その7 老王の嘆き
◇◇◇
「馬鹿な。アイリスが死んだだと……?」
謁見の間で花嫁の到着を待ちわびていたドラード国王は、アイリスが海で行方不明になったという使節団からの報告を受け、声を震わせた。
「父上、大丈夫ですか?」
「新しいお嫁さんこないの?」
幼い王子や姫たちが気遣い駆け寄ってくるが、うるさそうにその手を振り払う。
「うるさいっ!下がれ!」
渋々老王の傍から離れていく子どもたち。年長の王子や姫たちは、冷酷な父王の様子を冷ややかな目で見つめていた。壁際にずらりと並んだ美しい側室たち。属国から捧げられた数多の側室は、ドラード王の権力の象徴そのもの。優秀な王の血を残すため、王子や王女の数を増やすことがドラード王として最も重要な役割だと思っていた。だが、今の王にとって、そんなものは物の数にもならない。
一目見て欲しいと思った美しい少女。あの少女でなければ、意味がないのだ。
「恐れながらアイリス様は嵐の中部屋を抜け出し、小舟に乗って、そのまま行方知れずに。おそらくもう……」
使節団の騎士団長が痛ましげにアイリスの最後を告げると、その場にざわめきが巻き起こる。
「なんと!すると恐れ多くも自分から船に乗って逃げ出したと言うことか」
「小国の姫の分際で我が国との約定をたがえるとは、なんと無礼な」
こそこそと言い交わされる言葉に、王の顔色が変わる。
「アイリスが海に?それはまことか……」
「はい。備え付けてあった小舟が一艘なくなっていました。部屋を抜け出すアイリス様に気付けなかったのは、完全に私たちの落ち度です。メイドが部屋にいないことを発見してから必死に周囲海域を探しましたが、あの嵐では捜索活動が思うように進まず……大変申し訳ございません」
「それで、おめおめと帰ってきたと申すか。ラナード」
「はい。申し訳ありません父上」
今回騎士に交じって使節団の代表として遣わされていたのは、ドラード国王の第三王子であるラナード。父王のお気に入りの側室から生まれた彼は次期後継者の呼び声も高く、今回の使節団も父王の機嫌を取るため、自ら志願して参加していた。
「あの無礼な小娘は父上に、ひいてはこのドラード国に泥を塗ったのです。アスタリアに厳しい制裁を加えましょう」
ラナードの言葉にドラードの貴族たちから次々と賛同の声が上がる。その様子にラナードは密かに笑いをこらえた。父王の機嫌を取るためとはいえ、たかだか弱小国の小娘を迎えに行くための使節団に加わることは内心業腹だった。だが、自死を選んでくれたのは僥倖だ。もう十分すぎるほどライバルがいるなか、新たに王子や王女が増えるのは避けたいと思っていたからだ。
「制裁と申すか」
「はい!周辺各国への見せしめのためにも、ぜひ厳しい制裁を!」
意気揚々と叫んだラナードにドラード国王は冷たい視線を向ける。
「ではまず役立たずの貴様からだ。私の宝を守れなかった罪は重い。ラナードを西の塔に幽閉しろ」
「なっ、父上!?」
「それから使節団に加わった者たちすべてに死罪を申し付ける」
「そんなっ!王よ!お許しください!」
しかし懇願もむなしく、ドラード王が右手を軽く振るだけで王の近衛兵たちが使節団を取り囲こみ連行していく。
「アイリス。ああ、私の宝……」
静まり返った謁見室に、ただ老王の声だけがむなしく響いた。