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52 父親との対面


 えっ! こんな白昼堂々、不審者!?


 私は危険を察知して、腕を振り払おうとしたけど……。思いの外力強い。つかんできた人はどうやら男性のようだ。鍛えていない女の力では振り解けなかった。


 こわいこわいこわい! どうしよう!


 私が焦って、何が何だかわからなくなり始めた時だった。なんだか聞いたことがある声な気がした。


「つむぐ様! 私はあなたの敵ではありません! 私の顔をよく見てください!」


 その声を信じて恐る恐る目を開けるとそこには見覚えのある水色の髪……。


「ケ、ケヴィンさん……?」


 そこには、花屋『スノードロップ』の建物を借りた時に、その場にいた、王の資産管理を担当しているケヴィンさんの姿があった。


「いきなりご婦人の手を引っ張る様な真似をしてしまって申し訳ありません。このような手荒な真似をしたくはなかったのですが、フリッツの監視が思ったよりもキツくて……あいつ、ほんとねちっこい防衛と監視の魔法陣使いますよね……見た目のそっけなさに反して執着が激しいんだから……はー。やんなるわー、まったく」


 ケヴィンさんはどんどん小さくなる声でボソボソ話す。


「で、でもどうしてあなたが……? なんの御用で?」

「私はみなさんより長く生きておりますので、城の抜け道や街の人攫いスポットを熟知していますからね。こういう時は王から使いに出されるんですよ」

「は、はあ……。そうなんですか?」


 待って。

 ——人攫いスポットってなに?

 私は言葉に詰まる。怪しさがフリッツさんの比じゃない。


 ケヴィンさんは私が動揺していることに気が付いたのか、私の顔を観察するみたいにじっと見つめた。そしてそれから、ああ、これが人間がもっとも安心する笑みだった、装備するの忘れてたーと急に思い出したかの様に、細部まで計算され尽くした、人のいい笑顔を表面に打ち出した。


 ……怖。


 背筋がゾワっと粟立つ。なんでなのか分からないけれど、お化けと話しているみたいな奇妙さを感じてしまう。


 多分、ケヴィンさんは人が良さそうに笑ってはいるけれど、敵にまわすと相当厄介な人なのだろう。

 例えば、私が今この場から逃げ出そうとしたら、ケヴィンさんは私の骨を折ってでもこの場に止めようとすると思う。


 そういう予感をめちゃくちゃ感じる。


「それで……。ケヴィンさん。私になんの用でしょうか?」

「王が直接あなたに会いたいと仰せです」


 私はその言葉にヒュッと息を呑んだ。


 ついにきた。


 まだ心の準備はできていないけれど、いつか呼び出されるんじゃないかとは思っていた。

 まさかフリッツさんからの告白騒ぎで心がごちゃついているときに呼ばれると思ってなかったけど。


 なんでこんなにタイミングが悪いの?


 ——心の中でまた王様のことが嫌いになった。



 ケヴィンさんは私を紳士的に王城へと案内してくれた。


 王都から王城までは結構距離がある。今日中に帰れるかな、と心配に思っていると、ケヴィンさんは王城の方角に進まない。何をしているのか、最初は不審に思ったけれど、途中でその意図に気がついた。


 ケヴィンさんは決まった順路を歩くことで、王城にたどり着く、仕組みを起動させているのだ。


 まるでフリッツさんといった、隠れ家カフェへの道順みたいだ。こんな王都の街中にも、王城へと向かう仕組みがあるのだと驚く。


 覚えきれないくらい、たくさんの手順を足で踏むと、ふわりと体が浮き上がった。


 そして——気が付いた時には私は王城の中に入っていた。


 私は突然の場面転換にパチクリと目を瞬かせていた。


 うわっ。物語に出てくるお城みたい。

 そういえば、この国に一年近くいるけど、王城には初めて入るなあ。


 王城は、最初に私が召喚された神殿のように、神聖な空気に満ちていた。内装はモスグリーンに白を加えた様な緑と似た系統の青で統一されて、どこもかしこも品があって美しい。いつもよりおしゃれな格好をしている今日でさえ、私はこの空間に馴染んでいない。


 どんどん気分が沈んでいく私の気持ちなんかちっとも気にしない様子で、ケヴィンさんは最奥へと、私の手を引いてスタスタと歩く。


 私は豪奢な『ここに王様がいるんだな』とどう見ても一発でわかる様な、扉の前に立たされた。


「さあ。王はあなたの到着を今か今かと待ち望んでおられますよ」


 じゃあなんで今更? と困惑したまま中に入ると、いつか見た様に、素敵な貴族服をきた王様が王座に深く腰を掛け、尊大な態度で待ち構えていた。


「ああ……君が……」


 そう呟いた王様はなぜだか、目を潤ませていた。この世界に呼び落とされた日、私を見ていた冷たい目とは、まるで違う質の表情。


 そのあまりの手のひら返っぷりに、私は嫌悪感を覚えてしまう。


「……どうして今日、私をここへ呼んだんですか」


 私がゆっくりと口を開くと王様は鼻を啜りながら答える。


「君に……。私の娘に会いたかったからだ」


 娘。

 その言葉がびっくりするほど無機質に思えた。

 私の心を震わせる要素がどこにもない。


「……そうですか。じゃあ、どうして私を召喚した日、あなたはあんな冷たい目で私を見ていたんですか?」

「私はもう一度チセコをこの世界に呼び出したかった。しかしまさか君が……チセコが産んだ私の娘だとは気が付かなかったんだ」


 王様は王らしい、威厳のある低い声で言う。


「君の姿を見たとき、私はチセコをもう一度呼び出すことはできなかったのだ、と落胆した。しかし、よくよく考えて見ると、君はチセコに似ていることに気が付いた。それで……チセコが消える時に、彼女が妊娠していたといったものがいたことを思い出し、君と私の血縁関係を魔術具で調べた……」


 なるほどね。だから急に私を呼び出したわけか。

 理由がわかってスッキリしたと同時に、がっかりした。


「私は君に聞きたいことがある」

「なんですか?」

「チセコは……。元気にしているだろうか」

「母は亡くなりました。一人でお店を切り盛りしながら私を育てて……無理が祟って」


 王様の顔面がわかりやすく青くなった。


「死んだ?」

「ええ。母の周りに彼女を助けてくれる人は一人もいませんでしたから」

「そうか……。私は間に合わなかったのだな……」


 王様は体のそこから絞り出すような、苦しそうな声で言った後、私に向き合った。

 そして、信じられないことを口にしたのだ。


「私は同じ過ちを何度も繰り返したくはない。君を私の娘として公表して、王女として迎え入れたい」

「…………はあ?」


 一瞬、時が止まってしまったかと思った。


 え? 今、この人なんて言った?


 こんだけ私を放置して、自分で自立できるだけの基盤をこっちが手に入れたところで、自分の娘だってわかったから、迎えたいだあ?


 そんな、都合のいいこと受け入れられるか。

 何この人、頭沸いてんの? わけわかんない!


「あんたの都合に合わせてられるかっ!」


 私は相手が偉い人だとか考えないで、睨みつけて、心に正直なまま悪態百パーセントの言葉を返す。


 すると何故か、王様は嬉しそうに顔を緩めた。


「やはり、君はチセコの娘だな……」


 冷たくされて頬を染めるな! 気持ち悪い!


 やばい。私の父親って変態だったのかな……。

 まさかの事実に寒気がしてきた。


「君はやはり違う。従順でつまらない我妻や娘たちとは違う……」


 ——その一言で全てを悟った。


 王女様の諦めたような冷たい表情。私を見るときの羨むような目。

 この人は、一番近くにいたはずの大事な人を大切にできない人なんだ。


 この野郎。一発殴ってやりたい。


 目の前の憮然とした男に対して、焼けるような怒りが、体のそこから湧き上がるように襲ってくる。


「目の前の人間を大切にできない人間なのに、私のことは大切にできるって……? ……馬鹿なこと、いわないでくださいよ」


 私は殴りかかりそうな感情を何とか鎮めながら、声を震わせていう。

 しかし、王様はそれを喜びだと勘違いしたらしい。火に油を注ぐ言葉を重ねてくる。


「君には可哀想なことをしたと思っている。その分、君を今から幸せにしたいと思うのだ。私とチセコは間違いなく愛しあっていた。愛していたから、君が生まれた。君は愛する二人の間に生まれた大切な子供だ。間違いで生まれた子なんかじゃない」


 ——それは私がずっと欲しかった言葉だ。


 私は小さい頃、ずっと自分の父親があらわれた時には、この言葉をいって欲しいと思っていた。

 自分で自分を守ることができない、幼くて弱い私の代わりに、頑丈な盾みたいに私の前にいて欲しいと思っていた。


 ——でも、気が付いてしまった。


 今、大人になった私はこの人をこれっぽっちも必要としていないことに。

 手を伸ばす側にも、施しを受ける側にも、ちょうどいいタイミングがある。私が助けを必要としていた季節は、もう、とうの昔に過ぎ去ってしまったのだ。


 この王様が口を開くたびに「癪だ」と切り捨てたくなる気持ちが噴射口の様に湧き出してくる。

 私はこの人を軽蔑している。父親だって思いたくないくらいには。


「母が使っていた建物の使用許可をくださったことには感謝しますが、私はもうこれ以上のことを望んでいません」

「っ!」


 王様が絶望した顔になる。

 それを確認した上で、私は追い討ちをかけるように言葉を続けた。


「これ以上のあなたの助力は今もこれからも、一切必要ありません」


 私はそれだけ言い残して、王様に背を向けて歩き始めた。




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