その44 竜の番と、その後始末
◇◇◇
その日アルファンド王国の庭園は、異様な空気に包まれていた。
「……ロイ、もう大丈夫だから……」
ガゼボに設えたベッドの上で、魔力切れのミイナがか細く訴える。だがロイは全く聞く耳を持たなかった。
「大丈夫じゃない」 「喋らなくていい」 「動かなくていい」 「水?飲むか?」 「寒くないか?毛布をもう一枚――」
「過保護すぎ……」
そう言ったミイナの声は、途中で消えた。ロイが当然のように抱き寄せ、額に口づけたからだ。
「当然だ。お前は俺の大切な番だからな。永遠に愛してる。俺から逃げられると思うなよ?」
そう断言して、ニヤリと笑うロイ。
───つ、番って!!!
真っ赤になってはくはくと声にならない声をあげるミイナ。
一方その隣では、同じ光景がもう一組、繰り広げられていた。
「アイリス、喉の調子はどう?」 「ああ、動かなくていい。無理はしないで」 「指先、冷たいな……温めよう」
「フィリクス様……近い、です!」
アイリスは顔を真っ赤にして身を縮めるが、フィリクスは一歩も引かない。むしろ、心配そうに眉を下げる。
「まだ顔色が悪い」 「竜の力に晒されたんだ。しばらくは俺に全部任せて」
「ぜ、全部って……」
言葉の続きを言う前に、指先をそっと包まれた。 大きな手にすっぽりと包みこまれて、そのまま指先を絡み取られる。
――なにこれ。
――恥ずかしすぎる……!
視線を逸らした先で、ミイナと目が合った。同じように真っ赤な顔で、同じように居心地悪そうな表情。
((死にそう……))
二人は、無言で完全に同意した。
だが、竜たちは満足そうだった。
「部屋に閉じこもってばかりだと気が滅入るから、たまにはこうして外で一緒に過ごすのも悪くないな」
「アイリスとミイナが仲良くなって良かったよ。そうだ、合同で結婚式をするのはどうだ?」
「いいな。今からダイヤを掘りに行こうぜ!」
誰も止めなかった。止められる存在など、最初からいなかった。
◇◇◇
――一方、その頃。
「……まったく」
ダイアンは、ラナード王国から届いた報告書を読みながら、深くため息をついた。
老王は正式に退位。小さな離宮で、静かに余生を過ごすことを宣言。側室はすべて解放され、それぞれの国へ戻ることになったらしい。アイリスとの婚約も、何事もなかったかのように白紙に戻された。
「まぁ、妥当だな」
誰かに言うでもなく呟く。
だが問題は、その後だった。
市民の間で広がった噂。
――竜の逆鱗に触れた。
――王国は滅ぼされるのではないか。
恐怖と不安が暴動に変わるのに、時間はかからなかった。
「……それで、うちに泣きついてきたわけか」
非公式の打診文。アルファンド王国の庇護下に入れてほしいという、遠回しな懇願。
竜を恐れ、竜に縋る。人間は、いつの時代も変わらない。
「また仕事が増える……」
ぼやきながらも、ダイアンは拒否しなかった。
竜が関わった以上、放置すれば禍根を残す。
「ジェニファーも、きっとそれを望まないだろうしな」
窓の外を見やる。遠く、王宮の一角――赤竜と、もう一匹の竜がいる場所。
守るために力を使い、守ったあとも責任を引き受ける。
「……本当に、竜は業が深い」
そう呟いて、ダイアンは次の書簡に手を伸ばした。
その頃、王宮の一室では――
「ロイ、だから、そんなに見られると……!」
「問題ない。可愛い」
「フィリクス様、もう少し離れて……!」
「無理だ」
今日も平和だった。
















