その3 竜人族の婚姻
◇◇◇
「ダイアン!来てくれっ!」
全身から水を滴らし、花嫁衣裳に身を包んだ少女を大事そうに抱えたフィリクスを見て、従兄弟であり宰相でもあるダイアンは目を見張った。
「フィリクスその少女は……お前の番か?」
「ああ!間違いない!私の番だっ!」
美しい人族の娘。しかし、力なく投げ出された腕に青白く生気のない顔を見て息を呑む。
「まさか、死んでる……のか?」
「まだ死んでないっ!でも、心の臓が弱ってる!すぐに婚姻の儀を始める!」
今にも事切れそうな小さな命。だが、この国の王であるフィリクスにとって、疑いようもないほどにかけがえのない命だ。
「番の了承は?取ったのか?」
本来ならば、番の許可なく儀式を行うことは許されない。だが……
「意識がないんだっ!取れるわけないだろっ!」
「仕方ないか……」
竜人にとって番は何よりも大切なもの。己の命よりも、ずっと。ダイアンとて目の前で番が死にかけたら、迷うことなく自分の命を捧げるだろう。ダイアンはすぐさま衛兵に指示を飛ばす。
「これよりただちに王の婚姻の儀式を行う!鐘を鳴らせ!」
ダイアンの言葉に慌てて飛び出していく衛兵たち。その日、百年ぶりに、アルファンド王国の空に竜人族の婚姻を知らせる鐘の音が鳴り響いた。
「さぁ、フェリクス、一刻の猶予も無さそうだ。すぐに泉へ!」
「ああ。感謝する、ダイアン。私の花嫁……君を、絶対に死なせない」
◇◇◇
(寒い……)
アイリスは思わず身震いした。冷たい海水を含んだ重いドレスは、容赦なくアイリスの体温を奪い去っていく。フェリクスは、アイリスが思わず伸ばした手をそっと握り締めた。
(冷たい……早く儀式を終らせて暖めてあげないと)
フェリクスは金色の泉に体を沈め、中心までゆっくりと進んでいく。
「愛しい花嫁。運命の恋人。永遠の愛を君に誓う。だから……どうか私を受け入れてくれ」
フィリクスは、未だ意識の戻らない冷たい頬にそっと手を添え、口付けた。
(これは、何……何か温かいものが、体に流れ込んでくる)
温かな力がゆっくり、ゆっくりと、アイリスの心と体を満たす。優しく包み込まれるような心地好さにアイリスはうっとりと頬を染めた。
体に触れる手の熱さから、誰かにしっかりと抱かれているのが分かった。(誰……)だが、身をよじろうとしたものの、体はピクリとも動かない。
「もう大丈夫。後はゆっくりお休み」
意識は未だ混沌の中にあり、体は鉛のように重たいまま。アイリスは諦めて再び意識を手放した。
「愛しい私の花嫁」
最後の囁きは届かなかった。