その18 アイリス、重要なことにようやく気が付く
◇◇◇
「おはよう。いい朝だね」
今日も今日とて、目覚めと同時に神々しい顔がアイリスの隣で甘く蕩ける。逞しい腕にしっかりと抱かれたまま目覚めるのはこれで何度目だろうか。とはいえ、今までろくに男性と話したこともなかったアイリスが、フィリクスの近すぎる距離に慣れることはない。
一方フィリクスは、アイリスから漂う番の香りに竜の本能を刺激されつつ、強すぎる衝動をじっと堪えていた。番が受け入れてくれるまで決して手を出さない!千年待ったのだ、あと何年でも待って見せる!そう悲壮な決意をしているものの、毎晩抱きしめずにはいられない程度には、色々限界だった。
「喉の調子はどうかな?まだ声は出せそうにない?早く君の声を聞きたい……」
相変わらず声は出せないが、毎日飲んでいる薬湯のせいか喉の痛みは幾分ましになっていた。指一本動かせなかった体も、ベッドから体を起こせる程度までに回復した。ただ、指先が震えてしまうせいで、まだペンを持つことは難しそうだ。
アイリスは試しに、『おはようございます』と口を動かして挨拶してみた。
至近距離でアイリスの口元を慎重に見つめていたフィリクスは、ぱあ~っと顔を輝かせる。
「そうか、口の動きを読めば意思の疎通ができるな。君はなんて賢いんだ!え~っと、おはよう、かな?あってる?」
通じたことが嬉しくて、頬を赤らめながらこくこくと頷くアイリス。フィリクスもまた、アイリスと初めて意思の疎通ができたことに喜びを爆発させた。
「私の名前はフィリクス。ここ、アルファンド王国の竜王だ。私の愛しい花嫁。君の名前を教えて欲しい」
しかし、わくわくしながら問いかけた言葉に、アイリスの顔色がさっと変わる。
(アルファンド王国!?竜王陛下!?嘘でしょう!?もしかして、ここは天国ではないの!!!)
あまりのことに混乱するアイリス。夢うつつの中で竜に出会い天国に辿り着いたと思っていたのに、これは夢ではなく現実だとしたら。じわじわと生きている実感に身震いしてしまう。
(婚儀はどうなったの。あれから何日経った?アスタリアは今どうなって……)
急に起き上がろうとしたせいで、ふらりとそのままベッドに倒れこんでしまう。
「ああ、大丈夫かい?急に動くのはまだ無理だよ……」
アイリスが急に倒れたことで慌てるフィリクス。一刻も早く番としての名乗りを上げたくて焦ってしまったが、アイリスを困らせたいわけではない。
心配して覗き込むフィリクスをじっと見つめるアイリス。神々しいまでに美しい目の前の男の人は、神ではなかった。竜王を名乗る大陸の覇者、アルファンド王国の竜王陛下その人なのだ。
(私を助けてくれた金の竜は、やっぱり幻だったのね。私は船が難破したあと、運よくアルファンド王国に流れ着いて王宮で保護されてしまったんだわ。一刻も早く国に連絡しないと……)
アイリスがいなくなったことで、国ではどれほどの混乱が起きているだろう。家族はどんなに心配しているかしれない。何より、ドラード国王は怒り狂っているに違いない。
(死ねたと思ったのに、死ねなかったのね。けれど、この命がある限り、王女としての務めを果たさなければ)
ぐっと唇を噛み締めるアイリス。色に狂った老王の元へなど行きたくない。逃げたい。けれども、愛する家族と民のいる自国を見捨てることなどできない。
(神様。どうして私をそのまま海に沈めてくださらなかったのですか……このまま美しい夢の中で過ごしていたかった)
アイリスの美しい目からいくつも涙が流れ落ちる。
フィリクスはハラハラと涙を流すアイリスを強く抱きしめた。
「なぜ泣く?何も心配しなくていい。君は私が守って見せるから」
(いいえ。私はいかなければ。ドラード国へ)
















