その1 竜王陛下は恋をしたい
◇◇◇
「はぁ、恋がしたい……」
王宮の執務室で書類に埋もれながら竜王は悲壮な顔で呟いた。
「はい、あなた♪あーんして?あーん……美味しい?」
「美味しいよ。君もこのまま食べてしまいたいな」
「きゃっ!あなたったらっ!」
隣では従兄弟の宰相が愛する番を膝にのせ、ラブラブランチを楽しんでいる。クスクスと楽しそうな声をあげ、微笑みあう恋人たち。その光景を見てまた少し目の前が涙で滲む。竜王は今度は聞き取れないほどの小さな声で「恋がしたい……」と呟いた。
目の前で繰り広げられるいつもの光景を、彼はたった一人でかれこれ百年くらい見守っている。愛する番と出逢ってからというもの、冷血漢と評判だった宰相はすっかり変わった。
元々竜人は獣人の中でも特に番への執着が強い種族。番と片時も離れたくない竜人は職場に番を同伴することも許されているほどだ。そのため、ことあるごとに愛する番を膝に乗せてイチャイチャする宰相を責めるつもりは微塵もない。ひたすら羨ましいだけだ。そして悲しくなる。自分の「運命の番」はどこにいるのだろうと。
竜王が治めるここ、アルファンド王国では、獣人、エルフ、人間など幅広い種族が暮らしている。土壌は豊かで気候も温暖。商業も活発で他国との交流も盛ん。何より神とも崇められる最強種である竜人族が治めているため、戦争によって国が荒れることもない。
現在の国王であるフィリクスは竜人族の中でも完全竜体になることができる純血種の竜人で、優れた人格者として国民の信頼も厚い。彼の治世はかれこれ千年もの間平和に保たれている。完璧な国王のただ一つの悩み。それはまだ彼には愛すべき番がいないことだった。
獣人にとって番とは、愛すべき伴侶のこと。種族によっては多数の番と生活するものもいるし、毎年パートナーを変えるものもいる。中には番を一切もたないものだっている。その種族の特性によって、番の定義は実に多様だ。
ただし、こと竜人に置いては、番とは嘘偽りなく「唯一無二」の存在である。番を見つけた竜人は番に永遠の命とも言われるその寿命を分け与え、生涯番だけを愛し続けるのだ。
宰相は百年前に愛すべき番と巡り会った。か弱い見た目のうさぎ獣人の彼女とは、いまや誰もが羨むラブラブカップルだ。当然竜王も羨んでいる。
なぜ私には愛する番が現れてくれないのか。現れてくれれば全てをかけて愛すると誓うのに。竜王のまだ見ぬ番への愛は深まる一方だった。
汐の音様から素敵な挿絵をいただきました!!!