暇なんですっ!
「バランさん、ご飯できましたー」
「おう、今行く」
あれから十日経った。
あの日、バランさんのうちで目覚めたわたしは、いきなり謝罪された。
曰く、マイルズ様の暴挙……つまり常時展開していた魔術をわたしの同意なく勝手に全て解除するのを止められなかった、と。
魔力の使いすぎで体力が追いつかなくてぶっ倒れたと思われ、それなら余計な魔術を起動させ続けるのは良くないのではないか、と言われれば、それを止められるいい理由は思いつけないだろう。
前日実際にそれで倒れてるから、まだ回復しきってなかったんだと言われれば強くは出られなかっただろう。
――実際には全く何にも関係なく意識が飛んだわけなんだけど。
それでも、バランさんは自分の責任だと撤回しなかった。
だから、あの場にバランさんがいたからこそ、ここにこうして、心と体の自由を保ったままいられるのだと逆に感謝を述べた。
そしたらとても驚かれた。なんで?
本当のことだし、わたしは自分の意思でバランさんの近くにいることを選んだわけだし。平民が貴族に逆らえないのは当たり前の世界だ。たかが孤児が、高位貴族に敵うはずがないもの。
まあ、バランさんもお貴族様なんだろうけど、その部分だけは見ないことにした。
それから、いくつかの約束事をした。
その一つが、姿変えの魔術は使わないこと。
流石にそれは受け入れがたかった。
赤目赤毛はとにかく目につきやすい。出来るだけ地味であろうと幼い頃から黒目黒髪にしていたのは、人の記憶に残りにくくするためだ。
それに、わたしがわたしだと姿と名前で気がつかれるのは避けたかった。
だから、バランさんの家の中では、と制限をつけた。のだけれど。
体力が回復するまでは、一歩たりとも外には出ないように言われた。実際、窓や戸口から出ようとしても見えない壁に阻まれる。
これは、外に出るのに姿替えをしないのはいやだとわたし自身が拒否ったから、らしい。
結果、こうなった。――軟禁、いや監禁?
最悪、魔力封じの手錠をかけるところまで考えていたらしい、と後日バランさんの部屋の中で真新しいソレを見つけた時に知った。
……はい、大人しくしてます。
まあ、そんなこんなで今のわたしは、肉付きの悪い赤目赤毛のちびだ。
あれからバランさんは日に三度の食事と午前午後のティータイムを設けた。一度に量を食べられないので、その分を回数で稼ごうということらしい。
バランさんお手製の料理はどれも美味しい。時には店で菓子を買ってきてくれることもあるし、だんだん食事が楽しみになってきている。
お陰でガリガリだった手足に肉がつき始めた気がする。
でも、こんなものでは仕事に復帰させてくれない。ちゃんと年相応の姿になるまでは時間がかかりそうだ。
一刻も早く戻りたいと主張しても、マイルズ様との約束を出されては引き下がるほかない。
バランさんは朝昼晩にティータイムまで自宅に戻ってきて、わたしの世話をしてまた戻っていくのだ。
……正直、思うところがないわけじゃない。だからといって、自分で料理すると主張しても却下される。子供一人で火を使わせるのが怖いのだろう。まあ、失火なんてことになったら、本当に路頭に迷ってしまうものね……。
仕事場についてって大人しくしてる案も全却下された。そもそも姿変えをして出かけるのが却下された時点で、ない話になったけどね。
俺の見てないところでこっそり働くだろう? と完全に見抜かれていたのがちょっと悔しい。
だって!
バランさんがいない間、暇なんだよっ?
最近は夜だけ――バランさんが近くにいられるからだけど――ご飯を作らせてもらえるようになった。というか、料理を教えてもらっている。
けど、それ以外はずっと家の中にいて、やれることは特にないとなれば、暇な時間に何かやろうと思うよね?
というわけで部屋の掃除をしてみたりしたわけなんだけど。
……ガッツリ怒られました。
余計なことをするな、というよりは、無断で魔術を使ったから。えええ、気づかれないように痕跡も残してないのに! なんでバレたんだろう……。
そして二つ目の約束ができました。バランさんの許可なく魔術を使わないこと。ただし、何か緊急事態――たとえばバランさんがいない時にこの家が火事になったとか――に限ってのみ、使っていいってことになった。
これでも譲歩してもらったんだよ? 最初はマイルズ様との約束のもと、完全禁止だったんだから。
生活魔法程度なら、体に負担がかかることはないって主張したんだけど、普段からそうやって使ってたら結局使うだろうって。……見抜かれてました。
なので、それ以来、魔術は使っていない。体表面の温度管理さえ、バランさんにしてもらってるんだよね。
四六時中、他の人の魔力に包まれてるのって、ある意味怖い。全てを見られているような、それでいて生殺与奪を握られてるような、そんな気がする。
……でも、バランさんの魔力は逆に安心するし、それどころかわたしがかけてた防御魔術より強力なものがかけられていたりして、すごく心配されてるんだなって感じるから、まあいっか。