その12 アスタリアへ
◇◇◇
ミイナは早速アスタリアに向かうことにした。しかし、いくら泳ぎが達者とはいえ、海を泳いで渡ることなどできない。港に向かったミイナはアスタリアに向かう商船を見つけると、長い髪をばっさり切り落とし、船員の一人に近づいた。
女一人が船に乗せてくれと言えば怪しまれる。けれども、ミイナの体は痩せっぽちで、髪の毛さえ短ければ12~13歳ぐらいの少年に見えるはずだ。
「なあ、俺をこの船に乗せてくれないか?」
「悪いが客は乗せてないんでね。他を当たんな」
けれども、テキパキと荷積み作業をしている男は、目も合わせてくれない。
「お願いだよ。アスタリアに嫁いだ姉さんに会いに行きたいんだ。もうずっと会っていないから」
それでもミイナがしつこく食い下がると、意味深な視線を寄越してきた。
「ふうん、まあ、乗せてやらないこともないが」
「これ。少ないけど」
ミイナはあらかじめ用意していたものをサッと男に差し出した。
「へえ。真珠じゃないか。いいぜ。船長に紹介してやるよ」
この真珠は、ミイナの持つ数少ない装飾品のネックレスをバラバラにしたものだ。男は真珠を受け取ると、ミイナを船長のところに連れて行ってくれた。
「船長、この坊主がアスタリアに行きたいって言うんですが、ちょうど雑用係が欲しかったところなんで、使えませんかね?」
「あん?ずいぶんやせっぽっちだが使えるのか?」
「しっかり働くよな!坊主!」
「はい。よろしくお願いします」
「まあいいぜ。しっかりやんな」
「良かったな、坊主!」
真珠を渡したにも関わらず、体よく雑用まで押し付けられる形になったが、一刻も早く船に乗りたかったミイナに迷う余地などない。
「坊主、こっちの荷物を下に運んどいてくれ。それが終わったら食堂でジャガイモの皮むきな」
「はいっ!」
女だとばれない様に細心の注意を払いつつ、日々黙々と雑務をこなす。幸いこまねずみのようによく働くミイナを、船員たちは可愛がってくれた。
「ほら坊主、しっかり食べろよ。そんな細いと立派な男になれねえぞ。男はなんといっても筋肉だ。筋肉は裏切らないからな」
「いやいや、これからは学がないとな。学のない男は出世しないぜ?」
「そういうお前は学があるのかよ」
「あればこんなところにいるわけないだろ?」
「ちげえねえな」
豪快に笑いあう男たちにミイナはあいまいな微笑みを返す。
(どうなるかと思ったけど、いい人たちで良かった)
「ミロ、ちゃんと食べてるか?」
「あ、船長。はい。頂いています。船長もどうぞ!」
「ありがとよ」
ミイナの顔を見つめる船長。
「お前を見てると懐かしい人を思い出すな」
「懐かしい人、ですか」
「ああ。もう会うこともないがな……お前みたいな綺麗な翡翠の瞳を持つ女性だった」
「なんだ~、船長の女ですか!?あっしらにも聞かせてくだせえよ」
「ば~か。そんなんじゃねえよ」
(瞳の色だけだけど……容姿を褒められたのは初めてだな……)
「あと一週間もすりゃアスタリアに着く。アスタリアにはいつまでいるつもりなんだ?俺たちは二週間ばかり積み下ろしして帰る予定だが、良ければ帰りも俺たちの船に乗るか?」
「いいんですか!?助かります」
「ああ。お前はよく働いてくれるから助かるよ」
「へへ……」
(もうすぐアスタリアに着く。待っててください、ラナード兄様。必ず手がかりをつかんで見せます)
◇◇◇
甲板で一人酒を煽る船長の手には、ロケットが握り締められていた。小さな絵姿には幸せそうに微笑む翡翠色の瞳を持つ少女が描かれている。
「ジェニファー。運命ってのはどこまでも残酷なんだな」
船長は赤い髪をそっとかき上げた。
















