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54 同士たちの結託


 王女様の式は、なんの問題もなく終わった。


「びっくりするほど、心が穏やかになって……わたくしは幸せだ、と感じさせられるような式でした」


 そう、王女様が感想を伝えにわざわざきてくれるくらいに。

 私はちょうど式で使われた、花材の撤去を行っているところだった。チャペルを見上げながらあとどれくらいで撤収作業が終わるかと考えていた時、後ろから軽く肩を叩かれ、振り返るとそこには、ドレスを身にまとった王女様がいたのだ。


「今、ちょっとお話できるかしら」

「……ええ、大丈夫ですよ」


 びっくりした。

 震える声でそう言った私は手を止めて、王女様と向き合った。


 式は、王女様が希望した人間のみを招待した、こじんまりとしたものだった。王女様は、思っていた通り、王様を呼ばなかった。


 私もそれでいいと思った。

 それが正解だと思った。


 その代わり、王妃様は招待されていて、私は初めてそのお姿を目にすることになった。

 王妃様は不思議な人だった。


 きっと私の存在を不快に思っているだろう、と内心怯えていたのに、彼女が私をみる目はびっくりするくらい優しくて、慈しみに溢れていた。嘲りや憎しみはかけらも感じられない。

 私は一瞬、その瞳のあたたかさに自分のお母さんを思い出してしまった。母というものはこんなにも心が広いのだろうか。それにしても違和感がある気がするけれど。


 王女様はゆっくり、言葉を選びながら、私に感想を伝えてくれた。


「わたくし、今日の式をあなたが思う形にしていい、と言ったでしょう? だから、とんでもない式が用意されるんじゃないかなって思っていたんです」

「とんでもない式?」

「ええ。報復の形を表したものだとか」


 とっぴな発想に言葉を失う。


「ええ!? そんなことしませんよ? 私がどうして、そんなことをすると思ったんですか!?」

「恨まれているんじゃないかと思っていたからよ。わたくしがあなたを羨んでいた様に。……わたくしが同じ立場だったら、報復をするかもしれないと思ったからよ」


 王女様は真っ直ぐに私を見ていた。


「そんなこと、するわけないじゃないですか……」

「ごめんなさい。わたくし、心のどこかで異世界にいる自分の姉にあたる人、はわたくしの今置かれた窮屈さなんて一ミリも感じていない幸せな人だと勘違いしていたの」


 私は目を見開く。

 王女様は眉を八の字に下げながら、ぽつりぽつりと今までの生活について話した。


「父はわたくしと母のことを蔑ろにしていたわけじゃないの。……でも、そこにあたたかな温度は存在していなくて……どちらかというとその振る舞いは義務を果たしているようにわたくしの目には映ったわ」


 私はその言葉で、王様と向かいあった時のことを思い出す。


「近くにいるわたくしより遠くにいるあなたの方がよっぽど父に愛されていたの。それが、悔しくて悔しくて……たまらなかった。どうして私はあなたの目の前にいるのに愛してくれないの? って。でも、あなたとあって、話してわかったんです。遠くのあなたは父の愛を受け取っていたわけではなかった。父の愛情はどこにも届いてなかった。そんなあなたが父の近くに現れても、あなたは父の愛を受け取らない。……ふふふっ。あんなにしょんぼりした様子を見せる父の姿を初めてみました。こんなこと言ったら、失礼ですけど、面白かった」


 その言葉にハッとした。


「もしかして、私が王城で王様とあった時のことを見ていたんですか?」

「ええ。見ていました」

「ならわかったでしょう。王様は私を愛しているわけではないということを」


 淡々というと、王女様は片眉を下げて頷く。


「ええ。父が愛していたのは架空の生き物ね。自分の愛した人が産んだ、想像通りの娘。——そんなものはどこにもいないのに。わたくしはあなたが恵まれた人間だと思っていた。だけど実際はあなたもわたくしも同じような境遇にあったのね」


 私が肯定の意を込めて笑う。

 王女様はそれを受け取って、同じ顔をして笑った。


「私、ずっと父から愛されたかった。でも、本当に私を愛してくれる伴侶を手に入れてから、私は何を欲しがっていたのだろう、と今までのことが馬鹿らしく思える様になったの」

「王女様はご自分の力で王様への思いを断ち切り、愛する人を手に入れたんですね。それってすっごくかっこいいことだと思います」

「わたくしはあなたの方がかっこいいと思うわ。誰も知り合いのいない異世界に一人で落とされて、お店を作るなんて考えられない」

「そんなすごいことはしていませんよ。みんな……周りにいた優しい人たちが協力してくれたおかげで成し遂げられたことですから」


 私が思ったままのことを伝えると、王女様は眉を動かす。


「でも、素敵な人が集まって来るのはあなたの人徳だと思うわ。素敵な人じゃないと助けたいだなんて思わないもの」

「それをいうなら王女様だってそうでしょう?」


 王女様はたくさんの人に慕われている。国の人にも、教会の人にも、彼女の伴侶となった庭師にも。


 今日、結婚式の中で、王配様が王女様を見つめているのを見て、びっくりした。


 あんなに人は優しいまなざしを向けることができるのか、とこっちがびっくりしてしまうほど、蕩けそうで、王女様のことを心から大切にしていることがバレバレなまなざしだった。


 彼女は一番大切なものを手に入れているのだ。

 

 そんなことを言っている間に、なんで私たち、お互いを褒めあっているんだろうと言う気分になってきた。あ、これ、姉妹の会話だったと、気がついたら、なんだか気持ち悪い様な気がしてきた。


「きちんと腹を割って話すのはこれが初めてなのに、お互いのことを褒めあってばっかりってなんだか不思議ね」


 王女様はそう言って笑った。そこには一切の不信感もなく、柔らかな微笑みだけがあった。


「きっと急に今日からわたくしのことを本当の妹だと思ってくださいだなんて言っても、あなたは困ってしまうでしょう? ……でもわたくしはあなたという人間にとても興味があるんです。繋がりがなくなってしまうのは悲しいわ。ですから、今のところは結婚式でたまたま出会った共通の友人がいる知人くらいに思ってくれませんか? それでいつか、あなたと親しい人間になれたら……お友達のようになれたら嬉しいわ」

「……はい。私もあなたともっと親しくなりたいです」


 私と王女様の間には、長年のわだかまりが解けたような柔らかなあたたかさが広がっていた。


「あと……お節介を言うようで申し訳ないんだけど、あなたフリッツの恋人なんですって?」

「恋人ではないです……私の決心がつかなくって待っていてもらっている様な状態なので……」


 そういうと、王女様はえっ、と訝しむように右眉をピクリとあげた。


「……忠告しておくけれど……。あいつ、とんでもなくモテるわよ」

「え?」


 私は王女様の言葉に固まる。


「だってよく考えてみて? あいつ、わたくしの婚約者候補でもあったのよ! ……本人は立候補してなくて、周りが囃し立てただけだし、それについてはしっかり断ったけれど」

「断ったんですか?」


 私にしてみれば、そちらの方が不思議だった。


「わたくし、フリッツは好みじゃないの。だってあの男、わたくしが頑張って頑張ってやっとできるようになったことを簡単にやってのけて、できないわたくしを見て『王女様は私よりはるかに優秀なはずなのに、どうしてできないんだ?』とか、平然と言ってくるのよ!」

「う、うわあ……」


 自己評価低い人あるある、できない人が何故できないか理解できない……だ。


 フリッツさん、それを王女様に対してもやってたんだな……合掌。


「でも、出来がいいから、貴族の女性たちにはとてもとても人気よ」


 そ、そうだよね……。私よく考えたらとんでもない人を待たせているんじゃないだろうか。


「自分に好意を持っている人が永遠に自分を待っていてくれている……なんてことは絶対にありえないの。フリッツだって、今日まではあなたのことを思っていても、明日にはそれを覆すくらい強烈な運命の恋に落ちてしまうかもしれない」

「っ! そんなの! 絶対に嫌です」

「だったら、早く、とっ捕まえておきなさい!」

「は、はい!」


 私は背中を押された気がした。

 この仕事が終わったら、フリッツさんを自分からデートに誘おう。フリッツさんはいつまでも待つだなんて、言っていたけれど、この世に永遠なんてものがないことは誰よりもよく理解している。


 王女様とのお話が終わって、フリッツさんに会ったら、ちゃんと伝えよう。

 フリッツさんに。私のことを。今、私が彼に求めていることを。嘘偽りなく。



 私は王女様とそこでお別れをして、会場の片付けに戻る。


 会場にいるはずのフリッツさんはなかなか見つからず、撤収作業をしながら周りを見渡していると、いきなり妙な浮遊感が私を襲う。

 なんだろうと思って足元を見ると、先ほどまで地面が広がっていた足元が、真っ白に塗り尽くされていた。


「え?」


 広がるのは白い奈落。

 私は、どこかへと落下して行った。




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