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>> 中編






 マリリンが拗ねて部屋に閉じ()もっている間にカリンナは知り合いの侯爵家からお茶会に誘われてそこに参加していた。

 マリリンも呼ばれていたのだが、婚約解消の事を言われるから嫌だと参加を嫌がったのでカリンナ一人での参加となった。


 幼少期からの顔見知りの高位貴族の令嬢令息たちを集めたお茶会は、傍目から見れば既に大人の社交場と変わらなかったが、どこか垢抜けない部分もあって、少しだけ緩さを感じられてカリンナは肩の力が抜けた。


 主催者の侯爵令嬢に挨拶をした後に、他の人たちにも滞りなく挨拶をして周っていく。全員への挨拶を終えたカリンナは、他の人の邪魔にならない席に一人で座ってゆっくりとお茶とお菓子を楽しんでいた。


『わたくしがお菓子を楽しんで来たと知ったらまたマリリンが癇癪を起こすかもしれないわね。このお菓子と似た物を帰りに買って帰って上げなきゃね』


 ポリポリと口の中でお菓子の味を堪能しながらそんな事を考えていたカリンナの前の席に人が座った。


「やあ、楽しんでる?」


「はい。とっても」


 ニコニコ顔でカリンナに話しかけたのはアーゼン侯爵の嫡男ティオレイドだった。

 人当たりの良いティオレイドは誰に対しても優しい微笑みで分け隔てなく話しかける。そしてカリンナも誰とでも気軽な話が出来るので二人は昔から親しい方だった。

 ティオレイドの親などは、カリンナが長子で無ければ嫁に欲しかったと言った程だったが、カリンナとティオレイドは口を揃えて「絶対にお断りです」と言った。


 何故なら、カリンナとティオレイドは()()()()だったからだ。


 二人は互いに、最初に話した時から『あ、こいつ自分と同じタイプだな?』と思った。そして瞬時に理解した。


 ──敵に回すと人が死ぬ──


 と。死ぬのは勿論カリンナやティオレイドではない。勿論第三者だ。

 家族か友人か、使用人か更なる第三者か…………兎も角カリンナもティオレイドも誰かを殺したい訳ではないので平和に穏便に、ここは親しくなるに越した事はないと、言葉を交わす事なく二人だけの暗黙のルールを作って、それからは親しい友人として会えばこうして話をした。


「聞いたよ、妹君の事。

 残念だったね」


「えぇ、本当に。

 でも婚姻前に相性が分かって良かったですわ。あの子も今は落ち込んで居ますが直ぐにこれで良かったのだと気付くでしょう」


「そうだね。

 彼女にはもっと頼り甲斐のある男が似合うと思うんだよね。

 私の様な、さ」


「寝言は寝てから言って下さる?」


 ニッコリと微笑むカリンナにティオレイドもニッコリと微笑み返した。






   ◇ ◇ ◇






 ティオレイドは運ばれてきたお茶のカップを持ち上げ、その香りを楽しみながら話し出す。


「実は前から君の妹君の事は気になっていたんだよね」


「マリリンは()()()ですからね」


「聞こえてくる噂も私の興味を引いてさ……自分にも妹が欲しくなったよ」


「うちの妹が“欲しがる”のは姉である()()()()が持ってる物だけですわ」


「今はもう違うって聞いたよ?

 イジメ過ぎたんじゃない?」


「まぁ、人聞きの悪い。

 わたくしは妹をイジメてなんていませんわ。事実しか口にしていませんもの」


「フフ……、君の婚約者にも近づいたんだって?」


「……侯爵家の影をうちに忍び込ませておられるの? 止めて下さらない?」


「影など使わなくても聞こえてくるよ。

 どうにか姉の物を取り上げて勝ち誇りたい妹……

 いいなぁ〜……可愛いな〜……」


 フフフと頬を染めて笑うティオレイドにカリンナはさすがに呆れて小さく肩を落とした。


「その可愛さは、“わたくし”()()()、ですの。

 諦めて下さいな」


 言外に『困った人ね』と言わんばかりのカリンナの態度にティオレイドは面白そうに笑う。

 そんな事言って、内心取られやしないかとドキドキしてる癖に、とは()()()()視線でそれを伝えれば、カリンナは直ぐに気付いてニッコリと微笑んだ。


「可愛いでしょう?

 ()()()()()妹は」


「ほんと、羨ましいよ」


 華が咲き誇る様に微笑み合うカリンナとティオレイドの座っている席に近付く者は誰も居ない。


 遠目に見ていた主催者の令嬢が一言


「誰かあの二人を別々にして下さる?」


そう言って周りの苦笑を誘った。






   ◇ ◇ ◇






 後日、なんとドーシュ伯爵家にアーゼン侯爵家からマリリン宛に釣書が届いた。

 所詮ただの姉でしかないカリンナがティオレイドを牽制したとしても家から家に婚約を申し込まれたらどうにも出来ないのだ。

 カリンナは小さな溜め息を吐いた。


 婚約の申し込みに喜んだのは他の誰でもないマリリン自身だった。

 侯爵家の嫡男。しかも美男で身長もあるティオレイド。何故かカリンナと仲が良くて一度は婚約の噂も上がった様な人だ。そんな人が、カリンナではなくマリリンに婚約を持ち掛けてきた!

 姉の婚約者は男爵令息!

 なのに自分は侯爵令息でしかも嫡男!

 将来は侯爵家夫人!!


 マリリンが喜ばない訳がなかった。


 ──遂にカリンナに勝った!!──


 マリリンはまだ釣書が来ただけだというのに喜んで一人になった部屋で飛び跳ねて喜んだ。


 絶対にこの話を受けるんだから! と思うマリリンに、更なる喜びが襲った。


 あのカリンナが、

 あのカリンナが必死な顔でマリリンの前に現れて懇願したのだ!


「お願いマリリン!

 ティオレイド様とは婚約しないで!!」






   ◇ ◇ ◇


  〈 〜※マリリン視点〜 〉




「お願いマリリン!

 お姉様の話を聞いて!!」


 いつもの不愉快な微笑みではない、必死の形相でお姉様がわたくしの前に居る。


 一瞬何が起こったのか分からなかった。


 お姉様は驚くわたくしの手をとって両手で祈る様に握り、顔を寄せてくる。


「マリリン……っ、ティオレイド様はダメよ……っ!」


 近くで見たお姉様の瞳が潤んでいるのを見てわたくしは、身体の奥から湧き上がる、よく分からない感情に、自然と身体が震えた。


「なっ……、何よ!

 おかしな事を言わないで!

 ティオレイド様は優しくて格好良くて気が利いてみんなに好かれる素敵な人だってわたくし知ってるんだからね!」


 詰め寄るお姉様に負けじとわたくしも言い返す。

 高位貴族の令息の中でもティオレイド様は目立つ上に有名だ。そんな方の嘘の情報なんて、わたくしは信じないわ!


「そうだとしてもっ、貴女があの方の伴侶になるのは無理よっ!」


 お姉様は直ぐにわたくしに駄目だと言う!

 そういうところが大ッキライ!!


「っ!? そんな事ないわよ!!

 わたくしだって伯爵家の令嬢なんだからっ!!」


 言い返すわたくしにお姉様は尚も縋って悲しい顔で見つめてくる。


「でも貴女、男爵位の勉強も『優秀な執事を連れて行くから良いの!』とか言って勉強してないじゃない!

 侯爵家の夫人なんて無理よっ!!」


「っ?! む、無理じゃないわよ!!

 それとこれとは話が違うわ!!

 侯爵家の夫人になるならこれからちゃんと勉強するもの!!」


 おかしな事言わないでよ、お姉様!!

 わたくしを馬鹿にしないで!!


「あぁマリリンっ……っ!

 そんな無理をしないでっ……!!」


 お姉様の瞳から一筋の涙が流れてわたくしは一瞬怒りも忘れてドキリとした。


 お姉様のこんな表情を見れるなんてっ……!!


 お姉様が嫌がれば嫌がる程、わたくしは絶対にティオレイド様と結ばれてみせるんだからっ!!!




  〈 〜※〜 〉


   ◇ ◇ ◇






 姉妹喧嘩を知らされた母が慌てて駆けつけて、騒ぐ姉妹を連れて父の居る執務室へとやって来た。

 

 ドーシュ伯爵家の執務室にて、緊急の家族会議が行われる事となった。


「カリンナ、どうしたの?

 貴女らしくないわ」


 今までの人生で見た事もない悲しげな顔で妹を見る長女に、母親は心配げに声を掛けた。


「……お母様からもマリリンに言って下さいな。

 マリリンにはティオレイド様の婚約者になるのは無理だと……」


「酷いわよ、お姉様!

 ティオレイド様をわたくしに取られたくないからってそんな事を言うのね!」


 カリンナの言葉にマリリンは瞬時に反論する。だがその言葉にカリンナの方も反論した。


「違うわ! わたくしにはロッシュ様が居るのです、そんな感情はありません!」


「なら邪魔しないでよ!!

 わたくしは侯爵夫人になるの!!」


 またもや始まった姉妹の言い合いに、母はオロオロとして、父は目を見開いて驚いた。カリンナがこんなに感情を(あらわ)にするなど初めてだった。


「だからそれが無理だと言っているのです!!

 男爵位の勉強すら(ろく)に出来なかった貴女が!!」


「っ! 今からするわよ!!

 ねぇ! お父様! わたくしに立派な家庭教師を付けて下さいますわよね!?」


 カリンナの言葉に顔を赤くしたマリリンが反論と共に父に提案した。

 姉は直ぐに馬鹿にしてくるが、マリリンはやらないだけで馬鹿ではないのだ、と自分で思っている!


「しかし……、

 また投げ出したりするんじゃ」


 躊躇する父にマリリンは食い下がった。


「投げ出したりなんてしませんわ!

 ティオレイド様の婚約者になるんですもの!!」


 そんなマリリンにカリンナは悲しげに眉尻を下げて弱々しくマリリンに伝える。


「勉強だけじゃないわ……、ティオレイド様は新緑の色がお好きなの。

 貴女はそんな色、好きじゃないじゃない……

 新緑色のドレスなんて……貴女は着れないでしょう?」


 哀れみを含んだカリンナの表情にマリリンはただただ腹が立った。

 そんな程度の事でっ!!


「それくらい何の問題も無いわよ!!

 今はその色を持っていないってだけ!!

 ねぇ、お母様! 今から新緑色のドレスを買いに行きましょう!

 ねぇ……お願い……っ!!」


 マリリンは今度は母に縋って上目遣いでお願いした。


「そうね……ティオレイド様が好きなら、揃えるべきね……」


 母は戸惑いながらもマリリンの為にと返事をした。


「やった! なら直ぐにでも行きましょ!!

 お父様はわたくしの家庭教師を探して下さいね!


 お姉様に何を言われ様とも、わたくしはティオレイド様の婚約者になるんですからっ!!」


 怒り顔を直ぐに笑顔に変えたマリリンが母の手を取って執務室を出て行く。

 最後にカリンナに勝ち誇った顔を見せてしっかりと宣言した。

 姉の言う事など聞かないと。


「あぁ……マリリン……」


 部屋を出て行く妹に縋る様な目をして涙を流したカリンナが、この世の終わりかの様に妹の名を呼んだ………

 





   ◇ ◇ ◇






 マリリンと母が居なくなった執務室で父は長女を見た。


「…………」


 おかしい……

 さっきまでの涙はどこへ……?


「どうでした? お父様」


 ケロッとした顔でカリンナが父に聞く。


「どうとは……何が?」


「フフフ、わたくしも怒ったり泣いたり出来るのですよ」


 やりきった爽やかな顔をしている長女を父は何とも言えない気持ちで見つめた。


「……そういう感情は、もっと自然なものだと思うんだけどなぁ」


「あら? 自然じゃありませんでした?

 やっぱりマリリンの様な無垢な子じゃないとバレてしまうかしら」


「……カリンナは、マリリンとティオレイド様の婚約は反対じゃないのかい?」


 父は疑問を口にした。

 先程散々反対していた様な気がするがマリリンの性格を考えれば、姉が駄目だと言う方がマリリンはやりたがるんじゃないか? と父は思った。


「えぇ。

 色々考えたんですけれど、ドーシュ伯爵家がアーゼン侯爵家と繋がるメリットもありますし、何よりティオレイド様に一つ貸しを作っておくのも良いかと思いましたの」


 さらっと、何でもない事の様に長女の口から出た言葉に、父はなんだかドッと疲れた気がした。

 貸しを作るとは……なんだろうか、とか、聞かないでおく事にした……


「……そうか……」


 力ない父の返事を気にする事なくカリンナは座っていたソファから立ち上がった。


「あ、そうですわ。

 お父様だけに教えておきますわね」


 とても軽く、明日の天気を言う様な口振りな長女に父は「ん?」と顔を向ける。


「……なんだい?」


 そんな父にカリンナはニッコリと微笑んだ。


「ティオレイド様、わたくしと波長が似てますの。

 同じタイプの人間ですわ♪」


「あぁあああああ………」


 カリンナの言葉にドーシュ伯爵は頭を抱えて唸った。

 ここ数年で一番の爆弾発言を聞いてしまった。


 ()()がもう一人増えるのか………


「フフフ、お父様も大変ね」


 カリンナは頭を抱える父を楽しそうに見つめた。






   ◇ ◇ ◇






 マリリンはティオレイドと会う為にアーゼン侯爵家に両親と来ていた。

 さすがに妹のお見合いに姉が一緒に来る事は無い。

 マリリンは『カリンナが似合わない』と言った、ティオレイドが好きだという新緑色のドレスを着て、おしとやかに侯爵家の面々にカーテシーをした。


 侯爵家から釣書が送られた時点でほぼほぼ婚約は決定した様なものだったので、マリリンは早々に両親たちと別れてティオレイドと共に侯爵家の庭園の中に作られたお茶の席でティオレイドと向き合って座っていた。


「そのドレスの色、とても似合っているよ。

 私の好きな色をよく知っていたね」


「……姉が……この色はわたくしには似合わないと言ったのですが……わたくしはそれでも、ティオレイド様がお好きなのならと、今日はこの色のドレスにしましたの……

 おかしく……ありませんか……?」


 おずおずと……心配を全面に出して

『貴方に嫌われたくないの……』と潤んだ瞳で訴えるマリリンにティオレイドは優しく微笑みかける。


「そんな事を言われたのかい?

 ひどいな……とても良く似合っているのに」


 その言葉にマリリンは頬を染めて喜んだ。


「あ、ありがとうございます……!

 わたくし、ティオレイド様の為なら、どんな色のドレスだって着こなして見せますわ!」


 胸の前で手を組んて恥ずかしそうに微笑むマリリンにティオレイドは眩しいものを見るかの様に目を細める。


「嬉しいな……

 では今度ドレスを贈ってもいいかな?

 その色もとても良く似合っているけど、私は華やかな色を纏った貴女も好きなんだ」


 サラッとそんな事を言われたマリリンは一気を頬を赤く染めて照れた。美形に好きだと言われて舞い上がらないマリリンではない。


「そ、そんな……」


「姉上には他にも何か言われたのかい?

 もしそうならそんな言葉気にしなくていいよ。私はそのままの貴女が好きなんだ」


 甘く、囁く様に告げられる言葉に、マリリンの心臓はドクドクと耳に聞こえる程に早く鳴った。

 ティオレイドとは貴族としてのお茶会などで昔からの知り合いではあるが、いつからこんなに惚れられていたのだろうかと心配になった。

 今日の今日まで全然知らなかった。知っていたらビリーなんかと婚約なんてしなかったのに!!

 マリリンは浮かれた気持ちを止められなかった。


 そんな、可愛らしく頬を染めて男性からの初めての告白にあわあわしているマリリンを見つめて、やっぱり可愛いなぁとしみじみ思うティオレイドだった。






   ◇ ◇ ◇






 ティオレイドはカリンナが昔から羨ましかった。


『姉に依存する妹』

 ティオレイドのマリリンの印象はそれだった。

 勝手に姉を目の敵にして張り合う妹。配られたケーキが姉より自分の方がちょっと大きいからというだけで勝ち誇った顔で喜ぶその単純さがティオレイドの興味を唆った。


 自分にもあんなのが欲しいなぁ……とティオレイドに思わせたのはマリリンだった。


 小さい子供の一時(いっとき)の感情だと思われたマリリンの感情は年を重ねても変わらず、未だに『姉より上に居たい!』と思っている様だと耳にして、ティオレイドは、なら上にしてあげよう、と思った。


 マリリンはカリンナより家格が上となり、ティオレイドは可愛いマリリンが手に入る。

 とても合理性に(かな)っている様に思われた。


 ──早く依存先を私に変えてもらいたいなぁ……──


 マリリンを優しく見つめながらティオレイドは思った。



「お姉様ったら酷いのですよ!

 わたくしには侯爵家の夫人は務まらないって言うのです! わたくしだって、やれば出来るのに!」


 淑女の笑みはどこへやら。

 ぷっくりと頬を膨らませて姉に不満を漏らすマリリンにティオレイドも表情に気持ちを乗せて頷いて見せる。


「そんな事を言われたのかい?

 やる前から否定しなくてもいいのにね。

 でも、無理はしなくてもいいんだよ。

 侯爵家には優秀な者がたくさん居る。マリリンはただ妻として私に寄り添ってくれているだけでもいいんだ」


 優しくそんな事を言うティオレイドにマリリンは一瞬顔を(ほころ)ばせる。

 でも直ぐに姉の言葉が頭に浮かんできてマリリンを馬鹿にした。


『勉強してないじゃない!

 侯爵家の夫人なんて無理よっ!!』


 ──無理なんかじゃないわ!!──


 ティオレイドからの甘い誘惑に直ぐに飛びつきそうになっていたマリリンが(かぶり)を振って思い留まると意を決したかの様に口を開いた。


「っ……わ、わたくしには出来ますわ! 侯爵夫人!!

 ティオレイド様の為に頑張ります!!」


 そんな事を言うマリリンに、

 姉から引き離すのは大変そうだな……

 と、ティオレイドは内心ワクワクするのだった。






   ◇ ◇ ◇






 カリンナから話があると呼ばれてドーシュ伯爵家に来たロッシュは、伯爵家の庭園にある茶席に座り、『将来はロッシュ・ドーシュになるのか……ちょっと変だな……』と思いながらカリンナを待った。


「お呼び立てしてごめんなさい。

 お手紙ではなく、ちゃんと顔を合わせてお伝えしたい事があったの」


 カリンナは来て早々にそう言ってロッシュに小さく頭を下げた。


「気にしないで。僕はカリンナの顔が見られて嬉しいんだから。

 それより、何かあったの?」


 心配げな顔をして自分を見るロッシュの不安を少しでも和らげる様に、カリンナは少しだけ困った様な顔で笑って話し出した。


「妹のマリリンの事ですわ。

 あの子の新しい婚約者が決まったのですけれど、あの子ってあぁいう性格でしょ? 次は何を言い出すか分からないので、あの子がおかしな事を言い出す前に“新しい婚約者に執着”させようと思いますの」


「執着……」


 あまり聞き馴染みのない言葉が出て来たのでロッシュは無意識に呟いていた。


「そこでわたくし、ちょっと思わせぶりな女を演じて、『実は密かに妹の新しく決まった婚約者の事を気に掛けていた』感じに、マリリンには思わせたいのですわ。

 そしたらあの子、絶対に盛り上がりますもの。

 『お姉様から奪ってやったわ!』って」


「あぁ、それで。

 僕も騙されて勘違いしない様に、って事だね」


 ロッシュは直ぐにカリンナがどうしたいのかを理解した。その反応にカリンナは嬉しくなる。カリンナが選んだ婚約者はカリンナの思っていた通りの相手だった。

 ここで『そんな事をする必要があるのか?』とか言い出さないのが心地良い。


「えぇ、そうですの。

 あくまでも『マリリンにそう思わせる』だけで、わたくしが本気で妹の新しい婚約者に想いを寄せてるなんて事はありませんわ。

 わたくしの婚約者はロッシュ様であり、わたくしの心の中に居る男性もロッシュ様だけですわ。

 マリリンの事で、ロッシュ様に誤解を与える態度を取ると思いますが、それはあくまでも『可愛い妹の為』だと、知っていて下さいませね」


 うるっ、と少しだけ瞳を潤ませてロッシュを見つめたカリンナにロッシュは楽しそうに笑う。


「分かった。勘違いしない様にするね。

 それにしても、カリンナの表情も凄く豊かになったね。そういうのはやっぱり妹君から学ぶのかい?」


「えぇ。全部マリリンからですわ。

 表情を変えるとあの子が嬉しそうにしますのよ? それで色々勉強したんですけれど……あの子本人がそういう表情をどこで覚えてくるのか不思議で仕方がないのですわ。おかしなお友達がいる訳でもありませんのに」


 そう言ってカリンナは頬に手を添えながら小首を傾げた。

 そんなカリンナにロッシュは眉尻を下げて笑う。


「彼女の場合は無意識にしてる表情じゃないかなぁ。感情豊かな証拠だよ」


 ロッシュの言葉にカリンナは少しだけ不安そうに溜め息を(こぼ)す。


「無邪気なあの子が婚約なんて……

 いつかはしなきゃいけない事だとは分かっているのですけれど……不安ですわ……」


「マリリン様の新しい婚約者は誰なの?」


「アーゼン侯爵家嫡男のティオレイド様ですわ」


 カリンナから出た名前にロッシュは一瞬息を呑んだ。そして……何とも言えない微笑を浮かべた。


「それは……不安だね」


「えぇ……不安ですわ」


 ロッシュが思う不安とカリンナが思う不安は違うんだろうなぁとロッシュは思った。






   ◇ ◇ ◇






 ある日マリリン宛にティオレイドからドレスが届いた。


 マリリンが好きな可愛いピンク色が透ける様に白に溶けて、そこに差し色としてティオレイドが好きな新緑色が使われている。一歩間違えればチグハグな色のドレスとなるところを上手く調和させた美しく華やかなドレスだった。

 マリリンはそれはもう大喜びして、直ぐにそのドレスに着替えてその姿を家族に見せびらかした。

 当然カリンナの元にも突撃して、ティオレイドから贈られた美しいドレスを自慢して見せた。揃いで贈られた宝飾品もきらびやかで……高そうだった。


「どうです、お姉様♪

 ティオレイド様がわたくしの為に贈って下さったのよ!

 素敵でしょう? 羨ましいでしょう?!」


 興奮しながら見せびらかすマリリンにカリンナは、彼女の期待通りに少しだけ悔しそうな顔を作って、それを()()()()誤魔化したかの様に、直ぐに微笑みを作って返事をした。


「……えぇ、とても素敵ね……

 わたくしもそんなドレスを着てみたいわ……」


「フフン! これはわたくしがティオレイド様から贈られた物ですからね! お姉様も婚約者の方に贈って頂いたら?

 あぁ、そうだった。お姉様の婚約者は男爵令息でしたわね。そんな方が贈ってくるドレスじゃ、このドレスと比べる方が申し訳ないかしら?」


 クスクスと楽しそうに、無自覚だろうが意地悪そうに笑うマリリンに、カリンナは少しだけ悲しそうな表情を()()()()()()から微笑み返した。


「わたくしは、どんなドレスでも、ロッシュ様がわたくしに贈って下さる物なら、何だって嬉しいわ」


「ふん! 負け惜しみだわ!

 本当はお姉様もティオレイド様からドレスを贈られたかった癖に!」


 勝ち誇った顔で笑いながら、小躍りするかの様に帰っていくマリリンの後ろ姿を見ながら、カリンナは愛おしそうに微笑んだ。


 マリリンは未だにカリンナが()()()マリリンの喜ぶ表情を選んで顔に出している事に気付かない。

 いつ気付くのだろうかとカリンナは思っている。


「……あの子、人生楽しそうねぇ……」


 高価なドレスや宝飾品など、伯爵令嬢のカリンナやマリリンは生まれた時から貰っている。カリンナは美しい物を見て素晴らしいと思うが、だからと言って『自分の物にしたい』とは思わない。自分が持っている物で充分で、困ってはいないからだ。

 だが、さすが“欲しがりマリリン”。彼女にとっては『高価な物ほど』価値があるのだろう。生まれた時から高価な物に囲まれて育ったのに、まだ上の物を求めるとは。本当に貪欲(どんよく)だ。

 それはカリンナには無い『感情』だった。そういうところが妹を愛しく思う魅力の一つだった。


 可愛いわぁ……と呟いたカリンナの独り言を聞かなかった事にした侍女たちだった。






   ◇ ◇ ◇






 マリリンとティオレイドの婚約を知らせる為のパーティーがアーゼン侯爵家にて開かれた。

 勿論主役はティオレイドとマリリン。そして親族関係となるアーゼン侯爵家とドーシュ伯爵家だ。


 カリンナの婚約者であるロッシュ・テラン男爵令息とその家族も呼ばれている。ロッシュの両親は高位貴族の集まりになどそうそう参加した事がない所為かとても緊張した面持ちだったがロッシュの兄は意外と平然としており、その婚約者となる為に一緒に来ていた男爵令嬢が緊張の為に若干青白くなっているのを横で優しく支えて上げていた。それを見たカリンナは『さすがロッシュ様のお兄様』と心の中で小さく称賛した。


 ロッシュは婚約者をエスコートする為にずっとカリンナの側に居る。

 マリリンたちを祝う為に、と云うより『両家の婚約』を祝う為に集まった人たちに、次期ドーシュ伯爵の伴侶の顔を知ってもらう機会でもあった。

 パーティーは順調に進み、挨拶の終わった人たちがそれぞれ立食形式のテーブルの周りで談笑などを始めた頃、カリンナが扇を広げて口元を隠して少しだけロッシュの側に寄った。


「ん?」


 カリンナの動きに小首を傾げたロッシュがカリンナを見る。そんなロッシュの顔を見る事なくカリンナが今日の主役が居る方向を見ながら小さな声で囁いた。


「そろそろですわ。

 ……わたくし、ちょっとティオレイド様の所へ行きますわね」


「そろそろ?」


「えぇ、……式の準備中のマリリンにニレの実の果実水を差し入れましたの。あの子、何の躊躇いもなく飲んだそうですわ」


「ニレの実って確か……利尿作用があるからこういう催し物の前には飲まない様にって、()()()()()()()()、アレ?」


 ロッシュが困った顔で笑う。それに釣られる様にカリンナも扇で口元を隠しながらロッシュにだけ見える様に苦笑した。


「えぇ、貴族なら()()()知っているアレですわ。あの子は『出す方が悪い』と言いそうですけど、『飲まない選択』を取るのが淑女なのにほんと、困った子ですわ……

 でもまぁ、そのお陰でわたくしのしたい事が出来るのですけれど」


 そんな話をしている視界の先で、マリリンはティオレイドに小さく頭を下げてそそくさと会場から居なくなった。

 その後ろ姿を確認してカリンナも動く。


「ではロッシュ様。

 少しだけ……嫉妬して下さいませね」


 そんな事を言って妖艶に微笑んで見せるカリンナをロッシュは眉尻を下げて見送った。


「嫉妬か〜……

 カリンナが先に色々教えておいてくれるから、嫉妬する間もないんだよなぁ……」


 ティオレイドの元へ行くと言うカリンナの頭の中にはティオレイドなど隅の方にしか居ないだろう。それもメインのマリリン在りきだ。

 それが分かっているのに嫉妬するのは難しいなぁと思うロッシュだった。






   ◇ ◇ ◇






「ティオレイド様」


 ティオレイドが一人になった瞬間に滑り込む様にカリンナが名前を呼んだ。

 カリンナの方を向いたティオレイドに、挨拶をしようとしていた人たちが空気を読んで少し離れる。


「どうしたんだい。

 カリンナお義姉(ねぇ)様」


「まぁ! フフ、そんな風にティオレイド様に呼ばれるなんて、思ってもみませんでしたわ」


「私は兄弟が居ないからね。折角だからそう呼ばせて貰おうかと思って。君の婚約者殿の事も婚姻が済んだら『お義兄(にぃ)様』と呼ばせて貰おうかな」


「フフ、ロッシュ様が萎縮してしまいますわ」


 そんな話をしながらカリンナは自然な流れでティオレイドの隣に立った。親族としての距離感を保っているので周りがそんな二人を見ておかしく思う事は無い。“婚約者の姉”と“妹の婚約者”が話をする事は別段不自然な事は無い。

 二人は穏やかな表情で会話する。


「妹はどうですか? 粗相などしておりませんか?」


「全く問題無いよ。色々聞いていたからもっと面白い事があるかと思っていたけれど、何事もなく終わりそうだね」


「まぁ、フフフ。婚約披露パーティーで何が起こると言うのですか」



 ……そんな感じでティオレイドと会話をしていたカリンナの視界に、会場に帰って来たマリリンの姿が映った。

 マリリンもティオレイドの側で微笑んでいるカリンナの姿を見て、驚いた顔をしている。


「マリリンが戻って来たみたいですのでわたくしも戻りますわね」


「あぁ、何も言わなくてもいいのかい?」


 ティオレイドがゆっくり歩きながらも気持ちが急いでいるのが分かるマリリンを見ながらカリンナに聞いた。

 横目にカリンナを見るティオレイドの目の奥で感情が煌めく。それを見たカリンナもまた表の顔には出さずに目の奥でティオレイドにしか分からない感情を見せる。微笑むその瞳の奥は本当に楽しそうだ。


「えぇ、……それがいいのですわ」


 そう言って軽く頭を下げたカリンナがティオレイドから離れた。マリリンにも軽く微笑んでから背を向けた姉にマリリンは内心苛立つ。


 ──何をしていたのお姉様!?──


 唇を噛みたくなる様な気持ちをグッと抑えてマリリンは笑顔でティオレイドの横に立つ。


「ごめんなさい、ティオレイド様。

 ……先程お姉様がいらしてましたけど……何かわたくしの事で言っていましたか?」


 窺う様に上目遣いで聞いてきたマリリンにティオレイドは優しく微笑む。


「いいや。一人になった私の話し相手をしてくれていただけだよ」


 マリリンの質問に不思議そうな顔をして返事をしたティオレイドにマリリンはそれ以上何も言えない。


「……席を外してしまって、申し訳ありません……」


「気にしないで。さぁ、挨拶がまだ残っているよ。可愛い顔で笑っておくれ」


 そう言ってティオレイドは少し不服そうな表情になっていたマリリンの頬を優しく撫でた。そして撫でた手をマリリンの顎に添えてマリリンの顔を上に向かせると自分の顔を少し近付けて瞳を合わせる。

 間近で優しく見つめられてマリリンはサッと頬を染めた。


「……っ! ティオレイド様ったらっ!」


「フフ、……貴女は可愛いね」


 ティオレイドの言葉にマリリンは先程までのカリンナへの不満を忘れた。


 そんな自分の事を遠目から姉が楽しそうに見つめている事にも気付かずに……







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[良い点] 〉「……あの子、人生楽しそうねぇ……」 まだお若いのに、酸いも甘いも噛み分けた女傑みたいないいように腹抱えたwww [一言] 〉アーゼン侯爵家からマリリン宛に釣書が届いた。 〉マリリンは喜…
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