お持ち帰りされました……?
お昼を挟んで今度はゴミ山から魔道具を探すお仕事。
普通は魔道具は分別して回収するんだけど、他のゴミと一緒に捨てられるのもよくあること。だから回収してきたゴミは、まず最初に魔道具がないかを確認する。そうしないと、通常のゴミ処理――つまりは焼却処分――で残った魔石が暴発したりするからね。
魔力に反応したのは壊れた文箱で、蓋を外せば手鏡があった。拾い上げようと何気なく伸ばした手の先で、魔法陣が展開される。――まずい。
「おいっ!」
いきなり広がった魔法陣にボスが声を上げるけど、構ってる余裕はない。手鏡を包むように魔力を込めて周囲を偽装しつつ、魔法陣をこちらも展開していく。
認証プロセスに割り込んで無効化、展開しかかっていた自爆プロセスはキル。サーチ系の魔法は猫以外誰もいないゴミ処理場のフェイクデータを掴ませて黙らせた。位置情報は……これはまあそのままでいいか。通信プロセスが立ち上がって接続プロトコルが走り出す――ところで魔法陣の展開が遮断された。
「何やってんだお前っ!」
顔を上げればボスが青筋立てながら魔法陣を展開している。というかわたしをぐるっと取り巻く形で結界が張られてた。魔道具の周りも。魔法陣の展開が止まったのはこれのせいだ。
バランさん、結界魔法の使い手だったんですね。だからここのボスやってるのか。納得。
「ごめんなさい、ボス、いきなり動き出して」
「そうじゃねえ! 何で自分で止めようとした! 自爆シーケンス入ってただろうが! あーいう時は放り出して逃げんだよ!」
だって、つい反射的に対応しちゃったんだもの。
そう言おうとしたわたしは、急に自分が空っぽになった気がした。視界はある。ちゃんと怒ってるボスの顔は見えてる。
……んだけど、声が聞こえない。体も動かない。
膝に乗せてたはずの文箱が滑り落ちていく。通信遮断されたままの手鏡が地面に落ちる。
そのまま体が後ろに倒れ込んで行って、ボスの顔が消えて灰色の空が見えたところでプツリと消える。
誰かがわたしの名前を呼ぶのだけが何故か聞こえた。
ぱちりと目を開けると、真っ暗な空が見えた。貧民街では空なんて見えないのに。
近くで火の爆ぜる音がして、顔を向ければ赤々と燃える焚き火の向こうにボスの背中があった。
どうやらここは処理場のど真ん中。作業してたゴミ山の近くみたい。何があったかを思い出しながら体を起こすと頭が重くて目が回る。これはあれかな。魔力の使いすぎ。魔力自体は潤沢にあるけど、この体が耐えられないんだよね。――忘れてつい昔のように魔法陣をいくつも展開して――。
「起きたか」
気がつけば向こう側にいたはずのボスがそばに立っていた。差し出されたカップが暖かくていい匂いがする。
「住所聞いてなかったから連れてけなくてな。すまん」
「いえ……美味しい」
スープにはたっぷりの刻み野菜が入っていて、お腹の中からじわじわあったまってくる。いつもは硬いパンとチーズだけだもんね。あったかいものなんてすごく久しぶり。
「いくらでもあるからしっかり食っとけ」
カップが空になるとすぐさま二杯目をくれる。薬草も入ってるのかな、体力がぐんぐん戻ってくる感じがする。頭も痛くないしフラフラもしない。食事って大事よね。ほんと。
「……魔力切れじゃねえよな」
「体力切れ、です」
「そうだろうな。お前、魔力だけは潤沢だから」
おっしゃる通りです。……というか、鑑定スキルもお持ちですか、ボス。まあ、面接の時に計測されたから知っててもおかしくないか。
「しっかり食え。食って体力つけろ。……お前くらいの魔力量ならこんなところで燻ってるはずはねぇんだけどな」
それはあれですよ。孤児院は資金難で、五歳の時に受ける魔力測定を受けてないから。国の補助と寄付金も食べるのがギリギリ程度だし、いつも腹減らしてるのは他の子達も一緒。せめてしっかり稼いで孤児院に寄付したいところだけど、今は自分の生活で手一杯だ。
「バランさん、手鏡は……?」
「ああ、封印して然るべき部署に提出してある。お前が途中まで起動させた状態のままだったから、分析は早く済みそうだって言ってた」
そういえばそうだった。……ということは、わたしの術式もあのまま凍結されちゃってるわけですよね。
……然るべき部署ってどこだろう。ちょっと嫌な予感がする。
「ま、そっちは大人に任せとけ。子供はデカくなることだけ考えてりゃいい」
にかっと笑うバランさん。うわー、初めて見た。強面のひげもじゃだけど笑うとなんかかわいい。
「それ食ったら家まで送る。住所は?」
う。住所と呼べるものはないんだよね。だって貧民街。適当に空いた場所でごろ寝してるだけだし。
「……一人で帰れます」
「こんな時間にガキ一人で帰せるか。そうでなくとも最近は物騒なんだ。家に帰るのを見届けるのは俺の仕事だ」
そう言われるととても断りづらい。
「じゃあ……貧民街の入り口まででいいです」
「なんだそりゃ。何かの冗談か?」
そんなわけないでしょ。帰る場所のない孤児が行ける場所なんてそんなところしかない。
しばらくわたしの顔を覗き込んでいたバランさんは笑顔を消して立ち上がった。引き取られたコップは空になっていた。
「ついてこい」
声が硬い。怒らせちゃったかなあ。人生三度目――この世界に転移する前のも含めたら四回目か――だってのに、人とのコミュニケーションは相変わらず苦手だ。どこかにマニュアルがあればいいのに。
ゴミ処理場を出て、街の方に向かう。暗く細い道を辿れば市壁に囲まれた街が見えてきた。
この時間だと内壁は閉じられていて、一番外の壁門だけが開いている。外壁から内壁の間は庶民街、内壁から向こうは貴族街と商業エリアがある。ちなみに貧民街は外側の壁の外。有事の時には壁で守られない地域にある。
バランさんは壁門を越えると、わたしを振り返った。
「どこの孤児院出身だ?」
「え」
「十二になれば街で見習いや奉公人として働けるようになるのは知ってる。でも、十六までは孤児院に籍があるはずだ」
それは初耳だ。いや、二回目の時に聞いたことがあったかもしれない。
「籍がある間はその孤児院が衣食住を賄うのが決まりだ。……十二で放逐されるなんて聞いたことがねぇ」
でも、貧民街にはわたしと同じ境遇の子たちがいっぱいいる。働き口があればいい方で、なければ力ずくで奪うしか生きていく術はない。
そう告げると、バランさんは険しい顔をした。
「……どこかでピンハネしてる奴がいるのか。貧民街にはどれくらいお前くらいのガキがいる? その中でお前の孤児院出身者はどれくらいいる?」
「見かけたのは十人くらいだけどもっといると思う。同じ孤児院の子は三人」
「他の孤児院も同じってことか。……このことは俺に任せろ。お前は今日から俺の部屋で寝起きしろ」
「えっ!」
目を丸くすると、バランさんはさらに険しい顔をした。今ならひと睨みで人殺せそうなくらい、凶悪顔です、ボス。