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依頼者ソフィ・リズレイ

 オーロラ通り五番地、宿屋『ホワイト・スノウ』


 かつて冒険者をしていた宿屋の旦那が氷と雪に支配された真っ白な景色に見惚れた事を名前の由来とする宿屋はその名前の通り、白で統一された宿屋であり、従業員と旦那がしっかりと手入れをしている為その白い輝きは一度も損なわれていない。これには、宿屋にしては珍しく酒場を併設していないのもあるのだろうが。


「此処だな」


「そうですね先生。依頼者は、二階の一番の奥の部屋に泊まっているそうです」


 アルトの言葉に礼を言って、リカルドは馬車から降り宿屋に入っていく。外見と同じく、室内も白で統一されており限られた光源を反射し、全体を明るくしていた。思わず、眩しさに目を細めつつリカルドは受付へと足を運び、そこに居た従業員へと声をかける。


「失礼、冒険者弁護士のリカルド・ウィンターズだ。依頼者との話し合いをこれから行うので、二階には誰も通さないで欲しい」


 一瞬、怪訝そうな表情を浮かべていたがリカルドの襟元にあるバッチを見て納得した様に頷く従業員。


「話は聞いております。どうぞ」


「協力感謝します」


 一度頭を下げ、礼を言い二階への階段を登っていくリカルドとアルト。それをしっかりと確認した従業員が二階への階段の前に清掃中の札を置いて、人が登らない様にし通常の業務へと戻って行く。本来であれば、宿屋の二階を占拠してしまうのは業務妨害でしかないのだが、多くの冒険者は固定の家を持っておらず、話し合いをする度に弁護士がいるギルドに足を運んでいては口封じされる可能性が高い為冒険者ギルドの方で、防犯性と防音性に定評がある宿屋を選出し、そこに宿泊させて話し合いをするのが一般的なのだ。

 勿論、ギルド側もその分の料金は支払っており多くの場合弁護が完了した時に有責となった側に返済義務が課せられる仕組みとなっている。


 リカルド達が部屋の前に到着し、ノックをする。暫くして、木製の扉がゆっくりと開かれ中から気弱そうな女性が顔を覗かせた。彼女が今回の依頼者であるソフィ・リズレイだ。彼女はリカルドと目を合わすとその人相の悪さから小さくヒッという声を漏らすが慣れているのかリカルドは無視して、口を開く。


「冒険者ギルドより業務を引き継ぎました弁護士のリカルド・ウィンターズです。こっちは、弟子のアルト。ソフィ・リズレイさんですね?詳しいお話をお伺いしても?」


「……えっと、はい……お願いします」


 バッチと直筆で書いた依頼書を見て安心した彼女は、二人を部屋に入れ鍵を閉める。


「アルト」


「はい、少し待ってください……魔道の眼よ、隠されし魔法を明らかにせよ」


 アルトの両目に魔法陣が浮かび上がり、部屋を全体を見渡して行く。今しがたアルトが用いた魔法は、視界内に隠された魔法が仕掛けられていないか確認する為の魔法であり、本来の使い道はダンジョン内部での仕掛けを事前に検知したりする為に使うものだが、詐欺を行う場合の一つの手段に盗聴手段を用意し、仲間に内容を知らせる手段がありそれを行わせない様に、弁護士やその弟子にはこの魔法を習得している者が多い。

 暫くの間、アルトが部屋を見渡し瞬きをすると魔法陣が消える。そのまま、リカルドの方を向き無言で頷く。それを確認したリカルドは漸く、椅子に座り近くの机の上に用意してきた書類を並べるのだった。


「どうぞ座ってください。ソフィさん」


「は、はい」


 一連の動きをぼーっと眺めていたソフィはリカルドに促されて初めて彼の対面へと座る。


「さて、ソフィさん。私は今、職務としてこの場に座っているだけで貴女個人の事は一切信用しておりません。ですので、これより事実確認とそちらの訴えを改めて行います。事前に提出された書類との矛盾点があれば、弁護は引き受けずまた後日、嘘が明らかになればそれ相応の罰が貴女に待っている事をご了承ください」


 そう説明しながらリカルドは、録音用の魔道具を起動させアルトに持たせる。脅しともとれる言葉に気弱なソフィは、少しばかり怯えるがはいっと返事を返した。


「では、ソフィさん。貴女はどの様な案件で私を頼ったのですか?」


「……えっと、パーティーの不当解雇です。同じ、冒険者をしていたユウリ・アーノルド、スメラギ・レン、オータム・ノーンに私を加えた四名で一年毎の契約でパーティーを結成したのですが……一週間ほど前にリーダーだったユウリから『斥候で、碌に戦闘も出来ないお前は要らない』と突然、言い渡されて一切、冒険に連れて行かれなくなりました」


 ソフィは当時を思い出し、目に涙を浮かべながら話す。手元にある書類に書かれた事実と不備がない事を確認したリカルドは、そんな彼女をチラリと見ながら、続きを促す。


「他のメンバーとは話をしましたか?」


「はい……ですが、二人ともリーダーがそう決めたのならと取り合ってくれませんでした」


「なるほど……その話が真実であれば冒険者ギルド法に抵触していますね。しかし、一年契約とは思い切りましたね。ギルドからの報告によれば、皆さん駆け出しのブロンズ級冒険者ですよね。通常であれば、その日限りや長くて一ヶ月ほどの契約なのですが。何か理由でも?」


 駆け出しが長期契約を結んでパーティーを組む事はとても珍しい。何故なら、お互いの技量に信頼など全くないからである。運命共同体でもあるパーティーは、ソロより優れている事が多いが一人の失敗が全員に降り掛かる為に信頼が出来ない以上運が悪かったで済ませられる短期間契約が普通なのだ。


「それは……ユウリから提案されたんです。『長い付き合いをして、連携を高めれば上の等級に上がった時にも、苦労しない!』と。とても自信満々に話すので、この人ならって思ったんです」


 なるほど、理解は出来る。愚かだと断じるがとリカルドは言葉に出さず、心の中で思った。駆け出しのブロンズなど将来、ドラゴンを屠る者になる可能性を秘めた者や、人知れずゴブリンなどの低級に殺される者もいる雑多な環境である為、運要素が大きすぎる。それに、駆け出しに回される仕事は死亡率が低いものでありソロで挑む冒険者も他の等級に比べれば多く、今名を挙げている多くの冒険者はそこで死なない程度の経験を積んでいるのだ。


 パーティーを組むのが悪いとは言わない。だが、失敗という経験を積まずに上に上がればいずれ、死んでいた事だろう。


「書類との矛盾点はありませんね。良いでしょう、一先ず私達は貴女を信用します。今、聞いた話が真実であり他に何も問題がなければ、裁判においてユウリ他二名は有罪となるでしょう」


「ほ、ほんとうですか!」


 沈んでいた表情に喜びの色が浮かぶ。だが、リカルドはそれを手で静止し冷静に言葉を続けた。


「喜ぶのはまだ早いですよ。次は、貴女の力量確認です。解雇やむ無しと判断されるほど頼りないものであれば、向こうの要求を飲むしかありません。ですので、ここ二日ぐらいで都合の良い時間を教えてください」


「えっと……ずっと宿にいるだけなのでいつでも大丈夫ですけど……何をするんですか?」


「私の弟子、アルトと共に簡単な依頼をやって頂きます。貴女は斥候ですので……そうですね、恐らくダンジョン探索か森に関連した依頼になるかと思います。依頼に出掛けている間、私は別件の確認を行いますので」


「分かりました……」


 ソフィの了承を聞き録音用の魔道具を停止させるリカルド。それを片付けると、取り出していた書類から一枚をソフィへと渡す。そこには、正式に契約を結ぶ旨が記載されており、リカルドの名前が既に記入されていた。


「ここにサインを。アルトが依頼を選び、後日此処を訪れるので、それまでは決して宿を出ない様に」


「は、はい」


 ソフィが書類に名前を記入したのを確認し、同じ物をもう一枚書かせそちらを予備としてソフィに渡し、書類を片付けるリカルド。全ての書類が片付け終わりとリカルドは改めてソフィ見る。色は白いと言える部類だがしっかりと日焼けが確認できる肌に、鍛えられた手足。そして何より、気弱そうではあるが、椅子には浅く座りすぐに動けるようにし、腰に身に付けたナイフをすぐに取れる様にしている辺り駆け出しとは言え、しっかりとした心得があるのをリカルドは見抜いていた。


「えっとなにか?」


 その視線の意図は分からなくても、じっと見られて不思議だったソフィは首を傾げ質問する。


「いや、なんでもない。何か本件に関して質問はありますか?」


「ありません……そのよろしくお願いします」


 そう言って頭を下げるソフィにリカルドは普段ならこの段階で返さない言葉を返した。


「お任せください。貴女の権利は必ず私がお守りします」


 では、失礼と言い残しリカルドはアルトを伴って部屋を出て行った。残されたソフィは少しの間、ポカンっとしながらリカルドが出て行った扉を見ていた。彼女の見間違いでなければ、怖いと思える人相の彼が安心出来るほどの優しい笑みを浮かべていたのだ。

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