その21 おとぎ話の宮殿
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落ち着いたところ、と言われて連れて来られた先は、眩い白の大理石で作られた荘厳な宮殿だった。地平線が見えそうなほど広大な庭には、見たこともない派手な鳥たちがピルピルと美しい鳴き声を上げ、優美な船を浮かべた池のほとりでは、色とりどりの花が競うように咲き乱れている。まるでおとぎ話か神話の世界のようだ。
戸惑うミイナをよそに、慣れた様子で宮殿に入っていくロイ。ロイの姿を目にした人たちは、皆一様に立ち止まり、嬉しそうに恭しく会釈をしてくる。ただの平民に対するとは思えない畏まった態度に、ミイナは首を傾げた。
(アルファンド王国で商売をしてたって言うから、その伝手で王宮の人と繋がりがあってもおかしくないと思ってたけど。それにしては宮中の人達の態度がおかしいわ。どの人も目上の者に対する態度で接しているもの。それに、あの二人から隊長って呼ばれていたし。この人は一体何者なの)
ミイナからの視線を感じて、困ったように天を仰ぐロイ。
「……実は元々俺はこの国の生まれなんだ」
「貴族出身ですか?それも高位の」
それなら頷ける。ロイは海の男らしく小麦色に焼けた肌と短く切り揃えられた真っ赤な髪が印象的だが、決して粗野なイメージはない。見上げるほど高い身長にスラリと伸びた手足、鍛え抜かれた体躯は、むしろ騎士のようにも見える。何より、引き込まれそうなほど蒼い瞳には、確かな知性が感じられた。
「貴族……というのとはまた違うんだが……まぁ、似たようなもんか」
歯切れの悪い返事だが、様々な種族が共生するアルファンド王国では、国や貴族の在り方も違ってくるのだろう。あまり込み入ったことを聞いたところで、自分には理解できないかもしれない。船長がミイナに対して、そこまで説明する義理はないのだ。そう考えたミイナは、あまり深く追求しないことにした。幸いアルファンド王国にはたどり着くことができた。それもまさに国の中枢に。ここなら竜の情報もなにか掴めるに違いない。
「ところで俺達どこに連れて行かれるんでしょうか。さっきからかなり歩いてると思うんですけど」
最初は物珍しさからキョロキョロ視線をさまよわせていたミイナだが、長い長い廊下をひたすら歩いているだけで、目的の場所には一向に辿り着かない。これから何を聞かされるのか。さすがに不安になってきた。
「ん?疲れたか?」
しかし、ロイは見当違いのことを言うと、いきなりミイナを横抱きに抱え上げた。いわゆる『お姫様抱っこ』だ。生まれてこのかた、お姫様抱っこなどされたこともないミイナ。男性と密着する経験など無論ない。真っ赤になって逃れようとするが、ロイの腕にしっかり抱えられており、びくともしない。
「ちょっ!船長!離して下さい!俺、一人で歩けますから!」
何より大勢の人が行き交う廊下で、一斉に注目が集まっている。知らない宮殿で男に横抱きに抱えられるなど、さすがのミイナも想像の範囲を超えた。恥ずかしくて顔を上げられない。
「遠慮するな。もう少しかかるから」
「遠慮してるんじゃ!……」
ジタバタと暴れるミイナの頭を、よしよしと宥めるように撫でるとそのまま歩き出すロイ。その顔が若干嬉しそうなのは、誰が見ても明らかだった。
「なっ、なっ……」
言葉にならない様子のミイナにリュカがそっと耳打ちする。
「ちなみにその人も君のこと女の子だって分かってるから、無理に男の子のふりしなくても大丈夫だよ」
「えっ!?」
「チッ……余計なことを……」
「こういうことは早めに伝えておかないと、言う機会を失いますよ」
ミイナがぎょっとしてロイを見上げると、気まずそうに目を逸らすロイ。
「い、いつから……」
「……最初から。だが、性別を偽ってでも船に乗りたい理由があったんだろう?」
「船長……知ってて、黙っていてくれたんですね」
「俺の名前はロイだ。そう呼んでくれ」
「ロイさん。私の本当の名前はミイナです。今まで黙っていて申し訳ありませんでした」
「いいんだ。俺が少しでも、お前の役に立ちたかっただけだから」
(この人は、どうして会ったばかりの私にここまで親切にしてくれるんだろう……)
















