お持ち帰り再び。
そんなことを気にしていると。
「すまなかった」
至近距離の声に視線を動かすと、ヒゲモジャが見えた。
「やっぱり呼び出しに応じるんじゃなかった。――無駄に疲れさせただけになってしまった」
ふるふると首を振ってみせる。……見えてるかな。
いやまあ、姿変えの魔術を破られたのは痛かったけどねっ。
でも、バランさんの家に転がり込む理由がついたので、実はちょっとホッとしてたりする。
だってほら。バランさんってなんか訳ありだし、平民とは思えないんだよね。マイルズ様とのやりとりとか見ててもねぇ。身分がどうのとうるさかったゾルトさんが、バランさんにはそんなこと、一言も言わなかったもんね。
……だから、いつ放逐されてもおかしくなかった、と思ってる。それを、理由づけしてもらったことになる。
本当はさ、部屋までもらっといてアレだけど、お給料出てどこかに部屋を借りられるようになるまでの期間限定のつもりだった。たぶん、バランさんもそのつもりだったんじゃないかな。
それが、お貴族様のお墨付きでお世話になることが決まって。
将来的な話まで面倒見る、的な話になって。
喜んでいい、のかな? でも、バランさん的には面倒ごとを引き受けたことになるわけで。損しかない、よね?
……うん、バランさんの優しさにつけ込んじゃいけない。慣れちゃいけない。はやいとこ独り立ちできるように頑張らなきゃ。
それにしても、あの手鏡の話で呼び出されただけだったはずなのになぁ。まあ、わたしにとっては都合よかったけど。
あれをもう一度目の前でやれと言われたら、誤魔化し効かなかったろうなー。バランさんの結界で凍結されちゃってるから、見えてるものは誤魔化しようがないっちゃーないんだけどさ。
少なくとも、わたしが健康体になるまでは、目の前でやれとは言われないはず。だから、今回の呼び出しが意味がなかったとは思わない。
「それに、勝手に引き取る話にしてしまった」
それこそ大きく首を振る。
「それは、わたしが選んだことだから」
「いや、どちらかの家に引き取られる、ということを勝手に決めてしまった」
じっとバランさんを見上げる。と言っても見えるのは焦茶の髭だけだけどねっ。
ほんと、真面目だなあ。真面目で、いい人。
「最初にボスが言ったんですよ? うちから通えって」
「う、それは、その、貧民街よりはいいかと思って、だな……いや、だったか?」
あからさまにうろたえてるボスの声がなんだか可愛くて、口元がにまにまゆるんでしょうがない。
ああいう時は強引なくせに、なんだろう、このギャップ。
「嫌だったらついていきませんよ。それに、とっても助かりましたから」
「それなら、いいんだが……」
「それに、マイルズ様ってお貴族様ですよね? 貴族街から職場に通うの、遠いですし」
「……そうか」
あれ、なんかガッカリした声になってる。いや、それだけがバランさんのうちを選んだ理由じゃないですからねっ?
「……ベーコンエッグ、おいしかったですし」
「あんなもの、あいつの家に行ったらもっと美味いものが食べられる」
「バランさんのがいいです」
というか、なんで今さらそんなこと言うかなあ? マイルズ様の家に行った方が本当はわたしにとって良かったのではって思ってる?
「それに人のことスパイ扱いする人のところなんて、行きたくないです」
「……そっか」
機嫌直った。いやチョロすぎない?
というか、バランさん。わたしが普通でないのは認識してますよね? わたしの魔術が独特なことも。姿を誤魔化していたことも。
それなのにどうしてこうすんなり信じてくれるんだろう。
「バランさんは気にならないんですか?」
「ん?」
「わたしのこと」
「クロエはクロエだ」
言葉を継ごうとしたわたしに、バランさんは即答する。
「それもこれも全部ひっくるめてクロエ、だろう? なら気にしない」
……なんでだろう。この人には何もかも見透かされてる気がする。
バランさんはわたしの複雑な転生事情なんて知らない。元が異世界で生きていたことも、偉大なる魔道具修理屋であったことも、知らない。
なのに、前世の記憶を全て肯定された気がした。
やり残したこともあった。悔しい思いをしたことも、もどかしい思いをしたことも、たくさんあった。
辛い別れもあった。
失敗もした。
自己嫌悪にもなった。
――死にたいと思ったことだって、それこそ何度でも。
それを、全部ひっくるめて許された気がした。
「……家に着くまで寝てろ」
優しく頭を撫でられる。
泣いてるの、わかってて、そっとしておいてくれるのが心地よくて。
ボスの心音を聞きながら、ボスの魔力に包まれて、わたしは眠りに落ちた。
第一章はこれで終わりです。
第二章はある程度まとまったら投稿します