その19 ただ一人の守るべき人
◇◇◇
「花嫁の様子はどうだ?少しは落ち着いたか?」
沈痛な面持ちでようやく寝室から出てきたフィリクスに声を掛けるダイアン。ここ最近、ようやく現れた番の世話を嬉々として行っていたフィリクスだが、今日は何か様子が違う。
「どうしよう。彼女を泣かせてしまった……」
「なっ!?まさか無理矢理襲い掛かったのか!?」
童貞を拗らせすぎたのだろうか。せっかく現れた番とすぐさま想いを交わすことができないのは憐れだが、想いを押し付けるあまりに、唯一人の愛する番から嫌われたとなれば目も当てられない。
「私がそんな事をするわけ無いだろう!ただ毎日抱き締めて眠ってるだけだっ!」
「そうか。じゃあ、なんで泣かせたんだ?」
想いが通じていない相手をただ抱きしめて眠るだけでも十分嫌われる恐れがあるのだが、竜人族の男に世間一般の常識は一切通用しないため、普段冷静なダイアンもそのことにはあえて突っ込まない。むしろ、まだ手を出していないだけ見上げた理性だと感心していた。
「分からないが、私が名乗った途端泣き出したんだ。もしかして、この国が嫌いなんだろうか。もしくは竜王が嫌なのか?彼女が嫌がるならすぐさま竜王の地位をお前に譲る準備はできてる」
だが、愛する番のためにすぐさま王座を放棄しようとするほどには、理性などとっくに持ち合わせていないようだった。
「落ち着け。まだそうと決まった訳じゃないだろう?」
念願の番を得たフィリクスの混乱具合に、ダイアンは軽くため息をついた。この男は恋を知ったばかりなのだ。なんでも不安に思ってしまうのも無理はない。
「だめだ。彼女の涙を見ただけで気が狂いそうだ」
「ああ。気持ちはわかる。仮に俺以外の男がアシェリーを泣かせたなら、容赦なく屠るだろうからな」
なにより、番に対する狂おしいほどの愛は、自分も持ち合わせている。だが、ここは先輩として、番を得たばかりの友に、アドバイスしてやらなければならないだろう。
「いいか、よく聞け。人族の女性は繊細で思い詰めてしまう生き物だと聞く。俺たちにとってはたわいないことであっても、死ぬほど気にしたり、泣くほど混乱したりすることがあるらしい。そんなときどうすればいいか。答えは簡単だ。何を不安に思っているのか、何を気にしているのか、辛抱強く聞き出せ。そして、原因がわかったら徹底的に排除するんだ。分かったな?」
「徹底的に排除だな。分かった!」
「よし。分かったら番の元に行って泣き止むまで慰めてこい。愛する番を一人で泣かせるなど、屑のやることだ」
「そ、そうだな!私は弱っている愛する番の傍にいてやらなければならないよな!よし、ダイアン!私の番が元気になるまで、あとのことは頼んだぞ!」
「ああ、俺に任せておけ」
「感謝する!」
バタンッ!と勢いよくドアを開けて番の元に走るフィリクス。その後姿を、ダイアンは生温かい目で見送った。
「仕方ない。番の笑顔以上に優先すべきものなどないからな」
そういえば番の名前や出身が分かったことや、新たな竜人族が見つかったことなどをフィリクスに話さねばならないと思っていたのだが。
(まあ、帰ってきてからにするか)
番至上主義。これだけは譲れないダイアンだった。
















