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【おまけ】家族のはじまり

100万PV記念おまけ小話です。

たくさん読んでくださってありがとうございました!


 日常は当たり前のことで、当たり前じゃない。



 長い冬があけ、昼間は暖かく、コートがいらない気温になってきた。店先には、チューリップやミモザが並ぶシーズンがやってきた。


「では。今日から、よろしくお願いいたします」


 聖の日の正午、スノードロップの裏にある家族住人専用の玄関に荷物を持ってやってきたフリッツさんはいつもより、かしこまった口調で私に言った。


 フリッツさんは心なしか、いつもより緊張しているようにも見える。

 ……緊張しているのが私だけじゃなくてちょっと一安心。


 それもそのはず。今日は記念すべき、新たな生活の始まりの一日目なのだ。


 私はフリッツさんに対して深々と頭を下げた。


「はい。よろしくお願いします……」


 そう。

 今日からフリッツさんが同居することになったのだ。


 そこそこ長い恋人期間を経て、この度無事に結婚という流れになった私たちだけど、これまでは二人とも別々の家に暮らしていたので同棲をしたことはなく、結婚後もしばらくは通い婚になるはずだった。


 しかし、チャチャが独立したことで、スノードロップの三階の部屋が一室空き、初めて共同生活を送ることになったのだ。


 ひえっ! 本当に今日からこの人がここに住むんだ……。


 裏口に荷物を持ってやってきたフリッツさんを見ていたら、その実感が急にやってきて、心臓がバクバクしてきた。


 私、うっすら顔、赤いんじゃない?

 ……大丈夫かな?


「じゃ、じゃあ、とりあえず荷物を三階へ持っていきますか?」

「ああ」


 私は緊張で若干ぎこちなくなりながらも、チャチャが使っていた部屋にフリッツさんを案内した。


 私が先導する形で階段を登る。

 階段の壁には私がこの世界に来てからとった写真が木製の額に入れられ、飾られていた。


 初めての従業員であるチャチャとともに、花屋スノードロップを開店した時の写真。


 このお店を気に入っており、今では大パトロン扱いのレフィリアさん御一行ととった写真。


 恋人になりたての時にフリッツさんととった写真。


 それと、最近お店で働き初めた猫の獣人のジカちゃんととった写真なんかが飾られている。


 私、前の世界では写真なんか大っ嫌いだったのに、この世界にきてから、大切な人と撮るの、いいな〜って思えるようになったんだよね。


 それはこの世界の写真が、前の世界より、ノスタルジーを感じさせるレトロな印刷になっているからかもしれない。


 この世界の写真は前の世界のポロライド写真みたいに、撮った瞬間下から出てくる魔術具を使ってとられるんだけど、少しだけぼやけと、色褪せがある。

 私的にはそこがなんともいい味わいに感じられるんだよね。


 なんていうか、この瞬間、私たちは歴史を積み重ねているんだよなっていう気分になれるから。


 あと、写真を入れる木製ヴィンテージなフォトフレームが蚤の市でお安く手に入るっていうのも大きい。


 そんな歴史の一部を私は積み重ねるように一階から順に壁に飾っていた。今は二階に差し掛かる部分まで写真がある。


 私のお気に入りの写真たちを目にしたフリッツさんは優しく目を細めた。

 表情には出ていないけれど、フリッツさんも時の流れを懐かしんでいるように私には見えた。


 三階に上がるとフリッツさんは感慨深い声を出した。


「三階には初めてきた」

「そっか。そうですよね……」


 別々の家にいた頃はチャチャが住んでいたこともあり、フリッツさんは決して三階に上がることはなかった。

 そういう、線の引き方ができるところも、フリッツさんのことを信頼できた要因の一つだ。


「そうですね。……でも今日からは毎日使う部屋になりますよ?」

「嬉しいことだな」


 相変わらず無表情だったけれど、私にはその顔がはにかんでいるように見えた。



 チャチャは荷物を一つ残さず持っていったので、これからフリッツさんが使う部屋はすっからかんだった。


 もともと備え付けであったベッドも、細身のチャチャと騎士で堅いのいいフリッツさんだと体格が違うため、ひとまわり大きいものに買い替えていた。


 今日の午後、家具屋さんが納品にきてくれる予定だ。


「じゃあ……フリッツさんの荷物を広げますか……。フリッツさん、荷物は後からくるんですか?」


 私はやる気満々。腕まくりをして構える。


「いや、今持っているものが全部だが?」

「え?」


 びっくりしてフリッツさんの手荷物に目を落とす。彼の手にはフリッツさんが片手で持ち上げられる大きさの、革でできた品のいいトランクしかなかった。


 荷物すくなっ。


 ……いや待てよ。


 この家にきた時は私も荷物が少なかったし、チャチャも荷物が少なかった。


 この家に来る人は、少ない荷物しか持てない呪いでもかかっているのかな?


 いや、でも私の場合、荷物が少なかったのはこちらの世界にいきなり落とされたからだけど、フリッツさんが荷物少ないのはおかしくない?


 王直属の騎士だよ? 騎士の中でも花形の職種だよ?


 フリッツさんは他の人間たちより高収入のはずなのに、彼の荷物は物の質はいいが、華美なものはひとつもない。


 そういうところが、好きになったんだからいいんだけど……。

 一体どこにお金を使っているんだろう。


 夫婦になってもお互いにまだ、謎な部分は多い。


 私は首を傾げながらも、クローゼットの位置の説明などを挟みながら、フリッツさんの荷物整理を手伝っていく。


 まあ、私も全てを知りたいと思うたちではないし、そもそも誰かに養ってもらおうなんて考えが全くないからいいんだけどね。



 荷物が少なかったため、片付けはすぐに終わってしまった。


 するとフリッツさんが自分の部屋に花を飾りたいというので、私は一階に適当な花を見繕いにいった。


 うーん。なにがいいかな。やっぱりこのシーズンはチューリップかな。


 私は昨日水揚げをしたチョコレートカラーのチューリップに手を伸ばす。あれ……。チューリップの茎が伸びて、花瓶とのバランスが悪くなっている。

 チューリップは切り花になったあとでもよく成長するのだ。


 花瓶を変えて、トマト缶くらいの大きさの円柱で透明のガラス製フラワーベースから、同じ質感の500ml缶くらいの背丈のものに取り替える。


 よし。いい感じ。満足満足。


 いつもお休みの日でも、このくらいの世話はしてしまう。

 そんな小さなこと、気にしない方がいいのにっていう人もいるかもしれないけれど、私はやりたいからやっているのだ。


 休みの日でも花に触れていたい。


 こういうことをしていると、私って、すっごい花好きなんだなあって再確認するよね。


 ふう……。と息をついたところで、あ、と我にかえる。

 わあああ! フリッツさんを三階で待たせてたんだった! ついいつもの調子でやっちゃったあ〜!


 私は慌てて三階へと駆け上がる。

 息をぜいぜい切らしてやってきた私を見て、フリッツさんはびっくりしているように見えた。


「ちょっといつもの感じで仕事始めてしまって……お待たせしてすみませんでした!」

「いや……そんな急いで来なくとも……。ゆっくりでいいんだぞ? 私たちは家族なんだから」


 フリッツさんの言葉に私は目を瞬かせた。


 そっか。そうだよね。


 家族って、もっと気安い関係性だよね……。

 今までの私はフリッツさんが恋人である前にスノードロップの常連さんであるという前提があったがために、接客する態度を引きずりながら接していた部分があると思う。


 恋人になって少しは緩和したけれど、その部分は消えずに残り続けていた。


 もちろん、フリッツさんのことが大切で……大好きで、嫌われたくないし、好かれたいからっていう気持ちもあったんだけど。


 フリッツさんは私ともっと砕けた関係性になることを望んでいてくれてたんだなあ……。


 これからは家族の距離を作っていけたらいいな……。


 そう私が思った時だった。


「そうだ、花の代金を……」


 フリッツさんが、懐からガサゴソ財布を取り出した。


「いやいやいや! 部屋に飾るもので、お金取りませんって!」


 私は慌ててフリッツさんの手を懐に押し戻す。


「え……だが、商品だぞ?」


 フリッツさんはちょっとオロオロした声音を出していた。


「大丈夫です! 部屋に飾るように、少し花持ちの悪そうなのとってきましたから! もちろん、それが枯れたら、いくらでも新しいお花、お分けします」

「でも……」

「私たちは、家族ですよね? フリッツさん」


 自分が言った言葉のブーメランが返ってきたことで、フリッツさんは目をパチパチ瞬かせたあと、少しだけ柔らかい雰囲気になった。


「そうだな……。私たちは家族だ」


 そう言って見つめあった私たちは、多分、とっても家族っぽい雰囲気を作り出せていたと思う。



 片付けが終わると、フリッツさんが急に思い立ったように言った。


「そうだ。今日の記念に写真を撮ろう」

「そうですね! とりたいです」


 そうして私たちは、写真を取ることにした。場所はフリッツさんの希望で裏口の前。

 こっちは日当たりも良くないし、なんでそんなところで撮りたいんだろうって最初は不思議だったけど、こっちの出入り口ってこの家の住人しか使わないから、ここを通った瞬間、この家の住人になったな、って気持ちになったんだって。


 来週、蚤の市が開催されたら、フリッツさんと一緒にこの写真に相応しい、額縁を探しにいこう。


 家族の歴史はここから少しずつ、ゆっくり紡いでいけたら。


 きっと三階まで写真がずらりと並ぶ頃には私たちは気の置けない家族になっているはずだ。



というわけで、久しぶりに短編追加でした〜!

二人の暮らしの始まりをちょっとだけ書かせていただきました。

他にも二人の新婚にありがちな頭の悪い痴話喧嘩などもちょろりろ書いたのですが、あんまりにもお砂糖って感じで頭痛くなってきたので……。載せる勇気がありませんでした。

みなさんが忘れた頃に(私が勇気が出たら)追加しますので、読みたい人はブックマークそのままがおすすめです。


100万PV本当にありがとうございました〜!

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