第8話 忠義溢れるメイド
ユキフィリへ向かう当日の朝。
ライドは待ち合わせ場所である馬車運行業者の施設へやってきた。ここはシンクレティア王国の交通の最前線。金を積めば、転移魔法を使ったサービスがあるが、まだまだ安全面で不確実な所が多い。
一国の王女の遠出の手段は、もっぱら馬車である。時間と安全、どちらかを天秤にかけたら、考えるまでもない。
先に馬車を確保すべく、業者の所までやってきた。
「……え?」
「すいません旦那。生憎、ユキフィリ行きの馬車はたった今、全部出払っちまった所で……」
「次に馬車が来るのは何時ですか?」
「そうですねぇ……明日の午後には来るかと」
「仕方ない、か」
“最終手段”はあるので、こういう状況に対する備えは出来ていた。
とはいえ、まずはルピスに合流するべく、ライドは施設を歩き出す。
(そういえば、ルピスとの待ち合わせ場所を決めていなかったな。“来れば分かるよ!”って言っていたが……)
仮にも一国の王女。
刺客に狙われる危険性もある以上、目立つ格好は避けているはずだ。そう、ライドは考えた。
「……んん?」
隅っこに不審人物がいた。
ローブを纏い、ピエロの面を被った不気味な人間。
(ああいう奴はだいたい危ないと相場が決まっている。ルピスと合流したら、なるべく近づけないようにしなくちゃな……)
「――」
ピエロの面を被った人間と目が合った気がした。
ライドはしくじったと感じた。目立つが故に、つい見すぎてしまった。
不審人物がどんどんライドに近づいてくる。これで短剣でも持っていようものならば、全力で対処するのみ。
どんどん距離が縮んでいく。
(来るなら来い――)
すると、不審人物がピエロの面を取り去った。
「もーライド、遅いよ」
ピエロの面の下は、麗しきルピスだった。頬を膨らませて、不満を露わにしている。
ライドはライドで安堵と多少の怒りが渦巻いていた。
「まず君に言いたいことがある」
「愛の告白!?」
「違う。何故、そんな不審人物の格好をしているんだよ。最悪、戦闘も考えていたんだぞ」
「あ、これ?」
言いながら、ルピスはローブをひらひらさせる。よく見れば、生地が上等なものだった。仮面も、その辺の店で買ったものではないと分かる良質な素材である。
これは下手を打てば、強盗に襲われていたかもしれない。
「どう? 良いでしょー。お父様のコレクションから、変装するのにちょうど良さそうなのを引っ張ってきたの」
「お、王様の私物なのかそれ!? 良いのか、勝手に持ってきて!」
「お父様、変な物を集める趣味があるみたいなの。そのくせ、自分で何を買ったか覚えていないから大丈夫大丈夫」
非常にいい笑顔を浮かべるルピス。それにライドは苦笑で返した。これ以上突っ込んでいたら、頭がおかしくなりそうだった。
「それよりもどう? これ、結構いい感じじゃない? 声をかけてくる人なんて一人もいなかったよ」
「そりゃあな……こんな怪しいやつに近づこうだなんて、奇特な奴、いたら教えて欲しいよ」
「あー酷いライドー」
その時、ライドは背後に冷たい殺気を感じた。
「ライドルフ様、あまりルピス様に無礼な態度を取らないでください。見ていて虫酸が走りますので」
首筋に冷たい感触。そこそこ戦闘慣れしていたライドは、それが剣だとすぐに理解した。
仮にも公爵家の長男に、ここまでのことが出来る人間は、一人しかいない。
「……君、僕とルピスしか見ていないから良いけど、普通に大事になる案件って分かってるよね?」
ライドが剣の持ち主へ顔を向けた。
そこには、クラシカルなメイド服を纏った薄い桃色髪の女性が立っていた。その金色の瞳はひどく冷酷なものだった。
「理解しております。ですが、この私、シュガリスはルピス様に仕える剣であり、メイドです。ルピス様のためなら、この命いつでもルピス様にお返し――」
そこでシュガリスの言葉が途切れた。ルピスが彼女の額にデコピンをしたからだ
「もーシュガリス、私言っているよね? 簡単に命をどうこう言っちゃいけないって。貴方は私の大事なメイドなんだから」
「……申し訳ありません。このシュガリス、まだまだ修行不足でした」
「なぁシュガリス、とりあえずこの剣をしまってくれよ。いつまで剣突きつけてるんだよ。この絵面、だいぶ誤解を招くことに気づいているか? 男の首に剣を突きつけてるヤバいメイド、それを眺めているヤバい格好した不審人物。これいつ、シンクレティア王国の治安維持部隊が来てもおかしくないんだぞ」
「……仕方がありませんね。ルピス様に免じて、ここは剣を収めましょう」
そう言うと、シュガリスの手から剣が消えていた。ライドが瞬きした後には、綺麗さっぱり無くなっていたのだ。
「毎回思うのだけど、君は武器をどこにしまっているんだ? 確か、剣の他にも色々と武器出せるだろ」
すると、シュガリスは半目でスカートを押さえた。
「ライドルフ様は実に変態であらせられますね」
「ラ~イドぉ~?」
ルピスがシュガリスを庇うように、前へ出た。頬が膨れている。
「私がいるのに、浮気?」
「待て!? 何故、そうなるんだ!? 僕は手品のタネを知りたかっただけだぞ! おい、シュガリス! 君はなんで目をうるませているんだ! 嘘だろ、それ!」
「ルピス様……このシュガリス、汚されてしまいました」
「シュガリス……大丈夫だよ、私がついてるからね?」
「はい……ありがたき幸せ」
この茶番はしばらく続いてしまったが、ライドの会話力で、数分後には何とか終わらせる事ができた。
旅をする前からこんなに疲れていいのだろうか――ライドは強くそう思った。