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57 エピローグ


 私がこの世界に残ると決めてから三年が経った。


 私は相変わらず、花屋『スノードロップ』の店主として働いている。


 あれから特に変わったことはないんだけど……。

 何かあったかな……。


 私はそう言えるくらい平和に、のんびりと暮らしを送っている。


 あ、そういえば魔術が得意なフリッツさんに手伝ってもらってお母さんが作った箱庭の隣にもう一つビニールハウスを建てた。


 今まで売っていた種類の花は昔の花屋のラインナップだったわけだし、お店をやるには十分なんだけど、私自身がずっとお店で取り扱ってみたかった花やこの国の人たちが好みそうな花を店頭に並べるために、栽培施設を作ってもらったんだ。


 だから、今店頭に並ぶ花たちは、より私とこの国の人たちに合ったものに変化している。


 私は三年経ってやっと『自分』っていう軸がわかる店づくりができるようになっていた。


 それと……。さっきちょろっと出てきたけれど、フリッツさんとはあの後、正式にお付き合いをすることになった。

 恋愛初心者の私に付き合って、ものすごーくゆっくり関係性を作ってくれたフリッツさんには感謝しかない。


 それで最近、そろそろ結婚しようかという話が出ているんだけど……。


「初めのうちは通い婚になりそうだな」


 二階のリビングで、お茶を飲みながら、フリッツさんがいう。


「そうですね。この家にフリッツさんが住むスペースはありませんし、かといって私がフリッツさんの住む官舎に入るのも……。花屋の朝は早いですから、お店への移動が大変ですし」

「その前に日取りが決まったら、正式に王に結婚の許可を取らなければ……」

「ははは。あんな人、ほっとけばいいんですよ」


 王様とはあのあとも何回か会う機会があった。でも、やっぱり父親だとしても離れている期間が長すぎたのもあるし、そもそも私がもう二十歳を超えていたこともあって、父親と言う存在そのものに、求めることが何もなかった。


 王様自身は子供時代の私に対して、何もできなかったことを悔やんでいて、今できる限りのことはしたいと思っているらしいけどね。


 それと、最近国の研究機関が調べてわかったことなんだけど、私が触った花には私の『聖女由来の不思議な力』が少量含まれているらしい。その花を飾った人たちは、ほんの少し幸福感が増すことがわかっていて、それが回り回ってこの国の治安維持にも役立っているんだって。だから、王様的にはそれに対する褒賞も与えたいらしいけど……。


 ぶっちゃけたところ、その話を聞いた私は『いや、知らんけど』と、しらけた気分になってしまった。


 私の聖女としての力以前に、花は誰かを少しだけ元気にしたり、慰めたり、幸福にする存在でしょう?

 だから、この国の人が幸せになったとしたら、私のせいじゃないし、花のおかげだと思う。


 あと、花なんてすぐに枯れてしまうような儚くて手間がかかるめんどくさいものを、それでも美しいのだと愛する人がたくさん住んでいることがこの国の治安が安定している原因なんじゃないかなって思っている。

 慈しみを知っているこの国の人たちの心の豊かさが、豊かな国づくりの礎になっているって考えた方が無難なんじゃないかな。


 きっとこの国は変わらない。王女様が王座についたら、今よりも、もっと穏やかに、国の歴史は紡がれていくと思う。


 私がドレスや宝石を欲しがる類の女の子だったら、王様も貢ぎがいが有ったんだと思うんだけど、そういうの全然興味がないしなあ。


 とりあえず、箱庭の隣に建てたビニールハウスの建設資金は王様に出してもらった。もっと必要なものはないか、と尋ねる手紙が今でもたくさん来ているけれど、その度に『必要なものは全て揃っています』と書いて送り返している。


 ちなみに、たまに顔を合わせるようになった王妃様は私の結婚をまるで自分ごとのように目を輝かせて喜んでくれた。

 その表情がなんだかやっぱり私のお母さんに酷似していて……。私の頭の中にはありえない仮説が浮かんでしまっているんだけど……。それが実際どうなのかは本人に聞いていない。


 本人が言い出さないのだから、私は性急に知りたいとは思わない。なんらかの運命の巡り合わせでそのうちわかるかもしれないし、楽しみは後に取っておくことにした。


「結婚の知らせをせず、放っておく? いやいやそうはいかないだろう……」


 私の王様への塩対応に対して、フリッツさんは頭を抱えていた。


 そうだよね。近侍騎士のフリッツさんにとって、王様って直属の上司だもんね……。報告するだけなのに、妙なプレッシャーかけられそう。


 これからどうやって王様から逃げていこうかな……。


 二人ともそれぞれ違う理由で暗い顔をしていると、一階でアレンジメント作りの練習をしていたチャチャが戻ってきた。


「あのぉ〜……、今よろしいでしょうか?」


 チャチャはこの二年間で背丈がぐんと伸びた。

 もともと、獣人は大きい人が多いみたいで、今じゃ私よりも10センチほど高い。

 語尾の『す』が言えなかったり、あた()、といいたくてあた()になってしまったりする言葉の癖も大人になったらすっかり直ってしまった。ちょっと寂しいような気がするけれど、同じ家に住む家族としては成長したって喜ぶべきだよね。


「私は席を外した方がいいか?」


 フリッツさんが真面目な顔をするチャチャに気を遣って、席を外そうと腰を浮かせたが、チャチャは断りを入れる。


「いや、癪ですけど、あなたも一緒にいてください。今日はつむぐさんに……店長にお話があります」

「なあに?」

「あたし、そろそろ独立しようかなと思っているんです」


 独立。

 私は、その言葉にさほど驚かなかった。チャチャの花屋としての腕前はもう独り立ちができるレベルになっていたからだ。


「その様子だと……出店先にあてはあるのか?」

「はい。実はクリスカレン百貨店の方と、ミファーナさんから出店のオファーを受けています」

「うちの妹たちか……」


 現在クリスカレンの総支配人はフリッツさんの三番目の妹さんが務めている。ミファーナさんというのは、フリッツさんの六番目の妹さんのことで、彼女は本を出版する度にベストセラーになるような大人気の小説家さんだ。

 でも、小説家さんがなんで花屋さん? と頭上にはてなを浮かべてしまう。


「はい。ミファーナさんから一緒に花に飾られた空間で本が読めるカフェを作らないか、という提案を受けまして」

「何それ! すっごい素敵!」


 ブックカフェとフラワーカフェが融合したお店ってこと!?

 楽園じゃんっ!


 私は聞いただけなのにもうそのお店に行きたくなっていた。


「素敵ですよね! あたし、つむぐさんと一緒に暮らしていく中で、自分がお茶が好きだってことと、その材料になるハーブを育てることが好きだってことに気がついたんです。だから、ミファーナさんからこのお話を聞いた時にすごくわくわくして、挑戦してみたいと思ったんです。それに……」


 チャチャは何かを思い出すように、視線を伏せた。


「あたしの両親がクリスカレン百貨店で働いていたので、あたしもいつかクリスカレン百貨店で働くことが夢だったんです」


 チャチャの目は輝いていた。私はそれが見られただけで嬉しくなる。


「私も絶対挑戦した方がいいと思う! 応援するよ!」


 私からの後押しがもらえたことに安心したのか、チャチャはリラックスをした表情を見せた。


「ありがとうございます! 花の仕入れはこのお店からしたいと思っていますので、これからもお取引先としてお世話になり続けると思いますが、よろしくお願いします」



 チャチャは独立を機に一人暮らしを始める。

 となると、三階が一室空くわけで……。


 お店がある建物に一人で暮らすのは危ないというチャチャの助言もあり、チャチャと入れ替わりでフリッツさんがこの家に暮らすことになった。


 ちょっと寂しいけれど、嬉しくもある変化だ。


 私たちの生活に永遠なんてない。この三年間と言う短い期間の中でも私たちにはいろんなことが起こった。

 日々は少しずつ変化して、形を変えていく。


 きっとこれからもうまくいくばっかりじゃない。

 そのうち、フリッツさんとはド派手な喧嘩をするかもしれないし、お店がうまく行かなくなることもあるかもしれない。


 それでも、頭をひねって、工夫して、その状況を打開する様に努力し続けたい。


 自分の手に余る様だったら、得意な人に甘えてもいいし、私には支えてくれる仲間もいる。


 仲間が折れそうだったら、私は駆けつけて、今まで支えてくれた恩返しになるように、力を貸しに行きたい。


 そういうしなやかな生き物に私はなりたい。


 ——これは私による、私だけの物語だから。



 異世界花屋『スノードロップ』

 慰めと希望という花言葉のスノードロップが目印の私の大切なお店。

 ここには私が選びたかったものの全てが宝物のように詰まっている。


 これまでもこれからも、私は死ぬまで、大好きな職業だと付いた花屋さんとして胸を張って生きていくんだ。



 ぜひ皆さんも、紫色の瞳を持つ、たおやかで美しい女神様に導かれて、この国に来た際は、王都の目抜き通りの端っこにあるこのお店に立ち寄ってみてくださいね。

 赤茶色のレンガ造りの三階建て、黒い鉄でできたスノードロップの紋章の吊り看板が目印です。


 満開の花たちと一緒に、あなたのご来店をお待ちしております。



最後までお読みいただきありがとうございました!


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