知識とは掛け替えの無いものである1
依頼者ソフィ・リズレイと初回の話し合いが行われた次の日、いつもの様に珈琲とパンを食べたリカルドとアルトはそれぞれの仕事の準備をしていた。リカルドはギルド職員及び、在籍冒険者達にソフィ・リズレイ達の素行を聞く為に録音魔道具や必要書類を鞄に入れ、アルトは依頼者と共に冒険に出る為に自身の装備である弓と、燕尾服の下に鎖帷子を着込んでいた。
「準備は出来たか?」
「はい先生。ソフィ・リズレイさんに見せるための書類と本日受ける仕事の依頼書、わて……じゃなかった。私の装備も準備完了です」
「良し。では、依頼者の方はお前に任せるぞ。初めてで緊張するかもしれないが、見るべきところは教えた通りだ」
そう言ってリカルドは緊張で固くなっているアルトをほぐす為に、アルトの頭を数度優しく撫でると、心地良さそうな声がアルトの口から溢れ固まっていた身体が解れていき、それを確認したリカルドは手を元に戻す。
「視野を広く持て。弁護士は依頼者の味方ではあるが、それは絶対じゃない。得られた情報と自らの直感を決して軽んじるな。良いな?」
「はい!」
綺麗な敬礼を見せるアルトを見て安心したのか一度笑みを浮かべてから、行くぞと声を掛け二人伴って部屋を出る。一階にあるギルドは相変わらず、賑やかなそのもので昼間から酒を飲んでる者、武勇伝を大声で語っている者、どの仕事を引き受けるかパーティーメンバーと相談している者達、依頼書片手にパーティーメンバーを募る者など多種多様な様相を醸し出しており、降りてきたリカルドはそのままそんな冒険者達のところへの向かっていき、アルトはギルド職員がいる受付へと向かうのだった。
「これ、今回引き受ける依頼だからよろしく!」
「はい確認いたします……すみません、此方の字が完全に潰れており判読出来ませんので書き直した物を再度お願いします」
「うげ、マジか……」
「ほらほら退いた!嬢ちゃん!これ、頼むわ」
「……ポーションですね。少々お待ちください。……どうぞ、此方になります。それと、今回の依頼には毒スライムの出現が予想されてますが、毒消しの類はお持ちでしょうか?」
「用意してあるぜ!」
「確認いたします……はい、大丈夫ですね。では、無事にお戻り出来ることを祈っております」
アルトが向かった受付は今日も今日とて、忙しそうに冒険者達の対応を行なっていた。男性職員も数人いるが、受付の多くは容姿端麗な女性が多く、仕事の依頼ついでに口説こうとする不届きな輩もいるのだが絶対零度の視線で、対応される為そんな勇者は一部を除いて居なくなっていた。そんな中、武器を持っているアルトに気がついた職員が並んでいた者達に一旦退く様に言って、冒険者達も素直に従い人の道が出来上がる。
「すみません、こちらが依頼になります」
アルトは頭を下げながら受付のところまで向かい、書類を受付へと手渡す。冒険者ギルドに併設されてるだけあって、弁護士も同じく国に雇われた立場である為、冒険者より優先して業務処理が行われるのだ。勿論、これを邪魔する様であれば罰則が設けられているので、申し訳なさそうにアルトが冒険者達に頭を下げる理由はないのだが、これは性格故だろう。
アルトから手渡された書類を受付職員が目を通し、不備がないのを確認すると判子を押して返却する。
「同行者一名ですね。確認いたしました、既に馬車は用意しているのでそちらをご利用ください」
秘匿義務がある為、同行者であるソフィ・リズレイの名前や仕事場所などを受付が口にする事はなく、アルトも発さずに書類を受け取り鞄にしまった。
「それでは公平な立場を期待します」
「はい。勿論です」
再び、頭を下げて人の道を歩いていきアルトがギルドの外に出れば、その道は失われいつもの活気が戻っていく。ギルドの外には、羽ばたく鷹をあしらった模様が描かれたギルド直営の馬車が停まっており、アルトを運転手が視認すると扉が開き乗り込むことが可能になり、アルトを乗せると目的地である宿屋、ホワイト・スノウへと走り出したのだった。
「あの、今回の仕事場所って……」
馬車の中で弓の調整をしているとソフィさんがおずおずと話しかけてくる。んー……相変わらず気弱そうですね、あんまり冒険者に向いている性格じゃないと思うんですけどっと偏見は良くありませんでした。先生にも注意されてますし気をつけなくては。
「最近発見されたダンジョンの未知エリア調査です。罠とどんなモンスターがいるかの確認が私達の役目ですので、直接戦闘したりするのが主目的ではありません。貴女の長所を活かし、可能な限りモンスターに見つからずマッピングしその進捗がそのまま報酬になる感じですね」
なんて偉そうに話してみたけど、これ依頼書に書かれてることを要約しただけなんですよね。先生なら、もっとソフィさんに何を期待してるのかとか緊張を解したりとかの気の利いた言葉を言えるのでしょうけど私にはまだ無理です。
「なるほど……え?報酬が貰えるんですか?」
「はい。貴女の力量調査を兼ねてはいますが、ギルドより正式に承った依頼でもありますからっと着いたようですね」
馬車が一際大きく揺れ、停止する。荷物を手に取り、馬車から降り主人と少しばかり話をしてからソフィさんを連れ添い、ダンジョン内部へと入って行く。此処は、ブロンズ等級の冒険者がよく足を運ぶ場所で初めて見つかった時は、それなりにモンスターが居たらしいのですが今では粗方、駆逐されており周辺のモンスターが住み着いたりしない限りはかなり安全な場所です。
コツコツと石の床に私達の足跡が反響して行くが、モンスターが現れる気配もなく会話もありません。元々、そんなにお喋りではないのでどう話したものでしょうか……
「……あの、アルトさん」
「はい、なんでしょう?」
振り返ると、周りをキョロキョロとしながらソフィさんが口を開きます。
「私達以外にも人の通りが最近にあったみたいですけど、この先に未知のエリアなんて本当にあるんですか?」
「……どうしてそんな事を?」
咄嗟に変な声が出なかっただけでも褒めてほしいと思いました。驚きを隠しながら彼女に問いかけると相変わらず周りをキョロキョロとしたまま、質問の理由を答え始める。
「床にはどれだけ見積もっても、ここ三日以内の足跡が残ってますし……このダンジョンが幾ら探索し尽くされている場所とは言え、光源として置かれてる松明が新品過ぎると思ったのですが……」
これはもう合格で良いのでは?と考えながら、彼女の死角になる様に彼女の発言内容をメモしていく。とは言え、業務は業務。今は何も知らないフリをして誤魔化し、先に進みましょう。適当に惚けると、気弱なソフィさんらしくそうですか……と言って取り敢えず着いてきてくれました。
また暫く気まずい沈黙が続くき目的地へと到着する。ダンジョンの壁が崩れ、その先に道が続いており当然ながら光源の類はないので、真っ暗なその道はまるで化け物が口を開いている様にも感じられる。
「此処です。行きましょうかソフィさん」
「はい」
松明をソフィさんに手渡し、先頭を交代し弓を構え彼女の後ろを続く。丁寧に松明の灯りで、足元や壁を確認し降りて行くソフィさんに続いて行くとやがて、広い場所に出る。
「これは……光石?」
降りた先の部屋には至る所に淡い光を放つ光石と呼ばれる石が露出しており、松明がなくてもそれなりの明るさを確保していた。この光石は、魔力を溜め込む性質があるのだが、溜め込み過ぎると内包しきれず魔力が外に漏れ出しその濃過ぎる魔力が淡い光へと形を変えているらしい。本で読んだだけなので詳しくはありません。
「……やっぱりおかしいです」
「何がですか?」
「普通なら光石がこんな地表面に顔を覗かせるのは稀なんです。魔力を溜め込むという性質上、モンスターや私達人間が魔法を行使すると当然、光石はその魔力を溜め込むんですけど、そんな事をしていれば光を放つより早く自壊する筈です。ですので、表面に顔を出した光石は基本的にカケラの様になるか砂みたいになって、こんな空間を照らす程の大きさは損なわれるんです。それに、随分と疎に点在してるのも不思議で仮に此処が人が寄り付かず、本当に未知エリアであれば、鉱脈の様になっている筈です……ってすみません、一気に話し過ぎました」
自信満々につらつら話していた彼女は何処に消えたのかと言いたくなるほど、ペコペコと頭を下げて小さくなるソフィさん。思わず、呆気に取られてしまいましたけど、大した知識量ですね。そんな詳しい事、私も知りませんでしたよ。
「いえ、大丈夫です。光石に関して何か勉強でも?」
「そ、そういう訳ではありません……その、両親が採掘を生業にしてまして……幼い時からよく聞いてたんです」
なるほど。幼い頃からの経験を活かすために斥候を主に引き受けていたのですか。一目見ただけで、これほどの見抜くのであれば彼女の知識面は間違いないでしょう。であれば、スキル面の確認が優先事項でしょう。
「マッピングもしなければなりませんし進みましょう」
「そうですね……あ、此処の事は特記事項として書いておきます」
地図を描きながら、走り書きで光石に関しての注意文を書いていくソフィさんの後ろをついていく。もう、合格で良いんじゃないかなぁと思いながら、この先で確認できるであろう事柄を思い出し、緩んだ気持ちを切り替える。大丈夫です、先生。サボっていませんから!
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