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女勇者の恋人は、今日も畑に出る

作者: MOZUKU

勇者様の恋人が、勇者様の故郷に居るという特ダネを知り、新聞社の見習い新聞記者である、私ことミリィ・アイザックは勇者様の故郷であるシアンに馬車を走らせた。

「俺に密着取材?物好きな奴も居るもんだな。」

勇者ミネルバ様の恋人、ポール氏は体は大きく、褐色でいかついですが、糸目でニコニコ顔の優男といった印象だった。

特段イケメンでは無いし、職業も農家。ハッキリ言って地味でガッカリしたが、これから取材をする上で何か得られるかもしれない。密着取材は根気が大事である。

一日目。畑を手入れする。

二日目。畑を手入れする。

五日目〜十日目。やはり畑を手入れする。

十一日〜十五日目。ますます畑を手入れする。

「畑弄りばっか!!」

流石に私も憤りを感じた。更に馬鹿らしいのは、半月程経っても畑に変化が見られず、芽の一つも出ないのに、ポール氏は懲りずに畑弄りをやめないことである。

魔王が世界を暗黒の空で覆ったおかげで、世界はここ十年ほど曇り空である。作物はあまり育たず、人々は飢え、争いは絶えない。今、農家をやっている人なんて本の一握りだし、やっていたとしても金持ちがお金を掛けて、自分たちが食べる分の野菜を育て、確保するというのがほとんどであり。一般人の農家なんて化石みたいな存在だ。

とうとう痺れを切らした私はポール氏にこう尋ねた。

「どうして畑を弄りをやめないんですか?村の人もアナタのことを笑ってますよ。」

少々失礼なのも承知の上だ。これに対してポール氏はこう答えた。

「僕は信じてるからね。だから辞める気は毛頭ない。」

信じる?何を信じているのだろう?

それはなんですか?と聞いてもポール氏はニコニコするばかりで答えてくれなかった。

密着取材に日に日に嫌気が差し、何度も何度もやめて帰ろうと思ったが、ポール氏の信じるものが気になって、私は新聞社に帰らずに彼のことを見守り続けた。雨の日も風の日も、嵐の時も彼は畑に出続けた。相変わらず芽も出ていないのに何をしているのだろう?ここまで来ると病気である。

こんな変な人が勇者ミネルバ様の恋人なんて、それ自体がガセの様な気がしたが、村の人に聞けばポール氏とミネルバ様は小さい頃から仲睦まじく、勇者様が旅に出る際は、ミネルバ様の方からポール氏に、「魔王を倒したら結婚して」と約束を取り付けていたというのだから驚きである。

月日は流れ、半年後。

よくもまぁここまで取材を続けてきたものだと思ったが、それも今日で最後にしよう。何故なら今日という日は、勇者様が魔王と戦うという決戦の日だからだ。良い区切りだし、新聞社の社長からの「早く帰って来い!!」という鬼の催促もあったばかりだ。今日が密着取材最後の日とする。

「ポールさん、今日で密着取材最後ですが、今日も畑に出るんですか?今日ぐらい家に居て勇者様の無事を祈っては如何です?」

老婆心ながらこう進言したが、相変わらずのニコニコ顔でポール氏はこう答えた。

「いや、朝にお祈りは済ませたし、今日も畑に出るよ。」

・・・そう言うと思った。もう思う存分やるがいいさ。

私はポール氏をとりあえず放っておいて、村の人に、勇者様と魔王の決戦する今日という日に何を思うか?インタビューして回った。見飽きた畑弄りより、コチラの方が実のあることだと思ったからだ。

そうしてお昼に差し掛かろうとした時、驚くべきことが起こった。

突如として空に立ち込める暗雲が晴れて、十数年ぶりに輝く太陽と、綺麗な青空が広がったのである。私は感動のあまり自然と涙が出た。村人の誰もが歓喜の声を上げている。太陽と青空が見えるということは、勇者様が魔王を倒したということ他ならないと誰もが分かっていた。

「そうだ、こうしちゃ居られない。」

私は涙を拭ってポール氏の元に走り出した。恋人のミネルバ様が魔王に勝ったのだから、流石のポール氏も何か良いコメントの一つでも話してくれるかと思ったのである。

そうして畑に行ってみると、ポール氏は畑の真ん中に立って何やら目線を下に向けていた。

「あの・・・ポールさん?」

私が話し掛けると、ポール氏は畑のある一部分を指差し、ニコニコ顔でこう言った。

「芽が出たんだ。」

彼の言うとおり、畑の土から一つピョコンと緑色の小さな芽が飛び出していた。

そんな些細なことなのに、どうしてだが私は感動してしまって、再び目から涙が溢れた。



それからまた半年後。

新聞社に帰った私は、再びシアンを訪れた。理由は勇者ミネルバ様とポール氏の結婚式に出席する為だ。

ミネルバ様は金髪碧眼の眉目秀麗で、いつもキリッとして怖いイメージがあったが、鎧を脱いで純白のウェディングドレスを着た彼女は優しい顔をしている。隣の黒のタキシード姿のポール氏もいつものニコニコ顔に見えるが、あれはいつもの二倍のニコニコ顔である。半年間、密着取材をしていた私には分かるのだ。

誓いのキスをしている二人を見ていると、ポール氏の信じたものが何なのか、なんとなく分かる気がした。

世界を救った元勇者と農夫という格差のある結婚式には大勢の取材陣が駆けつけ、私の様な新米がインタビューする隙などない。ここは一緒に来た先輩に任せて、私はこっそりポール氏の畑に向かった。

そうして太陽に照らされて、青々とした色とりどりの野菜を一人見て、私はニコニコと微笑むのである。


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