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7 金が全てだ

 

「で、報奨金のについてだが……」


 報奨金、と聞いて私はバッと顔をあげる。


 お金、お金、お金!


 生きていくには、ましてや、こんな異世界で、頼れるものと言ったらお金しかない。

 女神様に転生させてもらった時には、チート能力なんていりませんっ、なんて清廉な乙女ぶったけど、お金は別です。あるとないとじゃ生活の質が変わってきちゃうもん。


 よし。くれるだけ、ください。


「あなたには報奨金として、五千万エンを差し上げます」

「あ、ここの通貨もエンなんだ」


 わかりやすくていいな、と思った反面、代わり映えがしなくてちょっとがっかりする。

 詳しく聞くと、通貨価値も今までいた世界よりも少し物価が低いくらいで、大きな差はないそうだ。 


 それにしても五千万エンか……。

 それほど働いた感がない仕事をしてもらえたことはもちろん嬉しい。

 だけど……私そのお金を使って一年間暮らすんだよね。


 女神様にこっちにいたら? と言われた期間は最低一年間。私の体の修復が終わるまで。気に入ったら定住もできるという条件だ。


 その与えられた一年間、遊んで暮らすぞ! そぉれ、豪遊だ! という気持ちで過ごすなら五千万円という額は大金に感じる。

 でも……。今は前にいた世界に帰ることを想定しているけれど、こっちの世界が気に入ってしまってずっとここで暮らす選択を選ぶ可能性もゼロじゃないんだよね。 そうなった時、慎ましく清貧に(聖女という役職を体現するような霞を食べるような)暮らしていくなら五千万円あったら一生生きるとしても事足りるだろう。

 

 でも、たまにいいもの食べて、おしゃれをして……っていう生活水準で、一生暮らしていくには微妙に足らない金額だ。

 こちらの世界でバブルが起こって、貨幣価値がインフレしちゃう可能性もゼロじゃないし。


 どちらの選択肢を選ぶのか、まだ決まっていない状態で考えると、五千万円ってすごく微妙な金額。


 というか、異世界に召喚された人間がこの世界を救うために働いた対価として受け取る慰謝料としては少ないくらいなんじゃないか?


 くっそー! 私、召喚した人に買い叩かれてるんですけど!


 ——どーせなら、5,000兆円欲しい!


「ぐぬぬ! どうして、こんな目に……」


 獣のように唸っていると、フリッツさんは無表情のまま私の顔を覗き込んでくる。


「あなたはもしかしたら……前聖女のように放任されることを望んでいないのか?」

「……というかいきなり召喚をかけられて、こっちの仕組みもわかり切っていないのに、謎のタダ働きさせられた挙句『好きに生きてね!』って言われて放牧されたら流石に引くでしょう?」


 そう、捲し立てるように息継ぎせずに一気に言うとフリッツさんは虚をつかれたように見えた。(相変わらず無表情だけど)


「……それもそうだな。前聖女様は、王城にいた期間でこの国の仕組みを知ったのだろうし……。いきなり放流されても困ってしまうよな……」

「ちなみにあなたはどこまで私の面倒をみることになっているんですか?」

「……一応、街に連れていって、報奨金の五分の一を手渡した後はそこで今日の任務終了、ということになっていた」

「ま、まじで……?」


 この世界に初めてきた女の子に、大金を持たせて放流とか、いくらなんでも酷すぎない?


 聖女チュートリアル、簡素すぎひん?


 前の聖女様って人は城を破壊できるくらい力を持っていたらしいから、身の危険はないんだろうけど、私は普通の人間なのだ。いや、さっきみたいに瘴気を払う謎の祈りは捧げられるかもしれないよ?


 でも、あれは追い詰められた状況で馬鹿力的なものが発揮されたにすぎない。

 だって、私、あれがどうやって出せたのか、いまだにわからないもん……。だから、いざという時に『聖女の力』はなんの頼りにもならない。


 そんな状態で、変な人に襲われたら、一発アウトじゃん……。


 こんなことなら、こっちの世界にくる前に女神様にもっとチート能力をねだっておくんだった……。

 なーにが「チート能力とか、本当にいらないからさ」だ! ここに来るまでの自分! 清純ぶりやがって!


 私は謙虚な心を持ち合わせたまま、こちらに来たことを後悔し始めていた。人間追い詰められると性格も荒むらしい。フリッツさんは怒りで、ぬおおおお! と叫びながら頭を掻きむしり始めた私のことを、珍獣を見るような目で見てくる。


 ……しまった。初対面の人の前で取り乱してしまった。

 私は落ち着くために深呼吸をしてから、驚きの連続すぎて心の奥底に仕舞い込まれていた営業スマイルを引っ張り出し、フリッツさんと向き合う。


「あの……こういってはなんですが、私、それほどたくましいタイプではなくて……結構小心者な方だと自分では思っていて……。この世界にいきなり放流されても生きていく自信がこれっぽっちもありません……」


 あくまで謙虚に、小さく挙手しながら言うと、フリッツさんは「確かに」と重々しくつぶやいた。

 ……私を聖女としてこの世界に放り出す前に、そのくらいのこと気がついてくれよ。


「俺も……、聖女はこちらの意見すら理解しようとしない凶暴な生き物だ、と長年聞かされていたのだが。もちろんそういった一面も垣間見えるが、それだけじゃなさそうだ。こういってはなんだが、君は話も通じるし、まあまあ謙虚に見えるし、なんというか……見た目より弱そうで心配だ」


 ……まあ、本当に謙虚な人は5000兆円欲しいなんて思わないんでしょうけど。

 ただ、認識を改めてくれたのはありがたい。


「俺もこのまま君を一人にするのはいささか不安になってきた。せめて、街に行くまでだけでなく、この国の暮らしで生計が立つまでは、君の面倒をみよう。騎士の仕事は割と融通が利くから、困った時はいつでも呼び出してくれ」

「え? 本当ですか⁉︎」


 やったー! この世界の案内役(長期)をゲットしたぜっ!

 少しだけ安心できる材料を得た私は満面の笑みで男の顔を見る。


「対価は?」

「は?」

「だから。いくらで? 案内してくれるんですか?」


 問い詰めるような口調でいうと、フリッツさんは目を微かに大きく開けた。無表情男の表情が少しだけ動いた瞬間だった。

 私だって一端の商売人としての良心くらいある。お金が掛かるだけの手間を割いてくれた人に対して、料金を払うのは当然のことだ。


「いや……。特に対価を求めようとは思っていなかったな……」

「えっ! そうなの?」


 顔色は全く変わらないが、声音から少し困っている様子が伝わってくる。


  ……もしかして、この人。はちゃめちゃにいい人なのか?


 王家に仕える騎士ということは、きっといいとこのボンボンなんだろう。きっと貴族かなんかだ。違いねえ。

 良家に生まれてすくすく育った御子息様ってやつはこんなにも根が真っ直ぐなのだろうか。


「うーん。じゃあ、私が何か職につけたら、お礼をしますね!」

「お礼などいらないのだが……。そういえば聖女殿。あなたのことはなんとお呼びすれば?」

「ああ、つむぐと呼んでください」

「ではつむぐ殿。早速、街にいきましょう。さっさと行動しなければ日がくれてしまいます」


 そう言って、フリッツ様は歩き始める。私も慌てて後ろをついていく。


 はあ……。異世界旅行がこんなにハードモードだとは思わなかったぞ……。


 ……さーてこれからどうするか。


 心配なことは山ほどあるけれど、とりあえず街に行ってから考えるかな。




次は五時ごろまたあげまーす!

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