その9 耳と尻尾の誘惑
◇◇◇
再び目覚めたアイリスは、ぼんやり天井を眺めていた。
(神様はもうどこかにいってしまわれたのね)
あの優しい目をした神様がそばにいない。そう思っただけで、胸にぽっかり穴が開いたように不安と寂しさを感じてしまう。私はこんなに弱い人間だっただろうか。
今は広い部屋に一人。体は相変わらず重たくて、ベッドに張り付いたように動かない。このまま人形のように動けなくなったらどうしよう。小さな不安が胸に押し寄せてくる。喉の違和感も残ったまま、声も出せそうにない。
(これからどうすればいいのかしら……)
アイリスが小さくため息をついたそのとき、軽やかなノックの音が響いた。途端に緊張で体がこわばる。
(どうしよう、誰か来たみたいだけど返事ができないわ)
しかし、アイリスの心配をよそに、満面の笑みを浮かべた三人の女性がしずしずと部屋に入ってきた。
「失礼いたします。このたび番様の専属メイドとして選ばれました、マリーです」
「リリーです」
「サリーです」
「「「我ら三人!番様に一生懸命お仕えします!これからよろしくお願いいたします!」」」
(ツガイ?)
聞き慣れない言葉に内心首を傾げたが、どうやら三人はメイドで、これからアイリスの世話をしてくれる人たちのようだ。
「それでは朝のお支度をいたしますね」
元気いっぱいに名乗ったあと、三人は甲斐甲斐しくアイリスの世話を始めた。驚いたのは、三人とも頭に動物のような可愛らしい耳としっぽが付いていることだ。アイリスの国には獣人がいなかったので、初めて見る三人の姿に目が釘付けになった。
(まあ……動物の神様?妖精さんかしら。なんて可愛いの!)
マリーは猫の獣人でリリーは狐の獣人、サリーは犬の獣人だ。メイドとしての技量だけでなく戦闘力にも優れた三人は、竜王じきじきから王妃となる番様の専属メイドとして指名されたことに感動し、大いに張り切っていた。
(なんとしても番様に信頼してもらえるようにがんばらなきゃ!)
◇◇◇
三人とも、スラリとした美しいプロポーションの持ち主なのに、一人でアイリスを軽々と抱えてしまうのだから更に驚いた。指一本動かせないアイリスを、まるで赤子の世話をするかのようにヒョイっと抱えて湯あみをさせ、てきぱきとドレスを着せた後、髪を結いあげてくれたのだ。
(ここの方たちはみんな力持ちなのね。私も修行したらそのうち力持ちになれるのかしら。あ、それに、もしかしたら私もそのうち可愛い耳や尻尾が生えてくるのかも)
アイリスは自分に耳や尻尾が生えている姿を想像して楽しくなってしまうのだった。