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48 ハンドクリーム事件


 今回の依頼は、依頼主であるレフィリアさんから、スタンド台一個にしては十分すぎるほどの料金をいただいていた。そのため、マノン薬草店にスタンド台ごとお渡ししようかと考えていた。

 だけどもまた違うお客さんに贈るスタンド台にも使えるのであれば、そのまま使って欲しいとマノンさんが申し出てくれたので、花が萎んだ頃にスタンド台とフローラルフォームが入った植木鉢を引き取りに向かうことで話がまとまった。


 配達を終えた私とフリッツさんはオレンジ色の夕焼けを背景に、お店へと足を進めていた。

 運ぶものもないし、本当は一人で帰るつもりだったんだけど、日が落ちてきたから心配だし送ろうとフリッツさんが申し出てくれたのだ。


 フリッツさんはこういう時、いつも私を送り届けてくれる。


 先日の「デートだが?」発言を受けて、私の心の中の挙動不審地獄は続いているのだけれど……。申し出を無碍にするのも変なので素直に受け入れることにする。そして自分からは決してその話題に触れない。


「いやあ……。今回の注文、どうなるかと思いましたが、無事に完遂できて本当に良かったです! あのスタンド台もとっても綺麗ですし……。フリッツさんがレジーナさんを紹介してくれなかったら、私、途方にくれていました」


 うんと伸びがしたくなって、腕を天に突き刺すように伸ばしあげた。ピンと指まで伸ばした手のひらが夕日に染まっている。

 久しぶりにまじまじと自分の手を見る。パッと見ただけで職人の手だと思った。


 どの指も、腹の部分に縦筋が何本も入っていて、今にもあかぎれを起こしそうだ。だけど、昔よりあかぎれはできにくくなっていた。子供の頃はもっと頻繁に破けていたもの。


 きっと、皮が厚くなったからだ。


 そう思った瞬間、お母さんの手を思い出した。指というか手自体に厚みがあって、表面がざらりとしている、職人の手。女性としては美しくない手かもしれないけれど、私はあの大きな手に撫でられるのが大好きだった。


 少し職人に近づいた私の手を見て、フリッツさんが


「手が……」


 とつぶやく。もしかしたら痛々しいと思われたのかもしれない。


「ああ。最近、練習でたくさん大きいアレンジメントを作っていたので手荒れがでてきたみたいですね」


 ちょっと、不機嫌が滲んだ声がでてしまった。バツが悪くなって黙っていると、フリッツさんが騎士服の懐を探って何かを取り出した。


「よかったら、これ使ってください。渡そうと思っていたんです」


 なにこれ?

 渡されたものは手のひらに収まるくらいの丸さのある、二センチほどの厚みの缶だった。

 側面に表示された商品記載を指でなぞりながら確認する。


「ハンドクリーム? わ! ありがとうございます。早速今使ってみますね!」


 試しに開けて匂いをすうっと嗅ぐと、薄荷のような……。私が生まれた世界の湿布のような匂いがした。

 多分、フリッツさん香りじゃなくて効能が高いものを選んだんだろうなあ。


 生まれた世界で湿布を貼っていた時はあんなに虚しい気分になったのに、フリッツさんからもらったハンドクリームはそうはならない。なんだか不思議と温かい気持ちになった。

 自分でもびっくりするほど、この贈り物が嬉しい。


 早速指に取ってみたが、少し多く取れてしまったみたいだ。


「あ、いっぱい出ちゃった。フリッツさんに分けていいですか?」

「分けて?」

「? はい。手を出してください」


 私は差し出されたフリッツさんの両手で包むように手を握りしめて、揉み込む。


「フリッツさんこそ、ちゃんとクリーム塗った方がいいんじゃないですか? まめができてますよ」

「騎士だからな……剣でまめができることは日常茶飯事だから……。あの……つむぐどの。それ以上、揉み込まないで。……生殺しにしないでくれ……」

「生殺し? え? あ。……あああああ!」


 一瞬、はて、そんなたいそうなことをしたかな? と思った私は首を傾げた私だったけれど、一拍置いてからやっと自分のやったことの親密度レベルの高さに気がついてしまった。

 確かに異性にいきなりやられたら引くわ! お風呂上がりにリビングでボディークリーム塗っていて多く出しすぎた時とかにチャチャを呼ぶのと同じ感覚で分けてしまったことに後悔を覚える。


「つむぐ殿は何かがどうしようもなくずれている気がする……」

「すみません……今になって、ちょっと照れちゃう様なことだって気が付きました……」


 絶対に今、私の顔、真っ赤だ。

 フリッツさんは相変わらず表情にでないけれど、動きが油が切れた機械みたいにぎこちなくなっている。


「いや……こちらこそ、断らなかったのがいけないんだ」


 その後の記憶は恥ずかしさで曖昧になっている。気がついたらもう店の前までたどり着いていた。フリッツさんに「気をつけて帰ってくださいね」と伝えると「あ、ああ……」としゃがれた声が帰ってきた。



 でも……どうしてすごくいいタイミングであのハンドクリームが出てきたんだろう。

 謎だ。


 今日の醜態は割愛して、フリッツさんにハンドクリームをもらったことをチャチャに告げると、げんなりした表情で答えが帰ってきた。


「あの男、絶対いつかつむぐしゃんにそれを渡すんだって、その機会を今か今かとうかがって、ずっと持ってただけだと思いましよ? あの男、服の胸元に収納の魔法陣取り付けているでしょう?」


 チャチャの指摘に私はびっくりする。


「そ、そうなのかな……」

「そうに決まってまし。あの男の考えそうなことでしから」


 私はその様子を頭の中で想像してみる。フリッツさんは無表情なのも相まっていつもスマートに取り繕っている様に見えるけれど、心の中では私と同じ様にワタワタしていたりするのかな。


 それだったらいいのにね。


 想像の中のフリッツさんのかわいさに笑みがホロリと溢れた。



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