その13 怪しい二人組
◇◇◇
「ここがアスタリアの王都……」
アスタリアは小さな国とは聞いていたが、ドラードに比べると想像以上に小さい国だった。街道沿いに石造りの小さな家が並び、道には白い石畳が敷き詰められている。店の前には見慣れない甘い芳香を放つフルーツが並び、鮮やかな布を身に纏った女たちが行き交う異国情緒溢れる街。けれども、どこか活気がなく、道行く人の表情も暗い。
どこかで話を聞きたいと思ったが、その悩みはすぐに解決した。立ち寄った宿屋や定食屋、そこかしこで、王女の話題が囁かれているからだ。
「ねえ聞いた?アイリス王女様のこと。海に身を投げたって」
「シッ!滅多なこと言うんじゃないよ!事故だよ事故!」
「いずれにしてもドラード国からの支援はどうなるんだ」
「まさか戦争なんてことになるんじゃ……」
しかも、街のあちこちでドラード国の兵士達が我が物顔で闊歩しているありさまだ。
(しまった。もうお父様の手の者がこんなに……)
ミイナは焦った。いち早く動いたつもりだったが、ドラード国の誇る早船には及ばなかったらしい。けれども、王都の至る所に貼られたアイリス王女の消息を尋ねる絵姿を見る限り、まだ何の手掛かりもつかめていないようだった。
(焦っちゃダメ。確かな情報を掴まなきゃ)
ミイナは小さな宿屋に宿を取ると、すぐさま漂着物や目撃者のいそうな海岸沿いや、猟師小屋などを重点的に調べることにした。
けれども、アイリス王女の行方は依然としてつかめなかった。王女がこの国に戻ってきた形跡はどこにも見当たらない。
(ここまできて無駄足だったなんて。できれば王城に行って情報を集めたいけど、どうやって忍び込もう……)
「ん~?ミロじゃねえか。もう姉さんには会えたのか?なんでこんなところに一人でいるんだ?」
定食屋で遅い食事を取っていると、港で別れた船員たちに出くわした。
(まずい……)
「ね、姉さんちは赤ん坊が生まれたばかりで、余分な部屋もないから別に宿をとってるんだ。何日も世話になると肩身が狭いからさ」
「お前はガキのくせに姉ちゃんにも気を遣うんだなあ。それなら俺たちと一緒に船に戻るか?宿代もかからないぞ。王城に荷物を届けたら俺たちの仕事もひと段落だからな。あとは王都で売れそうなものを見繕ってからドラードに戻る予定だ」
「いいの?じゃあ、王城に荷物を運ぶの、俺も手伝うよ」
「おうそりゃ助かるな。じゃあ、宿屋を引き払ったら船に来いよ」
「分かった!」
(助かったわ。まさか王城に荷物を運ぶ予定があったなんて。最初からあの人たちと別れない方が良かったかも)
ミイナはいそいそと宿に戻ると、荷物をまとめた。といってもわずかな着替えと金銭だけで、大した荷物ではない。
しかし、宿を出たところで、うっかりドラード国の兵士たちとぶつかってしまった。
「あ、申し訳ありません!」
とっさに被ったマントで顔を隠し、逃げようとするミイナ。王女として顔を知られていないとはいえ、ミイナの赤髪は変に目立ってしまう。
「おいおい、人にぶつかったら目を見て謝罪するのが礼儀だろう?これだから田舎者はいやなんだ」
小走りで兵士たちの間をすり抜けようとしたところ、一人の兵士に腕を掴まれてしまった。
「ご、ごめんなさい。急いでるので」
(どうしよう。真珠やお金を渡して見逃してもらう?でももうあまり余裕もないし……)
「いいからほら。顔見せろ。ん~?お前、女みたいな顔してるな……なかなか可愛いじゃないか。ほら。こっちこいよ。可愛がってやるから」
酔っているのか、乱暴に腕を引っ張られる。
「お前はほんっとガキが好きだな」
「うるせえよ」
下卑た声に青くなるミイナ。少年の恰好をしていればこうしたトラブルに巻き込まれることはないと思っていたのに。
「や、やめて!離してください!」
力いっぱい振り払ったところで、兵士の顔色が変わった。
「おいおい、俺たちに逆らう気か?生意気な……」
(怖いっ……)
ミイナが思わず目を瞑ると、上から低い声が響いた。
「やれやれ。どこにでも屑はいるんだな」
「全くですね」
「うっ、貴様、離せ!」
恐る恐る目を開けると、マントを目深に被った二人組が、兵士の腕を掴んでいた。
「子どもを虐めるなんて最低だな。まったくこれだから人族は」
「キール、言葉を慎みなさい。あなたの人族嫌いは知っていますが、人族がすべてクズというわけではありませんよ」
「わあ~ってるよ。ほら、離してやるよっ」
「うわあ!」
キールと呼ばれた男が手を軽く振り払うと、兵士はそのまま壁に打ち付けられる。
「くっ!俺たちを誰だと思っている!ドラード国の兵士だぞ!貴様ら、ドラード国を敵に回したいのか!」
「ドラード?ああ。最近でかくなった国だよな。なんでもくそじじいが強引な手段で女を集めて侍らしてるとか。ハーレムを作るのが本能の獅子獣人かなんかなのか?それとも雄の魅力もない癖に、人族が獣人の真似事でもしようってのか。それにしても国王が屑だと兵士も屑になるのか。納得したぜ」
「キール。口が悪いですよ。まあ、屑だと言うのは否定しませんが」
「貴様ら。いい加減にしろよ……痛い目にあいたいのか」
二人の言葉にますます憤る兵士たち。
「ふ~ん面白い。お前らごとき雑魚が束になって掛かってきても、この俺様の相手が務まるとは思えないが」
キースの目がギラリと金色に光る。
「ひっ……こいつ、今、目が、光ったぞ……ま、魔物!?」
「くくく、魔物かどうか、試してみるか?」
「に、逃げろ!」
「ま、待ってくれ!」
慌てて逃げ出していく兵士たち。
「ふん。口ほどにもねえな」
「ここで問題を起こしてどうするんですか。全くあなたって人は」
「そう言いつつリュカだって止めなかっただろ?」
「まあ、退屈していましたからね」
「いい性格してるぜ」
けらけらと笑う二人にあっけにとられるミイナ。怪しい二人だが、助けてもらったことに変わりはない。慌てて礼を言う。
「あ、あの、危ないところをありがとうございました!」
「ああ、お嬢さん。女の子が夜に出歩くと危ないぜ?」
キースの言葉にハッと身を固くするミイナ。
「ほら、お嬢さんがびっくりしてるじゃないですか。せっかく可愛らしい少年の変装をしてるのに」
「え?そうなのか?女だってバレバレだぜ?」
「~~~~~~~~!?」
「ああ、大丈夫。私たちはちょっと特別なので。騙されてくれる人もいますよ。多分」
「特別……?」
首を傾げるミイナに二人はマントを取って見せる。
「ああ、これは失礼。私は狐獣人のリュカ。こっちは狼獣人のキール。私たちは獣人の中でも人一倍鼻が利くもので」
ぴょこんと頭の上に飛び出すふさふさの耳に目を奪われる。
「初めまして。竜のお嬢さん」
















