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8 街を視察


 私はフリッツさんに連れられて街にきた。


 フリッツさんは紋章じゃらじゃらだった騎士服を脱いで、私服だと思われるジャケットに着替えてから街を案内してくれた。

 不思議なことに脱いだ騎士服がいつの間にかどこかに消えていたんだけど……。どこにしまったんだろう?

 わからない……。謎は謎のままだ。


 私も一応異世界人なわけだから、違和感ある格好だと目立つし、着替えた方がいいかな、と思ったんだけど、こちらの服と私が着ていた服は素材感がちょっと違うけど、そこまで激しい違和感があるわけでもないと言われ、そのまま着ていくことにする。


 街にはお昼時を過ぎたからか、どこか気だるくてまったりとした空気が漂っていた。


 彼は王都、と言っていたので、綺麗に道が整備された現代的な大都会を想像していたが、連れてこられたのは地面土が剥き出しで、舗装されていないような、割と簡素な作りの街だった。


 住居らしき建物は土壁が塗られた木造の家が多いようで、大きめな商家らしき家にはオレンジ色のレンガが使われている程度だ。


 だけど、賑わっていないかと言われたらそうじゃない。


 街の人たちは声を張り上げ、客の呼び込みをしている。しかもみんな、揃いに揃って笑顔で楽しげに仕事をしていて、意外と活気付いている。どこか東京の下町に似た雰囲気を感じられる。

 この感じ、結構好きだ。


「素朴で素敵な街ですね」

「そうだな。でもあまり、素朴と口に出して言うのは控えた方がいいかもしれない。この国は百年ほど前に隣国との戦争で、隣国の属国となった歴史をもっているんだ。その為、この国が余分な力を削ぎ、必要以上に繁栄しないように国全体に魔術がかかっているからな」

「そ、そうなんですか……」


 街の発展具合に政治的理由が絡んでいたことが予想外すぎて、私は閉口してしまう。

 ううう……。こういうところで、戦争知らず平和ボケ日本人の無神経さが出ちゃうよね……。反省しなくちゃ。


「ただ、そうなったことでこの国の民が戦争に怯えることもなくなり、安心して暮らせるようにもなったのも事実だ。力を持ちすぎるのは、人々にとってもこの国にとっても毒にしかならないのかもしれない」

「なるほど……」


 フリッツさんの話によると、私が想像していた豪華なブランド品が集まるエリアはあるにはあるが、それはごく一部だそうだ。

 王都の街の中で一番賑わっている目抜き通りの南側、王城に近い部分には高級ブティックが固まっているらしい。


「そういう店がお好みだったか?」と聞かれて、慌てて首を横に振る。


 いやだよ。ただでさえ何が起こるかわからないこの異世界旅行の最初の最初で散財なんかしたくない。

 生きていく上で大事なのは、大金をもらったとしても、金銭感覚を狂わせない忍耐力を持つことだ。


「そういう訳で、ここは暮らすにはいい街だから、安心して過ごして欲しい……さてと、今日泊まる宿を押さえた方が良さそうだな」


 フリッツさんは、そのまま勝手に宿を選んでしまった。

 街の中心部からは少し外れているけれど、すぐに戻れる便利な場所に位置する宿。


 こう言ってはなんだけど、騎士の男が選ぶ宿なんて寝られるだけの最低限の装備しかないようなところなんじゃないか、と言う失礼な懸念を私は持っていた。しかし、彼の選んだ宿は予想に反してとてもセンスがいい宿だった。周りがミントグリーンに塗られた、温かみのあって、かわいらしくて……なんていうか、女性受けしそうな宿だ。


 この人、朴念仁っぽく見えるのに、こんな素敵なところを知っているなんて。日ごろ頻繁に女を連れて利用しているんじゃないか、と邪推してしまう。


 いい人に見えるけど、人は見た目によらないからな……。


 日本の花屋で働いていた時もそういう人がいた。いつもビシッと決まったスーツ姿で一見クールそうな感じだけど、毎週のように趣向の異なる花束を買って帰る常連のお客様だった。

 最初は愛妻家なのかな? と思っていたけれど、注文を受けるたびに、花束を贈る女性のイメージが異なることに気が付いてしまった時の私の絶望と言ったら……。

 そして駅前で待ち合わせる女性の顔が毎回異なるのを目撃してしまった時のやるせなさと言ったら……。しかも女性は日替わりでローテーションされていた。


 だって! 誠実な感じの人に見えたんだよ⁉︎ ……人は本当に見た目によらないよね。


 フリッツさんもそう言うタイプなのかな……。


 じゃないといいな、って思っちゃうのはなんでなんだろう。


 この世界の人の中で初めて優しくしてもらった人だから、無条件に信じたいとか、思っちゃうのかな。

 ここまであった人(王様とか)が、はあ? って言っちゃいそうな意味わかんない人ばっかりだったから、対比でフリッツさんがすごいまともな人に見える。


 そんな人が実は酷いやつだった! なんて展開があったとしたら、私、この世界で人間不信になっちゃいそうだよ……。



 宿が決まったあと、私たちは必要なものの買い出しに出かけた。

 服も今着ている一着しかなかったので、洗い替えを何枚か買わなければいけない。


 フリッツさんが連れてきてくれた服屋さんはこれまた華美過ぎず、日常着としてちょうどいいくらいの商品がたくさん置いてある、素敵なお洋服屋さんだった。


 店内に入った私はフリッツさんに促されて、何枚か試着をしてみる。汚れが気にならなそうな藍色のワンピースや、動きやすそうなワークパンツ。うん。どれも可愛くていい感じ。


 この世界の庶民の服はさらりとした麻でできているものが多いらしい。腕を通した瞬間、今まで着ている物の数倍肌触りが気持ちよくてびっくりしてしまった。

 というか、この世界の麻って素敵だな……。いろんな色があって、透けかたも綺麗で見ていてうっとりとしてしまう。


 これを包装紙がわりにして花束を作ったら、綺麗かも。

 そんな唐突な考えが私の頭に浮かんでくる。


 ……いや、待て待て。私はもう花屋じゃないんだから、そんな考えが浮かんでも無駄でしょうが。

 いつでもどこでも花のことを考えちゃうのは、もはや職業病だろうか。

 私は自分の中に染み付いた花屋根性に苦笑してしまう。


「この世界の服、すっごく素材が良くって気に入りました!」

「そうか、よかったな」


 相変わらずフリッツさんは仏頂面だけれど、心なしか雰囲気が柔らかくて、私のはしゃぐ姿を見て彼も喜んでくれている気がする。

 長いこと販売業をやっていた私の観察眼は、まだ健在なのだ。


「フリッツさん……。あの聞きたいんですけど、フリッツさんは、王様に仕えているくらいだから……この国の有力者だとか……お貴族様なんですよね?」


 失礼かな、と思いながら尋ねると、フリッツさんは特に怒ってなさそうに、さらりと答えを返してくれた。


「そこまで大層な家柄ではないが、この国の貴族なのは確かだな」


 やっぱり! そりゃそうだよね!


「じゃあなんで、こういう女性が喜びそうな庶民的なお店、たくさん知っているんですか……?」


 ここまでの行いを観察している中で、フリッツさんは本当にいい人らしい、となんとなくわかった。

 お店の中にいた美しい女性たちに目移りすることもなければ、私に不埒な視線を送ってくることもない。

 なんというか……。親切な親戚のお兄さんが買い物に付き合ってくれているって感じの付き添い方だった。


 だから、余計謎が深まる。なぜ、女ったらしでもなさそうな彼が、若い女性の好みそうな店を知っているのかわからない。


 私はこの人への興味が抑えられなくなってしまって、ついそう尋ねてしまったのだが、フリッツさんは私の不躾な質問に対して、なんともなさそうに答える。


「ああ、私は八人兄弟の二番目なんだが、兄、私と続いて、その下はみんな妹なんだ」

「い、妹六人⁉︎」

「そうだ。でも六人全員好みが違うからな……それぞれの妹にいろんな店に連れまわされていた。だから、自慢にならないが、どんなタイプの女性が現れても、その人が喜びそうな店は一通り案内できる」

「ははあ……。それはすごい」


 なるほど。それは大した特技だ。


 さらに聞くと、彼の妹たちは国内最有力の貴族に嫁いだ正統派お嬢様から、自らの力で商会を立ち上げるまでに成長したおてんば娘まで、多種多様な生き方をしているらしい。


 だから彼は、聖女の案内役として抜擢されたのかもしれない。どんな女性であっても、うまく合わせられるのは才能だと思う。

 しかも、相手に不快感を与えることなく。うーんそれって考えてみるとすごいスキルだよね。


 ちなみに、フリッツさんによると、私の好みは彼の二番目の妹に似ているらしい。へえ〜。

 いつか何かで会ったら、お友達になれるかしら?


 妹さんの話を聞いているうちに、フリッツさんは現在、二十二歳であることが発覚した。

 一瞬、あ! 同い年? と思ったけれど、考えてみたらこの世界の一年の長さは元いた世界よりも約百日ほど長いんだった。


 と言うことは、大体二十四、五くらいか……。


 実質ちょっとだけ、年上。

 そんなことを考えていたらなんか、私までお兄ちゃ〜んって呼びたくなってきちゃった。


「私、フリッツさんの妹に混ぜてもらえたりしませんかね?」

「そ、それは……」


 冗談っぽく言ったけど、フリッツさんからは困惑した雰囲気が伝わってくる。


 ……無理ですよね。はい。わかってました。



 服を選び終わったあと、私とフリッツさんは夕暮れまで街を歩いて回ることにした。

 いろんなお店に入ってみて思ったけど、こっちの世界の文明は前いた世界に比べて、特別全て遅れているというわけでもないらしい。


 さっき買った服の素材とかもそうだけど、前の世界以上に優れているところはたくさんある。


 中でもおお! と目を瞠ったのは、魔法の存在だ。


 女神様も言っていたけれど、この世界には魔法陣を用いて不思議な現象を起こす『魔法』が存在している。

 私が最初に見える形で目撃した魔法は、お手紙の魔法陣だ。


 王城の関係者に私の案内をすることになったことを伝えるとき、フリッツさんはポケットから、掌サイズの小さな紙を取り出した。


 そこには円や線が複雑に描かれた、魔法陣のようなものが描かれていた。フリッツさんが文字を書き足すと、それはするするっと鳥に姿を変えて、上空へと飛び去っていった。


 それを見た私は、ひえー! ファンタジーの世界すぎる! と、大はしゃぎしてしまった。

 他にもこの国の家電製品にあたるものは全て魔術で動いているらしい。お店にあったレジスターも魔力で動いていた。


 前の世界とこっちの世界は全然、違う。だからこそ、面白い。

 街を回ると、目新しい物がいくつも見つかる。

 その度に、フリッツさんに聞くのだが、彼は丁寧に説明を加えてくれた。


 この世界はとんでもない不思議に満ちている。


 楽しい! 楽しい! 楽しい!


 私の心の中にはいつの間にかそんな感情が溢れていた。

 あたりをキョロキョロ見渡しながら、るんるんで歩いていると、フリッツさんもなんだか嬉しそうな顔をしているように見えた。


「楽しそうだな」

「はいっ! 楽しいです!」


 つい気を許しすぎて無邪気に、子供みたいな感情剥き出しの笑顔で返すと、フリッツさんは一瞬息を呑んで、フリーズしたみたいに固まった。

 あ、子供っぽいと思われちゃったかな。


 ……だってこんなの久しぶりで楽しいが抑えられないんだもん。


 日々の業務によって蓄積された疲れと頑張らなくちゃという気持ちのせいで、心の奥底に抑制され続けていた、好奇心の塊が、表面の方へと湧き上がってくるのがわかる。

 こんなにワクワクするのはいつぶりだろう?


 硬く、くしゃくしゃに丸められてゴミのように扱われていた好奇心が、無邪気で何も知らなかった子供の時以来、久しぶりに仕事をしている。


 魔法がある不思議で新しい世界。あったことのないようなカラフルな髪色をした人々。異なる文化によって蓄積された国。

 そんな世界に今私は歩いているなんて……。

 いつの間にか私の中で、この世界で一年間、生きていけるかなあという不安よりも、楽しそう、ワクワクするという気持ちが大きくなっていった。



土曜日なので、もう一話投稿します。

十一時くらいにまた現れますね。

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