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間話 フリッツの聖女観察日記1


「フリッツ・アンダーソン。君に明日召喚される聖女の世話役を頼みたい」

「聖女様の世話役……ですか?」


 フリッツは突然の王の指令に、内心首を傾げた。


 フリッツは王の近侍騎士を勤める二十二歳の青年だ。

 十六で王に仕え始めてから、早六年。

 表情を対価に、自分に足りない魔力を補うという特殊な魔法陣を使っているため、何を考えているかわからないと揶揄されることが多いが、彼はまごうことなき王の近侍騎士である。

 彼にとって王は絶対的な存在だ。

 王という人種はねじ曲がった気質だろうと邪推されがちだが、フリッツにとって、このラザンダルク王は、素晴らしい上司そのものだった。ここぞという時、肝心な決断は外さず、従者を決して邪険に扱わない。

 自分が今後の人生の中で、命を捧げて仕えるのに値する人間だと思っていた。


 だから、今回の王命の意図が余計にわからない。

 どうして王は自分に聖女の護衛を依頼するのだろう。


 この国は約百年前に起こった隣国との大戦を機に、隣国の属国となることで、現在は平和を保つことができている。大戦以来、大きな争いは起きていないが、小規模で突発的なクーデターが起こることは珍しくなかったため、王の警備には常に多くの人数が必要とされてきた。 


 フリッツを聖女専用の世話役に出すということは、すなわち王の警備が手薄になることを表す。

 その御身を危険に晒してまで聖女を守る必要はあるのだろうか。聞くところによると、聖女は人間では考えられないほどの武力を持つらしいではないか。


「聖女を降臨させなければ、この国の未来は忌々しい瘴気によって閉ざされてしまうだろう」


 その言葉にフリッツは静かに頷く。


 王の決定に異論はない。だが、口に出すのは憚られる不可思議さを直感的に感じていた。


 王が言う通り、現在、この国は、通称『瘴気拡大』と呼ばれる災害の対処に追われていた。

 瘴気は死が近い人間や森に蔓延る魔獣から生まれる有害物質だ。

 耐性のないものが瘴気を長時間浴び続けると、内臓が腐食し、最終的に死に至るのだから、その恐ろしさを国中の人間が理解している。

 

 その瘴気が国中に漂っている。それだけの情報を切り抜くと、死に近い人間や魔獣が国中に増えているように思えるのだろう。


 しかし、不思議なことに現状、そういった病人や魔獣増加の報告は、上がってきていないのだ。

 ただ、瘴気だけが、まるでばら撒かれたかのように、国中に蔓延るように広がっている。


 そしてこの状況を打破するために、明日、王の命令で聖女召喚の儀が行われるというではないか。


 この状況は一体どういうわけなのか。

 まるで『聖女を召喚』するために『瘴気が湧いてきた』みたいじゃないか。そんな不自然な場の整えられ方をフリッツは疑問に思っていた。


 ちなみに、聖女召喚の儀という儀式は、三十年ほど前までは隣国である湖の国だけが百年に一回だけ行える特別な儀式だった。


 しかし、湖の女神の『ご好意』という名の気まぐれにより、最近ではどの国であっても王族であれば召喚が可能になっていた。


 その儀式の内訳は、ここではないどこかに生きる、特別な力『神力』を持った人間——『聖女』をこの世界に呼び出すというもの。


 いきなり呼び出される人間にしてみたら、いい迷惑だろうな、とは思ってしまうが、この国の人間にとって瘴気を一瞬で払えるだけの力を持つ『聖女』という人間の力はいかんせん便利すぎるため、たびたびこの国でも、人間の力だけで物事が解決できぬ時には聖女が呼び落とされていた。


 前回、聖女が召喚されたのは約二十年前だ。


 百年ごとに行われていた荘厳な儀式がここ最近は短いスパンで行われている。あまりにも聖女という力あるものに依存をし過ぎている気がするが、今回も原因不明の瘴気が国内に出回ったと報告が上がった時点で、王は真っ先に聖女の召喚を決定した。


 聖女召喚には、リスクがあるにもかかわらずだ。


 前回この国に召喚された聖女は、破壊神と名高い、非常に気性の荒い人物だったのだ。

 前王によって召喚された聖女は、今フリッツがいるこの城を壊して回ったという。

 それを積極的に諫めていたのは、この王自身だとフリッツは城に勤める上官に聞かされていた。


 この王は自身が手を煩わせられた経験があるのならば、それを繰り返すことはしないはずだと思っていたが……。


「陛下……。明日の聖女召喚は本当に必要な召喚なのでしょうか?」


 フリッツは今更言っても遅いということは理解しながらも、聞かずにはいられなかった。

 こんな不躾な質問をしても、王は怒りをあらわにすることはない。

 長年、王の懐刀を務めている彼にとって、王は恐れ多い存在ではなく、話が通じるよき上司であった。


 しかし、今日の王はいつもとは様子が違う。


 かすかに泳ぐ視線は何かを隠しているかのように見えるし、いつもは人の意見をまっすぐに聞き入れようとする姿勢を見せるのに、今日に限ってはうっとうしそうな表情を隠さない。


「陛下……」


 フリッツはその訳を聞き出そうかと思ったが、王はそれを察したかのか、フリッツの口を封じるように言葉を重ねた。


「フリッツ。今回だけは何も言わずに、我の願いを聞き入れてくれないか」

「……かしこまりました」


 王は一体何を隠しているのだろう。

 フリッツには真相を探ることはできなかった。



 大人しく王の命令を受け入れることにしたフリッツは、儀式当日、儀式が行われる神殿へ、王を守る小隊の一員として向かっていた。

 ここは王都の西の一体を占める、一般国民が入ることが許されない、王家が所有する広大な静養地の森の最奥。


 鳥の囀りしか聞こえない、のどかなこの場所に、聖女を召喚する、祭壇が設けられている。


 この祭壇には王城とはまた違った、荘厳さがある。

 この世界を守り、見守る唯一人の神『湖の女神』は何色にも染まっていない、白という色を尊ぶと信じられているため、この祭壇に使われている石材は、どれも白一色で統一されている。


 これから何が起こるのかはわからない。だが、自分にできるのは、この国と王を守ることだけだ。

 緊張感が、フリッツの体を駆け巡る。聖女があらわれるのを一同、固唾を飲んで見守っていた。



 召喚された聖女は美しい黒髪を持っていた。


 が、それだけではなかった。


 フリッツはハッとして王の顔と、召喚された聖女の顔を見比べる。

 聖女を見下すように立ちはだかっていた王は、酷く冷たい目で彼女を見つめていた。


 フリッツは続けて記憶にある王女の顔を思い出した。

 今は国中に広がった瘴気を抑えるために、自ら教会で聖職者として働いている、王女。


 その王女も目の前に落とされた聖女と同じく、黒い髪に青い目を持っていた。


 似ている。


 この聖女はフリッツが仕えている王家の面々と言い逃れができないほど似ている。


 なんだ……これは……?

 彼女は一体何者なんだ?


 嫌な予感が脳裏をよぎる。王は、彼女の存在を知っていたのではないだろうか。

 この状況に該当する間柄を考える。例えば彼女は王家の人間が存在を隠して育てていた隠し子……という線はないだろうか。

 異世界から召喚された聖女と言うのは王族の誰かが作り出した真っ赤な嘘で、王は彼女を内々に処分する目的でここに呼び出したのではないか。


 しかし、フリッツの邪推は覆された。


 召喚をされた聖女様は、フリッツの目の前で瘴気を払う術を使って見せたのだ。

 術が使えるということは、彼女が本物の聖女であることの証明に他ならない。


 その事実がフリッツを余計に混乱させた。


 周りの人間はこの『聖女』様が王や王女に面立ちが似ていることに気がついていないのか……?

 周りを見渡したが、他の人間は彼女の顔立ちに疑問を抱いていないように見える。彼女が異世界風の、軽い化粧を施していたせいもあったのかもしれない。

 だが、妹が片手の指では数えきれないほどいるフリッツにとって女性の化粧の下にある本物の容姿を予想することは、さほど難しいことではなかった。


 フリッツは自分だけが気づいてしまった事実を心に留めながらこの聖女を扱うことができるのか、不安な気持ちを抱えながら、自分に与えられた王命を全うするために、聖女に声をかけたのであった。



妹たくさんフリッツさん。

つむぐは青い瞳がコンプレックスだったので、マスカラを厚めに塗って、ビューラーであげないことで瞳を隠すメイクをしていたみたいです。あと、アイラインもこの国の文化にはないですね。


次は九時ごろを予定しています。ブックマークありがとうございます。

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