その6 冷徹メガネは思考する
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アイリスに食事を取らせたあと再び眠りについたのを見届け、フィリクスはそっと寝室を後にした。もちろん愛する番の側から片時も離れたくないが、そうも言っていられない。何しろ、アイリスは花嫁衣装を身にまとったまま、海で溺れていたのだから。
「おいフィリクス、彼女の様子はどうだ?」
執務室に戻ったフィリクスに、早速ダイアンが声をかけてくる。
「まだろくに体が動かせないようだ。声も出せない……彼女から事情を聞くのは当分無理だな」
「そうか……まだ一部とはいえ、竜人族でも最強と言われるお前の魔力をその身に受けたんだ。体に馴染むまでは時間がかかるだろう。まぁでも、命に別状が無くてよかった」
ダイアンの言葉にフィリクスはぐっと唇を噛み締める。
「ああ。瞳に力がある。意識ははっきりしているようだ」
「そうか……そうか。良かったな、フィリクス」
死の危機に瀕していたアイリス。無理やり体を作り変えたとしても、すでに魂が旅立ったあとなら、意識のないまま生き続ける状態になる恐れもあった。
「ああ。ありがとうダイアン、すぐに許可を出してくれたお前のお陰だ。感謝している」
「いや、当然のことだ。それに彼女はか弱い人族だしな。世界の脅威となりうる存在にはならないだろう。長老たちも文句は言わんさ」
「だといいが。彼女に余計な心労を増やしたくない」
「そうだな」
竜人族が花嫁を迎えるには、必ず一族と国、両方の許可がいる。竜人族は番第一主義。どんな番であろうと、その身を滅ぼすほどに愛さずにはいられない。だからこそ、怖いのだ。もしも番が世界を脅かす悪しき存在なら?悪魔のような存在に永遠とも言える命と力を与えてしまうことになる。
それは国の、ひいてはこの世界の破滅さえ招いてしまう、恐ろしい存在となるだろう。だからこそ、問うのだ。竜人族の番となる覚悟を。竜人族の番となるに相応しい高潔な魂の持ち主であるかどうかを。だが、国と一族のトップである竜王と宰相が許可を出したのなら、例え一族の長老とて否とは言えまい。
「まぁ、問うて否が出たとして、一族総出で戦った所でお前に勝てるものなどいないがな」
「万が一認められなければ、すぐさま一族を離れ最果ての地で蟄居することも辞さない。次の竜王にはダイアンを指名する」
「やめろ。俺が面倒くさい。竜王なんかになったらアシェリーとの触れ合いが減るだろうが」
「なんかって言うな」
「お前を差し置いて王になどなるものか。お前より王に相応しいものなどいない。それに、お前には借りがあるからな」
ダイアンもまた希少な竜人族の純血種であり、その希少な竜の血を増やすため、番は同じ竜人族の女性か人族から選ばれることを切望されていた。
だが、ダイアンの番はか弱いうさぎ獣人のアシェリーだった。獣人はどちらかの性質を引き継いだ子しか生まれない。まして異種族との婚姻は子どもの出生率が下がると言われている。国にとって、絶大な力を持つ竜人族の存在は大きい。そのため、一族から許可が出た後も、アシェリーに対する異種族の重鎮からの風当たりは強かった。アシェリー達うさぎ獣人は、獣人の中では立場が弱い。だが、渋る重鎮たちにフィリクスは言ったのだ。
「この冷徹メガネが愛せるのは永遠にこのアシェリーだけだ。竜の執着を舐めるな」
その言葉にどれほど救われたか。だからこそ誓ったのだ。フィリクスに番が現れたときは、それが猫だろうと犬だろうと蛇だろうと、俺だけは味方になってやろうと。
(だが、問題は花嫁の出自だな……なぜ花嫁衣裳を着たまま溺れていたのか、調べる必要がある)