いつの間にそんな話に
「バランさん」
「ん?」
「どうしてわたしを雇ってくれたんです?」
空を見上げたまま、口にする。
前から気になっていたことだった。……なんとなくだけど、今なら大丈夫かなって気がしたんだ。
「あそこは――ゴミ処理場は、常に人手不足だ。誰もやりたがらない仕事だからな。あそこに来る奴は、なんらかの問題があるやつばかりだ」
「問題?」
「マイルズが言ってただろう? 魔力持ちは訓練所に入るのが一般的だ。あそこで能力を伸ばし、適性に応じて仕事を斡旋してもらう。訓練所を卒業してるってことで信用も高く、貴族のお抱えになることだって可能だ。だが、途中でドロップアウトしたり、訓練しても能力を伸ばせなかったりすると、魔術師としての道は断たれる」
バランさんが言葉を切る。
つまり、あそこに来ているのは、魔力を持ちながらも魔術師として生きられなくなった人たちってこと?
「だが、魔道具処理室は別だ。魔道具を扱うには魔力があればいい。魔術を使うことはできなくても魔力の量が十分あれば問題ない。むしろ魔術が使えないやつの方が都合がいいんだ。――だから、お前を雇った」
孤児が仕事を求めて来るのは珍しくなかったんだろう。
魔力量が高くて、でも訓練所に通っているわけでもない孤児で、教会の選別――魔力判定で拾われなかった子供。
わたしは、まさにバランさんの言う条件ぴったりに見えたのだろう。
――じゃあ、やっぱり解雇されちゃうんだろうな。
あんな風に魔術を披露するつもりはなかった。むしろ、隠すつもりだったのに。
……どうしてこうなっちゃったんだろう。
使い捨て魔道具に席巻されたこの時代では、あそこ以外にわたしが旧型の魔道具に触れられる場所はない。捨てられてしまう彼らを救えるのはあそこだけだもの。
どうしたらいい? ゴミ処理場に忍び込むような奴はいないからか、警備は手薄だ。忍び込もうとすればできそうな気がする。
でも、魔道具処理場は場の特殊性から、バランさんの結界が張ってある。
……うん、あれ、バランさんのだ。今こうやってバランさんの魔力を纏うようになってから、はっきりわかった。
処理場で何か起きても大丈夫なように、結界が張ってある。スタッフ以外が通れないのも知っている。
スタッフから外れてしまうと、立ち入ることすらできなくなる。
……辞めさせられても、バランさんのお手伝いとかで入れないかな。
なんてことをもだもだ考えてると、ふっと視界が塞がれた。バランさんの手だ。
「……心配するな」
「え」
「辞めさせねぇよ。マイルズにも約束した。ちゃんとお前を導くし、お前との約束も守る。――だから、泣くな」
「……泣いてない」
嘘です。泣いてました。
いろいろ考えてごまかして、なんとか平静を保とうとしてた。
わたしにはこれしかない。
今回も魔道具修理技師として呼ばれたに違いないのに、魔道具に関われなくなる。
それは――ここに自分がいる意味が、理由がなくなるということ。
そうでなくとも、女神と会えなくて三度目の生の意味を見失いそうだっていうのに。
根本をひっくり返されたら、どうして生きればいいんだろう。
何のために、この生を長らえる?
そんな風に心の底が冷えていくのを、必死で見て見ぬ振りをして。
「お前がいない間も、旧式の魔道具は選り分けてもらっている」
「え」
今までなら、どの魔道具も魔石を抜き出すことが最優先だった。旧式の魔道具でもそれは一緒で、外しにくい場合は壊すのが普通。むしろ旧式の魔道具から天然の魔石を外す技術が残っていないので、壊すのがデフォルトだ。
もっと大昔の魔道具なら魔石を外すのは難しくなかった。
が、大きな魔石は盗難に遭いやすくて、ある手順を踏まないと魔石が壊れる仕掛けが主流になった。
当時は魔道具修理屋はそこらにゴロゴロいたし、みんな知ってたんだけどな。
だから、天然魔石の魔道具はこっそり回収してた。バランさんには許可もらって。でも、何のためなのかは教えてない。他のスタッフに頼むとしたらちゃんとした理由が必要だろうし、ってことで話してない。
あくまでわたしが見つけたもの限定、だったんだ。
なのに。
「あー、その、なんだ。お前が『金になるのに』って言ってたの、聞いてた奴がいてな。もしかしたら宝の山なんじゃねえかって話になって。まあ、確かに骨董ではあるから、物好きなら高く買ってくれるかもって」
びっくりして起き上がると、寝そべったままのバランさんが微妙に視線を逸らした。
「……まあ、そういうことで、見つけたお宝は倉庫に保管してある。お前が復帰したら確認してもらうって言って、最近は宝探し状態だよ」
「宝探し」
いや、まあ確かに間違ってない。少なくともわたしにとっては。
でも、そんな、何の得にもならないかもしれないのに。
「だから安心して自分のことに専念してろ。あいつらも最近はなんだか楽しげに仕事してるよ。目標があるからなのか知らないが」
同じ処理室の面々を思い出す。入ってまだ間がなかったから、あまり積極的には話したことがなかった。スタッフさんはわたしたちの他に八人いるって聞いている。
みんな、静かにやってきて、いつの間にか仕事して、定時になったら帰ってくる。そんな無口な人ばっかりなのかなと思っていた。
「……お金にならなかったら恨まれそうですね」
「そんな奴ばかりじゃないが……確かに癖のある奴ばかりだな」
バランさんもその筆頭ですよね、なんて笑いながらもう一度寝そべる。
流れ星が尾を引いて消えた。