起因していた。
「……確かにあの人達は私の人生を狂わそうとしました……でも、あんな大金を支払う様に命じられてしまえば彼らの人生も……」
「では、貴女は彼らを優しく見逃し第二、第三の貴女を生み出しても構わないと言うのですね?」
「え……」
「何故、ルールは守らねばならないのか。それは、不当に不利益を負ってしまう人を生み出さない為です。そして、ルールがルールとして厳格に機能する為には例外は許されず、破った者がどうなるか見せしめが必要なのです。ソフィ・リズレイさん、貴女の優しさは美しいものですが無闇に振り撒くものではありませんよ。……悪人はそういう人間を食い物にするのだから」
鬼気迫る表情で話すリカルドの圧に思わずソフィは唾を飲み、いかに自分が甘かったのかを認識した。きっと彼は多くの人を見てきたのだろう。騙され、利用され道端に転がるゴミの様になってしまった人達を。
緊張しているソフィを見て、リカルドは自身が圧をかけてしまった事に気が付きふっと緩めると共に薄く笑みを浮かべ続けた。
「それに、ギルドも鬼ではありません。ある程度、ブロンズ等級である事を踏まえて刑を軽くすると思いますよ」
そして暫くしてギルド職員が彼らを呼びに現れ、裁判の場に戻ると裁判長であるルドベキアから本件における結果が言い渡された。
「ユウリ・アーノルド、及びそのパーティーメンバーには金貨三枚の支払いとソフィ・リズレイの宿屋滞在料金支払いを命じる。パーティー契約期間中の料金に関しては、ギルド側の監督不届きと判断しギルド側から支払う事とする。異論はないな?……では、これにて閉廷!」
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