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【おまけ】本と手紙とチャチャの受難2


 チャチャへ


 こんにちは、つむぐです。こうやってチャチャにお手紙を書くのは初めてだね。


 チャチャが家にいた時は、直接話せばよかったから必要なかったけれど、チャチャがひとり立ちしてからは、なかなか顔を合わせることも少なくなって……それがちょっと寂しかったから、こうやって今日、お手紙を書いています。


 いきなり手紙なんて送ってきたから、びっくりした?


 でもね、大した用事はないの。

 特に大きく変わったこともないし、スノードロップの方もチャチャが新しくバイト希望のジカちゃんを紹介してくれたから、うまくまわっているよ。(その節は本当にありがとう! 自分のお店のことで忙しかった時期なのに、後任の子まで紹介してくれて……チャチャには頭が上がりません)


 今思うと、お店を閉店したあと、チャチャと二階のリビングの白いソファで、二人並びながらココアを片手に、今日あった出来事だとか、今後の季節商品作りの作戦会議をしていた時間が、とっても尊いものだったんだなあって実感します。


 あの時は、すっごく楽しかったね。

 今でも、あの時間は私の宝物です。


 そういえば、今のチャチャはものすごく忙しいってレフィリアさんから聞いたよ。ミファーナさんとの新しいお店、ものすごく流行っているんだって?この国に住む人たちはお茶の時間と本を読む時間を大切にするから、絶対流行るとは思っていたけれど、流行りすぎちゃって、次の日の仕込みや準備で家に帰れない日もあるって聞いた時にはびっくりしちゃった。


 チャチャの体が心配なので、このお手紙の魔法陣と一緒に今年作った梅ジュースや、生姜の佃煮、マノン薬草店と共同開発中の新フレーバーのお茶なんかを同封して置きます。疲れてヘトヘトになった時でも、何か食べないとダメだよ?


 ふふふ、これってお母さんの仕送りみたいじゃない? 実は私、こういうこと、やってみたかったんだ。

 してもらう側じゃなくて、する側になるのも、結構楽しいんだなって、今回初めて知ったよ。


 もう少し落ち着いたら、そちらにも遊びに行きます。その日が今から待ち遠しいです。


 つむぐより



「わわわ! つむぐしゃ〜ん」


 あんまりにも嬉しくって小さな頃に呼んでいたみたいに、したったらずな名前の呼び方で叫んでしまう。

 

 つむぐさんはあたしの命の恩人だし、師匠だし、お姉ちゃんだし、お母さんだし……。もう本当に感謝してもしきれないくらい、大好きな人だ。


 きっと、あたしが疲れているのを見越してこれを用意してくれたんだろうなあ!

 もうっ! ほんと女神〜! じゃなかった! 聖女様だった! ……普段忘れがちだけど!


 あたしは手紙に向かって思わず頬擦りをしてしまう。

 するとひらりと小さい紙が落ちる。


「ん? もう一枚手紙が入ってる……」


 それはあの男の筆跡だった。


『ミファーナが面倒かける。フリッツ』


 …………。


「は?」


 怒りで、手紙を持つ手が震えた。


「あんたに頼まれなくても、こっちは勝手にやりますよ!」


 くっそ〜! 元はと言えば、あんたの家の家族がミファーナを甘やかすからこうなったんでしょう!


 もがもがあ〜! とはらわたが煮えくりかえり、フリッツが書いた手紙だけ引き抜いてぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に放り投げる。


 怒りで口からはふうふう熱い息が漏れていた。


 ふふふ……今に見てろよ……。あんたに言われなくとも、こっちは完璧にやったるわあ!


 それに、いつかつむぐさんが店に来たときに、完璧な状況で迎えたいもの。

 それで、つむぐさんに『わあ! チャチャ。素敵なお店だねえ!』って言ってもらうんだ!


「よし! 明日から有無を言わさず、ミファーナをしごいてやる!」


 それまでの疲れなんか、どこかに飛んでいってしまったあたしの中には、燃え盛る闘志が渦巻いていた。



 翌日。


 今日という今日は……ミファーナにガツンと言ってやらなくちゃ……。


 あたしは近くを通りがかったクリスカレン百貨店の警備員がひっ! と声をあげてしまうくらい鋭い目つきで、店内に向かう。


 ミファーナが来る前に今日、なんていってやろうか考えようと思ってだいぶ早めに出勤していた。それなのに彼女は出勤時間よりもだいぶ早い時間にもかかわらず、もう支度を終えて店にいたのだ。


 いるだけじゃない。何か……やってる?


 あたしはミファーナに気づかれないように息をひそめなからスタッフルームの中からミファーナを覗き見る。ミファーナは店の入り口付近に設置された、お客様が入店順番待ちをするスペースに小さな本棚を運んでいた。


「何やっているんですか……?」


 あたしが声をかけるとミファーナはビクッと肩を揺らした。


「あっ。お、おはようございます……。あっあの! これですか? これはっ、最近お客様が多くて、入店待ちになってしまう方が増えてきたので……。これを置けば、皆さんに待つ時間も少しは楽しんでもらえるかと……」


 ミファーナはか細く、震える声であたしの方に紙の束のようなものを見せつけてきた。

 あたしはそれを見て、目を見開く。


「これって! まさかあんたの新作!?」

「い、いえ……。昔、書いた習作で……家にこんなの、たくさんあるから持ってきただけで……」

「家に!? たくさんあるの!?」


 ミファーナは貴族だから、平民のあたしは敬語を使わなくちゃいけないのに、興奮して言葉が崩れてしまった。……もう敬語使わなくてもいっか。めんどくさいし。一応共同経営者で同じ立場だし。


「そ、そうですけど……」

「読みたい! 読ませて!」

「えっ」


 あたしはどうしていいか分からずキョドキョドするミファーナなんかちっとも気にせず、紙の束をひったくる勢いで読み始める。


「す、すごい……この話『センティカの冒険』の大元になっているんじゃ……」

「あ……、そうかもしれません。これを書いていた頃、ちょうど冒険の話を思いついた頃で……ちなみにこっちもその続編になっていて……」

「!? そっちも? 見せて!」

「はっはい」


 一気に読み終わったあたしはミファーナに向き合い、彼女の手をガッととり、勢いよく言った。


「ファンです!」

「へ……?」

「ずっと前から、あなたのファンでした!」


 そう。あたしがめんどくさそうな匂いしかしないのに、このカフェの共同経営者になったもう一つの理由。


 それはミファーナが書く物語の大ファンだったからだ。


 あたしが本を読み始めたのは、つむぐさんのお店で働き始めた頃。お給金を十分にいただいて、衣食住に困らなくなったあたしは、今までに馴染みのなかった読書にチャレンジしてみようと思って、本屋に向かった。その時平積みにされていたのが、ミファーナの本だったのだ。


 一冊読んで、物語の世界観にはまり込んだあたしは貪るように既刊を読んだ。

 ミファーナの書く物語は、言語の選び方と組み合わせ方が美しく、そのシーンが目の前に展開されたかのように鮮やかで、あたしは夢中になった。


 なんて素敵な物語なんだろう!


 本の世界に虜になったあたしはいつかこの気持ちを作者に伝えたいと思っていた。それと共に、この感動を他の人にも布教したいと思っていたから、新しい店を開くと聞いて、その話に飛びついたのだ。……まさか、あんな勇敢な冒険者の話を書く人が、こんなキョドキョドお嬢ちゃんだとは思わなかったけれど。


「チャチャさん。いつも私……迷惑ばっかりかけちゃってごめんね。わっ私も本当は、もっとこの店のためにできることをしたいし、役に立ちたいんだけど……いざ、お客様の前に立つと、体が動かなくて。でも頑張らなくっちゃいけないから、少しでもできることをと思って……これを持ってきたの」


 ミファーナは初めてあった時みたいに震えていた。

 多分、これを言うにも、すごく勇気が必要だったんだと思う。


 ……こういうところがあるから、あたしはミファーナを嫌いになれないのだ。

 なんていうか、末っ子気質でかわいいんだよなあ。


「いいよ。別に。あんたが頑張っていることくらい、あたしでもわかるから」


 ガツンといってやろうと思っていたのに、あたしはまったく反対のことを言ってしまっている。


 あ〜あ。

 こんな様子じゃ、あたしはこれからもすっごく頑張るしかないのか……。


 あたしが脱力していると、ミファーナがつかんでいた手をぎゅっと握り返してきた。


「私、これからも頑張るから! 苦手なこともできるようになるから! だから見捨てないでっ!」

「ミファーナ……」


 必死な表情だった。なんだか、可哀想なくらい。


 人と向き合う時、ミファーナはいつも、誰かから責め立てられているような仕草を見せる。


 っていうか、よくよく考えてみたら、ミファーナってどうしてこんなに壊滅的に客商売に向いてないのに、こんなことやってるんだ?

 あたしはミファーナの立場になって考えてみる。


 ミファーナの書く本はこんなに面白いのに、どうしてそれ以外のことを彼女の家族はさせたのかな? 貴族だから? 人の上に立たないといけないから? 人と話ができないとダメだから?

 ……わっかんないなあ。


 そう思った瞬間、あたしは何に怒っていたんだか分からなくなった。


「なんであたし、ミファーナに頑張らせようと思ってたんだろう……。そもそもミファーナが頑張り続ける必要ってどこにあるのかな?」

「え?」


 ミファーナは不安そうな顔をしてこちらを見ている。


「こんなに一部分に特化している人を、苦手分野で頑張らせる必要、なくない?」


 あたしがそういうとミファーナはポカンとした顔をしていた。



ラスト一話で終わります。

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