疑われています?
「一応君の素性は調べさせてもらったよ。ゴールトレント孤児院出身で歳は十二。名前はクロエ。両親不明。魔力測定は記録がないな」
「ゴミ処理場に応募した時の簡易測定記録しかないですね」
「あれは魔力量しか測定しないだろう? ……五歳の測定は受けなかったのか?」
ちらりと鋭い視線が刺さる。だから威圧はやめてくださいよ……。言葉が喉でつっかえて、とりあえずこくこく頷いておく。
「教会付きの孤児院には無料測定だからと通知してあるはずだがな」
「ゴールトレントは教会付きではないですから、教会が手数料取ってる可能性はありますね」
「今からでも遅くない。まだ十二だろう? 魔力測定をやり直して、訓練所に入れて本格的な修行を」
大きな咳払いとともにぶわりと威圧感が膨らむ。――隣から。
「マイルズ様、うちの優秀なスタッフを引き抜かないでいただけますか」
「バラン、だがそれは歪だということは認識しているのだろう?」
「ええ、ですが――」
マイルズ様って多分貴族様だよね。しかも王宮魔術師。そんな人と対等に話してるバランさんって何者だろう。
ゴミ処理場のボスやるような人じゃないのかも。一晩経っても揺らがない結界魔法とか、さらりと使いこなしてる魔法、結構多いよね。今のわたしには見えないけど、魔力量もありそうだし。
「――で、どうだ、クロエ」
考え込んでたらいきなり名前を呼ばれて顔を上げる。気づいたらバランさんは一歩前に出てて、わたしの方を肩越しに振り返っている。しまった、話全然聞いてない。
……あ、眉毛が上がった。
「聞いてなかったのか」
「……すみません」
「――お前が希望するなら、きちんと魔力測定をしてくれるそうだ。それと、希望するなら訓練所への紹介状も書いてくれるらしい」
そんな話はしてたけど、強制じゃなくて希望聞いてってところは、バランさんが交渉してくれたおかげかな。聞いてなかったけど。
魔力測定かぁ。……五歳の時に受けてたら、今みたいな魔道具漁りはできなかっただろうなぁ。色々ありえないスペックだし、その説明を請われたところできちんと説明できそうにない。
それに訓練所についても、わたしに必要な魔術は習得済みだし、むしろ知られたくない部分の方が多い。今回呼び出された原因もあれだもんな。ちらりと手鏡に目をやってから、バランさんに視線を戻す。
まあ、効率化された後の魔術は詳しくないから、その辺りの知識を補充できれば嬉しいけど、それも王立図書館で事足りる。
うん。断ろう。そう決心して顔を上げると、マイルズ様が微笑んだ。――とてもとても怖い笑みで。
「ああ、断らない方が身のためだよ? ……これほどの魔法陣を展開できる十二歳児なんて、存在自体が危険だからねぇ?」
「マイルズ様!」
「バランも本音ではそう思ってるのだろう? だからこそ、素直に彼女を連れてきた」
ボスの後ろ頭を見つめる。……昨日と今日のバランさんは本気でわたしを心配してくれていた。身元のはっきりしない孤児を部屋に上げるなんて普通の人はしない。
「彼女にスパイ疑惑がかかるのも当然だ。どこで何を仕込まれてきたのか」
ボスが隠してくれていたおかげで、マイルズ様の冷たい視線を浴びずに済んでいる。けど、部屋の気温が下がったのは確か。
無詠唱、だったよね。王宮魔術師の格の違いを見せつけてくれる。
いやまあ、わたしは王宮魔術師になりたいわけじゃないからいいんだけど。
「彼女の希望に沿うというのは嘘ですか」
「嘘はつかない。なるべく、とも言ったね?」
「……だからあんたたちは嫌いなんだ。こいつは渡さない」
「別に渡せとは言ってないよ?」
「同じことだろう? 魔力測定をして訓練所に入れて、自分達の手駒にしたいのが見え見えなんだよ。孤児だからしがらみなく好きにできるとでも思ったか?」
ボスから今度は怒りの波動が膨れ上がる。え……どうしてこんなに肩入れしてくれるの?
正直に言おう。わたしがバランさんの立場だったら、十二歳の形であれを展開させた子供は異常に見えるはずだ。普通じゃない。もしかしたら姿変えの魔法で大人が子供の姿で潜伏してるんじゃないかって疑う。その子供が止めたのが、どう見ても潜入捜査用の通信機であればなおさら。
それがわかってるから、他人のいる前で魔法は使ってこなかった。今回だって、咄嗟に認識阻害の結界は張ってたはずなのに。
……そうだ。認識阻害、してたのに。魔力の動きで気がついた? いや、ボスは最初から見てた。認証プロセスで失敗すればあの手鏡は爆発してた。それをボスは知ってた。だからあの時怒られたんだもの。
認識阻害の魔法は、かける前から見られていても視覚情報を捻じ曲げる。見えてたはずはないのに。
……バランさんって本当に何者だろう。
「――だ。こいつの魔術は確かに独特かもしれない。魔術師として気になるのは俺も同じだ。が、潰すつもりのあんたたちには渡せない」
一際大きく張り上げた声が耳に飛び込んできて、バランさんの後ろ頭を見上げる。
怒りの波動はだいぶ収まっていて、真っ直ぐな思いだけが伝わってくる。
ナニコレ。まるでプロポーズみたいな――なんでこんなに胸が苦しいの。
もじゃもじゃ頭の癖に。普段はぶっきらぼうのくせに。
こんな思い――長い人生で受け取ったのは初めてで。
完全に茹で上がったわたしはへなへなのその場にうずくまってしまった。――バランさんの上着の裾を掴んで。
「クロエ!」
霞む視界にひげもじゃと真っ青な二粒の宝石が見える。やっぱり、あの時名前を呼ばれた気がしたのは、気のせいじゃなかったんだなって思いながら。
ブラックアウトした。
……なんかわたし、ぶっ倒れすぎじゃね?