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51 恋という得体の知れないやつ


「え……。ちょっと……まってください」


 このタイミングで、こう畳みかけてくるとは思っていなかった私はワタワタしてしまう。


「まさか気がついていないわけではないだろう? 私はかなり露骨にアピールをした覚えがあるが」


 うっ……。それは……。

 言葉に詰まる。


 全然気が付かなかったといったら嘘になる。


 フリッツさんは、私と店のことを支えてくれたり、いろんな人を紹介してくれたり、私のことを思ってたくさん行動してくれていた。


 デート発言もしていたし……。


 私に対しての好意がなくちゃできないことだとは、気がつきながらも、それは恋愛感情ではないだろう、と心のどこか決めつけて受け入れていなかった。


 恋愛が苦手な私は、恋愛のことを考えないでいる方が楽だから、フリッツさんの思いを無意識に見ない様にしていたんだと思う。


 でもそれは、残酷なことだ。


「私の思いは……つむぐ殿には、受け入れてはもらえないだろうか」


 沈んだ声を聞くだけで、心が痛い。

 悲しい気持ちにさせたいわけじゃないんだ。

 多分、私、フリッツさんのこと、好きなんだと思うし。


 ……でも、もう一歩が踏み出せない。


「私は……。多分、恋をすることが怖いんです。心から」


 そういうと、フリッツさんは何かに気がついた様だった。


「もしかしたら、その怖さの要因は我が国の陛下とあなたの関係にあるのではないか?」


 私は目を見開く。


「……フリッツさんは……全部知っていたんですか?」

「最初は全部推測だ。初めて君の顔を見た時から、陛下と顔立ちが似ているな、とは思っていた。そこから少しその頃を知っている人間と話したりして調べてな……。最初、私は……。なんというか陛下が君を亡き者にしようとしているのではないかと勘繰っていたのだ」


 まさかフリッツさんが知っているとは思っていなかったので、びっくりした。

 でもそれを聞いて、私の心はひどく冷静になった。


「知っているならわかるでしょう? 私がどんな恋の末に生まれた人間なのか。言ってみれば私はこの世界とあちらの世界の間に生まれたバグですよ」

「バグ?」


 フリッツさんは首をかしげた。


「言い換えれば、不具合の原因であり、必要のないものです」


 ずっと思っていたことを口に出したら涙が溢れでそうになってしまった。


 まずい。ここはフリッツさんの友達の結婚式会場だ。

 私は慌てて目元を押さえる。


 フリッツさんの想いは、正直、嬉しい。


 こんなに優しくて、私のことを思ってくれている人が私に好意を寄せてくれるなんて、嬉しくないわけがない。

 私、フリッツさんの真面目すぎて不器用なところも、かわいいな、と思っているし。


 だけど、それでも、恋愛関係になるのは怖い。逃げ出したくなる。


 どうして、どうして私はこんなにずるいんだろう。


 私は感情をぐちゃぐちゃに揺らしながら、お母さんのことを思い出していた。



 高校生になると、周りの友達はみんな恋愛に走った。

 私は恋に溺れることはなく、みんなの様子を冷静な視点でじっと見ていた。

 みんな自分が見えなくなるくらいに、傷つきながら恋をしていて、見ているだけで痛々しかった。


 なんであんなふうに恋をするんだろう。私はそれが分からなかった。


「お母さんって、自分では自分が制御できないくらい人のことを好きになったことある?」


 店を閉めて、遅めの夕食を取りながら、私はお母さんに聞いてみる。


「あるよ」


 お母さんは飄々と答えた。


「え! どんな人?」


 興味本気で掘ってしまった話題に対して、お母さんはカラリとした口調で答えをくれた。


「うーんどんな人かあ。王様みたいにふんぞり返った人だったかな」


 びっくりした。お母さん、趣味、わるっ。


「なんでそんな人が好きだったの?」

「好きになっちゃうと、もうだめなんだよ」


 あの時は意味がわからなくて困惑した。だけど今ならわかる。その末に生まれたのが私だったんだ。



「確かにね、フリッツさん。私はあなたに少しだけ惹かれています。でも、私は多くの人たちの様に、失う覚悟を持ちながら溺れる様に、恋に走ることができないんです。……私は嫌な女だから、心のそこを冷ややかに保って、打算的に考えます。お店のこと、チャチャのこと、王女様のこと……私には優先的にすべきことがたくさんありますから」


 私は乱れる心を落ち着かせながら、冷静さをたもつように心がけながら言葉を吐き出した。


「それはわかりきっている。何も今すぐに一緒になってくれって言っているわけではないからな」


 フリッツさんはなんの問題もない、といった調子で答える。私はその態度を見て、もっと必死にいい募る。


「でも、あなたは王の元で働く貴族です! あなたみたいな立派な立場の人と私が釣り合うわけがないでしょう!?」

「それを言うなら、君は……王の血を引く、王女だろう?」


 そう返されると思ってなかった私は、びっくりして、つい大きな声を出してしまう。


「血が繋がっているかもってだけで、私自身は高貴でもなんでもないですから!」

「……それは私も同じだと思うのだが……。君は色々とややこしいな」


 私の中で何かが切れた。


「ほっといてください! 私はめんどくさいやつなんですよ!」


 勢いよく私はいった。ヒステリックに。心をむき出しに……。でも、そんな私をみてフリッツさんはなんだか楽しそうにしていた。


「何楽しそうにしているんですか!」

「喜ばしいからだよ。いつも人のことを気にして、自分の気持ちを封じ込めるつむぐ殿が私に対して心を開いてくれたことが」

「だからって、そんなに楽しそうにしなくてもいいじゃないですかあ!」


 フリッツさんは私の言葉に対して、驚いたように見えた。


「……最初に出会った頃から思っていたが……。君は私が魔法陣で表情を殺していても、私がどう思っているのか、大体わかるのだな」

「それで隠し通せているとでも思っているんですか? バレバレですよ!」


 そう言うと、フリッツさんはもっと嬉しそうな雰囲気を出した。


「やっぱり。君のそう言うところが好きだ」

「はあ?」


 意味わかんない。何言っているのこの人! と、一人でイラついていると、フリッツさんは急に年長者みたいな口調になった。


「私は待つ。あなたが覚悟を持てる様になるまで」

「覚悟なんて永遠にきまりませんっ!」

「大丈夫だ、覚悟が決まらないなら、覚悟が決まる様に、口説き落とし続けるまでだ。それに……私は自分が堅実な趣向をしていると、つむぐ殿に指摘されたばかりだから」

「え?」

「君の心は確実に私に向けられていると教えてくれたからな……だから私は安心して待てる」


 ただでさえ恋愛のキャパが少ないのに、耳元でそう囁かれた私は、オーバーヒートを起こしてしばらく動けなくなった。



 フリッツさんの友人の結婚式はそのままお開きになった。

 私の出番はここで終わりなんだけど、フリッツさんはこの後も、新郎の友人達だけが集まる二次会的なパーティーに参加することが決まっていた。


 当初フリッツさんは参加しない予定だったみたいだけれど、結婚式の方では私にこちらの結婚式の流れを伝えようとして、張りつきっぱなしだったから、お友達たちはフリッツさんと話せなくてヤキモキしていたみたい。


 フリッツさんは私を店に送ると最後まで粘っていたが、私ばっかり彼を独占してしまうのはあまりにも申し訳ない。


 そうして、私はフリッツさんと別れて店に帰ることになった。


 ——正直言うと、フリッツさんから離れて一人で色々考えたかったって言うのもあるし。


 フリッツさんと別れた瞬間、先ほどまで繰り広げられていた恥ずかしい会話の数々が頭の中でリフレインしだしていた。


 ——とりあえず、嫁に欲しいと言われたのはわかった。

 でも、本当に行くかどうかはよくよく考えて、考えて、考えないと答えが出せない。


 ちゃんと向き合える日がきたら、もう一度フリッツさんと向き合おう。


 一人悶々としながら店に帰っていた私が、そう、考えをまとめた時だった。


「? ……っ!」


 私は何者かに腕を引っ張られた。


「え!」


 力強い腕から離れようと、私は腕をがむしゃらに振ったけど、丸め込まれて、そのまま、路地裏へと引き込まれてしまった。



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