大好きっ!
星祭りからさらに十日ほど経った。
最近忙しいのか、バランさんの帰宅は前よりずっと遅くなった。わたしがいない分、仕事が大変なのかもとか思ったけど、十二歳の子供一人抜けた程度じゃ影響はないよね。自意識過剰もいいところだってちょっと反省。
なので、最近はバランさんが帰りに晩御飯を買ってきてくれることが増えた。
バランさんがいない時は料理ダメって言われてるからね……。バランさんに料理教わるのも無しだから、楽しみが一つ減っちゃったな。
後片付けもバランさんがやっちゃうし、一日中本読んでる以外本当に何もできなくなっちゃった。なんだかバランさんに全部押し付けて一人だけのんびりしてるのがむずがゆい。
前の世界なら、十二歳なら親に世話してもらうの当たり前〜とか思ってただろうな。
でも、この世界は違う。
十二歳は、孤児院を出されて職を探して見習いになる年齢だ。十六歳までは孤児院で寝起きするのが本来だとかマイルズ様は言ってた気がするけど、十二で働き出すのは変わらない。
つまり、今のわたしは自分でできることは自分でするのが当たり前なわけで。
むずがゆいと言うかもどかしいと言うか、こう落ち着かない気分になるのは仕方ないことだと思う。
「クロエ、おまたせ。……どうした? 難しそうな顔して」
片付けを終えたバランさんがやってくる。この時間は身長と体重確認の時間ってことで、食べた後もソファで待っていたわけなんだけど。
難しそうな顔、してるのかな。
「ちょっと考え事してただけです」
言いながら立ち上がると、バランさんはわたしの両脇に手を差し込んでヒョイっと抱え上げた。これもずいぶん慣れたもんです。
「ん、ちょっと重くなったかな」
「女の子に重いとかデリカシーなさすぎです」
「難しい言葉知ってんな。……ちゃんと肉ついてきたって喜んでんだよ。気にすんな」
「きにしますー」
ぶう! とほっぺたを膨らませると、バランさんはにやにや笑いながらわたしの頭をがしがし撫でた。
「ほれ、背ぇ測るぞ」
シャキッと背を伸ばして柱に背をつける。
「お、ちょっと伸びたな。手ぇ貸せ」
バランさんに両手握られる。と、するりとバランさんの魔力が流れ込んできた。これもいつものことで、わたしの魔力を確認しているらしい。
身の外に纏っている魔力と混じらないのかなあと思って聞いたら、ちゃんと分けてるんだとか。
考えてみれば、一回目も二回目も、魔道具修理技師に必要な魔術しか学ばなかった。座学ではさらっと聞いた気がするけど、修理技師の技術は魔術よりも魔道具に関することの方に重きを置いていた。
そりゃそうよね。修理技師はありとあらゆる魔道具を修理できなきゃいけない。
込められている魔術を読み取るのは当然だけど、魔道具の原理とか仕組みとか、知らなきゃいけないことが目白押しだった。
だから、修理に必要ない魔術は後回しか、そもそも習わなかった気がするもの。
「よし、だいぶスムーズに魔力が流れるようになったな」
そう。実は、栄養状態が悪すぎたからなのか、体内の魔力の流れがあちこちで滞ってたんだって。魔力溜まりと言うらしいんだけど、子供ではよくあることらしい。教会で魔力の使い方を学ぶうちに自然と解消するそうだけど、わたしは一度も判定受けてないからなー。
魔力溜まりのせいで成長が遅れることもあるとか。わたしがチビなのは、栄養が足りなかったせいだから、関係ないと思ってたけど、そのせいだったのかな。
ともかく、背が伸びたのは喜ばしい。早くおっきくなりたいしね。
「これならいけるな」
「え?」
「ちょっと後ろ向け」
よくわからないうちにくるりと後ろを向かされる。後ろ向けって言いながら強引なんだよね、ほんと。
バランさんの手が頭を撫でたと思ったら、髪の毛を手櫛でまとめ出した。視界に赤毛が映る。
横髪を頭の後ろでまとめ――ぱちんと音がした。
「よし。うまくいったな。髪の毛見てみろ」
肩にこぼれてる髪の毛を引っ張って視界に入れると、黒かった。前髪も、気が付けば黒くなっている。パッと振り返ると、バランさんはにやにや笑いながら洗面所の方を指差した。
走って鏡の前に立つと――そこには黒髪黒目のわたしが映っていた。
いつもわたしが姿変えの魔術で変えていた髪と目の色だ。きちんと毛先まで、いやまつ毛までちゃんと黒い。
「バランさんっ!」
居間に走り込んで勢いよく飛びつく。……飛びついてしまってから、やらかしたって思ったけど、子供だから、大丈夫だからっ! って自分に言い聞かせて。
「すごいですっ。これ、わたしの魔力、使ってないですよね」
「ああ、その髪飾りに魔術を込めてある」
「外して見てもいいですか?」
バランさんは上機嫌で髪飾りを外して渡してくれた。
銀色のバレッタには青い魔石が嵌め込まれている。どれくらいの魔力が込められているかわからないけど、髪と目の色変え魔法陣が刻まれているのだろう。魔力を流し込んで見てみたくて仕方ないけど、バランさんの目の前でやったら怒られるよね。がまんがまん。
「これ、どれくらい持つんですか?」
「分からん。元はお忍び用だからな。が、外に出る時だけ使えばひと月くらいは使えるんじゃないか?」
「ひと月……え、外?」
「屋根裏から外に出たいんだろ?」
にやっと笑うバランさんに突撃かましたのは不可抗力だと思うのっ!
ひとまず第二章はこれでおしまいです。
第三章はまたしばらくお時間いただきます。