その31 気まずい二人
◇◇◇
「お待たせいたしました!番様のお支度が整いました」
結局マッサージの後眠りについたアイリスは、夕食の少し前に目を覚ました。それまでお預けを食らっていたフィリクスは、飛ぶようにアイリスの元に向かう。
ほんのり甘い香りを纏ってどこか気だるげな様子のアイリスは、背中側にいくつものクッションを重ね合わせたものにゆったりと身を委ね、ベッドの上で軽く体を起こしていた。しかし、フィリクスの顔を見るとふいっと顔を背けてしまう。
「アイリス、体を起こして辛くないのか?」
心配げに声をかけるフィリクス。その問いに、アイリスはびくりと体を震わせた。なぜフィリクスがその名を知っているのか。問いただすようにフィリクスを見つめるアイリス。
「君はアスタリアの第一王女、アイリス・アスタリアで間違いないかい?」
こくりと頷くアイリス。アイリスは遂に別れのときが来たことを悟った。
『たすけてくれてありがとうございます』
アイリスはフィリクスが読みやすいように唇をゆっくりと動かす。
『うごけるようになったら、くににかえります』
アイリスの唇を読んだフィリクスは、寂しそうに微笑んだ。
「そうだな。片時も離れたくないがアスタリアのご両親も心配しているだろう。動けるようになったら私がアスタリアに直接連れて行ってあげよう」
けれどその言葉に、アイリスは首を振った。
『ドラードにいきたい』
アイリスの目を真っすぐに見つめるフィリクス。
「なぜ?君はドラードの王を愛しているのか?」
その問いかけにアイリスはふるふると首を振る。
『それがわたくしのうんめいだから』
そう呟くとアイリスは、もう話すことはないとばかりにうつむいてしまう。重い空気に耐え切れなくなったマリーが、
「さ、さあ、とりあえず食事にしましょう!すぐにご用意いたしますわ!」
となんとか場をとりなそうとするが、フィリクスはショックを隠し切れなかった。
(運命!?運命とは!?私以外の男と結ばれる運命だとでも言うのか!?)
けれどこれは政略結婚であると言ったダイアンの言葉を思い出す。アイリスは王女として国のためにドラード国に嫁ごうとしているだけに違いない。ドラード国とアスタリア国の双方が納得すれば、ドラード国に行く必要もなくなるはずだ。
「もし政略結婚のことを心配しているなら、心配しなくていい。私が両国に直接働きかけてみよう」
フィリクスには、例えどんなに理不尽な要求であっても、愛する番を得るためならどんな犠牲もいとわない覚悟があった。彼女が安心してフィリクスの傍にいられるように全力で対処するつもりだ。
「今は早く元気になることだけ考えよう」
そういうとまたアイリスをそっと抱き上げるフィリクス。距離を置きたいと思うアイリスの気持ちを無視するフィリクスを思わず睨みつけるアイリスだったが、フィリクスの手が震えていることに気が付いた。
(もしかして、傷つけてしまった?……)
スプーンを口に運ぶ仕草も、膝の上から落ちないように支える腕も、いつも通りに優しい。けれども、いつもなら饒舌なフィリクスが口数も少なく時折表情を曇らせる様子に、アイリスの胸は痛んだ。
『どうしてなの』
アイリスは思わず口を動かしていた。アスタリアにいたころを思い出しても、フィリクスと出会ったことなど一度もない。もし出会っていたのなら、こんなに美しい人を忘れるわけがない。けれども、フィリクスのアイリスに対する態度はどう考えてもおかしかった。まるで、愛し合う恋人同士のような振る舞いを続けるフィリクスに、アイリスは戸惑っていた。
『あなたはわたくしをどうしたいのですか』
















