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50 結婚式に潜入してみよう


 結婚式に参加するって言っても、ドレスがない。

 どうしようかな……と悩んでいたら、チャチャがキョトンとした顔で解決策を提示してくれた。


「仕立て屋リンドエーデンのマダムにお願いすればいいんじゃないですか?」

「そっか! マダムだったら、見習いのお針子さんが練習用に作ったドレスとか、私が着てもいいものを持っているかもしれないよね!」


 でも、早めに相談しておかなければ。フリッツさんのお友達の結婚式はなんと今週末の聖の日なのだ。


 私は店が閉まった瞬間、店舗を飛び出し、マダムの元へ走り出した。



「……というわけなんですけれど、マダム。私が着られる様なドレスってありませんか? 余っているものがあれば、貸していただけるとありがたいのですが……」


 私がそう切り出すと、マダムは目を大きく見開いて、固まって閉まった。


「マ、マダム?」

「つむぐちゃん。あなたが着てもいい……というかあなたが着るべきドレスが一着あるわ。ちょっと待っていてくれる? ……ちょっと! 手が空いている人! こっちを手伝ってくれる?」


 そう言って、マダムはお弟子さんたちを引き連れてお店の奥にあるバックヤードへと走っていってしまった。なんだか、私、マダムの何かに火をつけちゃった感じ……?


 怯えながら待っていると、マダムがお弟子さんを連れて、こちらに戻ってきた。お弟子さんの手に持たれていたのは、ふくよかな青がなんとも美しいまるで妖精が着るようなドレスだった。一度見たら忘れられなくなりそうな、潔いAライン。スカート部分にはサテン布の薄布が何枚も重なられている。一番表の面に出ている細やかなキラキラは、多分、ガラスビーズじゃなくて宝石だと思う。


 わあ……綺麗。

 でも、思ったよりもすごいものが出てきちゃった。


「つむぐちゃん。私はあなたにこれを着て欲しいの」

「マダム。それは何か特別なドレスなのではないですか? 私がちょっと借りるには高貴すぎる気がするんですが……」


 私がどうやって断ろうかと考えていると、マダムはぶんぶんと首を横に振ってしまう。


「違うの。つむぐちゃん。このドレスはきっとあなたが受け取るべき品物なの」

「わたしが?」

「ええ。そうよ。ちょっとこっちで着てみてくれる。うちの弟子がお召し替え、手伝うから……」


 ちょ、ちょっと待って! なんて声は誰も聞き入れてくれない。私はみるみるうちにお弟子さんたちの手によって、ドレスに着替えさせられてしまう。


 袖を通してみると、不思議なくらいぴたりと着こなすことができた。着る前はこんなもの似合うはずがないと思っていたのに、着てみると意外にしっくりとくるのだ。

 それにこのドレスの青……私の目の色と相性がいい。


「やっぱり……サイズもぴったり同じね。親子って本当に似ているのね。すごいわあ」


 マダムの言葉に目を見開く。


「これってもしかして……」

「ええ。これはせーちゃん——千世子さんが着るはずだったワンピースなの。彼女はあなたのお母さんでしょう?」

「マダムは……私がお母さんの子供だってこと、最初から知ってたんですか?」


 私の声は震えていた。


「ええ。だって、つむぐちゃん、せーちゃんと顔も仕草もそっくりなんだもの。それに最近体調が悪いって言ってお店を休んでいたせーちゃんのそれが、つわりだって最初に気がついたのはこの私なの。聖女だったせーちゃんが元の世界に戻るまで、面倒を見たのもこの私なのよ」


 なんと、マダムは私のお母さんが聖女であることも知っていた。

 お母さん……。本当にこの世界にいたんだ。


 それ以外にも、私が聖女としてこの世界に呼び落とされた異世界人であることにも気がついていた。(でもよく考えてみれば、そうじゃなくちゃ私がお母さんの娘であることの説明がつかないものね)


「つむぐちゃんを見たときに勝手に遠くにいってた孫が大きくなって帰ってきたみたいに思っていたのよ」

「母も私も、迷惑ばかりかけて申し訳なかったです」


 沈んだ声で私が言うと、マダムはカラッとした笑顔を見せた。


「ちっとも迷惑なんかじゃないわ。この年になるとね、自分の世話に力を入れるよりも、若い人の世話をする方が新鮮で楽しいものなのよ。それよりもあなたにこのドレスを渡すことができて……本当によかった。ずっとバックヤードの奥底にしまいこまれていたから……。ねえ、つむぐちゃん。せーちゃんは元気にしている?」


 答えなくちゃいけないのに胸が詰まってしまう。


「実は……。私がここにくる数年前に母は亡くなりました」

「そうなの……。あ、でも。だから……」

「? マダム?」

「ううん。なんでもない。あんまり変なことをいうと、つむぐちゃんが混乱しちゃうものね。そもそも。私の推測が全部あっているかわからないし……」

「はあ……?」

「でもね、つむぐちゃん。もしかしたら、この世界を守って下さっている湖の女神様は私たちが思っているよりも、小粋でチャーミングかもしれないわよ」


 そう言ってマダムは、重厚感があるにっこりとした微笑みを私に向けてくれた。

 マダムが私に何を伝えたかったのか。その真意は分からなかったが、とりあえずドレスは借り受けることができた。


「あの……代金は……?」

「もう受け取っていますよ。この国の王様からね。このドレスの受け取りはしてくださらなかったけれど、つむぐちゃんの手に渡ればいいでしょう」


 王様の目はドレスと同じ、青色だ。


 あの冷ややかな目をした何考えているか分からない人が、私のお母さん——恋をしていた人には、自分の瞳と同じ色のドレスを着せるんだ……と思うと。なんというか。正直、不気味な様な気持ちが悪い様な気分さえしてしまう。


 自分の両親らしき人たちの恥ずかしい恋バナエピソードを、第三者から漏らされるってどんな気分だろう。


 いや。子供の方も知りたいとは思っていなかったけれどね。


「ドレス、あの坊ちゃんに会うために着るんでしょう? しっかりめかし込んで、ハートを鷲掴みにしなくちゃダメよ」


 うっ……なんでマダムはフリッツさんのことを知っているんだろう。私そんなにわかりやすいかな。



 フリッツさんのお友達の結婚式当日、迎えにきたフリッツさんは私のドレス姿を見て、三十秒くらい固まっていた。


「つむぐ殿……今日は一段と美しいな……」

「このドレスのおかげですよ」

「ああ。つむぐ殿の美しさを引き立ててくれる、いいドレスだな」


 なんでこの人素面で歯の浮く様なセリフ言えるんだろう……。


 ……まさかフリッツさんって、本気で私のことが好きなんだろうか?

 いやいやそんなわけないでしょ、と言いたいところだけれど、物証と証拠となり得る発言が多すぎる。


 いや……。私の勘違いかもしれないし、深くは考えないでおこう。うん。


 今日、私は見ての通り、貴族様の結婚式という場で浮かないように、マダムから受け取ったドレスを着て、ついでにお化粧もしている。


 しかし、それ以上に……。フリッツさんの変貌がすごい!


 今日のフリッツさんは貴族服だったのだ。


 フリッツさん曰く、騎士服でも結婚式には出られるが、その場合紋章や勲章をジャラジャラ全部のせで付けなければならず、騎士さんが少ない会場でそれをつけると変に目立ってしまうらしい。だから今日は貴族服できたらしいんだけど……。


 良家の貴公子って感じ……。相変わらず無表情だけど、それが好きっていう御令嬢も多そうだ。

 これはモテるぞ……と、そのすらりとした体躯と美貌に慄いてしまい、フリッツさんをしばらく凝視してしまう。


「どうかしたか、つむぐ殿。『女神様とお話をされていたのか?』」

「え?」


 フリッツさんが何をいっているかわからず、私は首をひねる。


「この国では、思案しながらぼうっとすることを『女神様と話をする』と言うんだ」

「へえ。なんだか情緒が感じられる、素敵な諺ですね」

「……でも、つむぐ殿が使うと、本当に女神様とお話をされていたのではないかと勘繰ってしまうな」


 本当だ。私に当てはめると、笑えない冗談みたいに聞こえる。

 おかしくなって、フリッツさんと笑い合う。フリッツさんとの間に醸されるあたたかな空気感が、私はすっごく好きだ。



 結婚式会場は王都の西南にある、小さな教会だった。


「花屋の近くにある教会よりも小さいけれど、それがまた可愛いですね」

「ああ。つむぐ殿の家の近くにあるあの教会は、この国の教会の中では一番規模が大きい、総本山とも言える場所だからな」


 なるほど。だから王女様もいたんだな。


「でも、あの教会の敷地の奥に、このくらいの規模の教会がもう一つある。きっと王女はそちらで式を挙げるのではないかと思う」


 教会の中に教会……入れ子になっているのか。

 それなら、この式が参考になりそう。私は安心してあたりを見渡す。


 この教会は、森の様に、木々に囲まれた作りになっている。中でも生け垣が見事だ。紅葉したドウダンツツジが教会の入り口へと続く形で伸びていて、その脇には白味ががかったピンク色の秋薔薇が咲き誇っている。場の色をひきしめているのは、焦茶色のチョコレートコスモスだ。

 全ての花達が調和しあって、甘すぎず、どこか懐かしくてシックな空間を作り上げていた。


 ほう……、とつい風景に見惚れていたら、後ろから声をかけられた。


「フリッツ! 久しぶりだな。……わあ、フリッツのパートナー。かわいいお嬢さんじゃないか」

「ああ、ディンか。久しいな」


 貴族服に身を包んだ私たちと同年代の青年。

 どうやら彼はフリッツさんの知り合いらしい。


「君は婚約者も作らず、騎士勤めに励んでいるって聞いていたけど……なあんだ。ちゃんとした相手がいるんじゃないか」


 貴族の青年がフリッツさんをこいつめ〜と小突く。


「ああ、そうだな」


 フリッツさんの言葉にギョッと反応する。

 ちょっと、フリッツさん! 否定してくださいよ!


 フリッツさんの言葉を聞いた貴族の男性は残念そうな表情を見せた。


「うちの妹が君に婚約を申し込みたいって騒ぎ立てていたんだけどね……。そういうことなら、妹には私の方で言いつけておくよ」

「ああ、そうしてくれると助かる」


 青年はそういって、爽やかに去っていった。



 その後、結婚式は成婚の誓い、両家への挨拶、お酒の乾杯……など円滑に勧められていった。

 どうやらこの国の結婚式も、式と披露宴が両方ごっちゃになっている感じだけど、前の世界のものとさほど変わらないということがわかった。


 ……それがわかったことは、よかったんだけどさ。


「フリッツさん。私を婚約者だと紹介するのはやめてください」


 さっきから、この男、話しかけられる貴族達に私のことを婚約者だと紹介して回っているのである!


「だめか?」

「ダメでしょう! 何を考えているんですか! あなた貴族でしょう!?」


 今日の私は女よけの役割を割り当てられるんだろうな、とは想像していた。だけど流石に『婚約者』と紹介するのはダメだ。彼も貴族だし、今後自分が結婚する時に相手に説明がつかなくなるのはまずいだろう。


 はあ〜。フリッツさんは、本当によく分からない人だ。


「つむぐ殿はこういう式を見て、自分も結婚したいな、とは思わないのだろうか?」


 唐突な質問に、面食らってしまう。


「うーん。素敵だな、と思う反面、私には縁のないことだなとも思ってしまいますね」

「つむぐ殿が望めば、嫁に欲しいという人間なんてたくさん見つかるだろう」

「……でも私はどうあろうと……どこにいても、花屋はやめられないと思うんです。お店ばっかりにかまっている様な奥さん、欲しがる人、いないでしょう? 実際にお隣のリンドエーデンのマダムだって娘さん産んだあと離婚しているし」


 私が淡々と状況を伝えると、フリッツさんが真っ直ぐな目で私をみていた。


「いや、いるだろう」

「……そんな人都合よくいませんよ」

「そんなことはない。第一あなたの目の前に一人はいる」

「え?」


 今、この人、なんて言った?


 時が止まった気がした。

 何も考えられず、フリッツさんの顔を口を開けながら見る。


「君さえ良ければ、私は君のことを嫁にもらいたいと思っている」

「は?」


 フリッツはいつもとなんら変わらない、無表情で言い放った。


「……気がつかなかったのか? 私は、出会った頃から君を好いていたのだが」

「は……、はあ!?」


 いきなりの告白に私はただただ呆然と、アホみたいに口をぽっかり開けることしかできなかった。




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