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47 マノン薬草屋に納品


 それから私は花材が余った日に何度か練習を重ねていった。やっとスタンド台作りに必要な勘を取り戻した頃。


 レフィリアさんからマノン薬草店の開店日が伝えられ、私たちは、開店の前日にスタンド台を納品することになった。


 何度も練習したおかげで、私は自分の中にあるマノン薬草店のイメージに沿う、完璧なアレンジメントを作ることができた。


 出来上がったのは、全体が緑で彩られた、どこか苔むした裏山の風景をイメージさせるような、そんなアレンジメント。


 私はスタンド台を慎重に移動させていく。今まではものを搬送するために、収納の魔法陣を使って鞄の中放り込んでいたけれど、今回は取扱に注意が必要なナマモノだということもあって、自力で搬送をすることになった。


 マノン薬草店の新しい店舗もそう遠くないところにあったので運べると判断したのだ。


 そうは言っても、私に花を担ぎあげていくのは無理。

 私は数日前にレジーナさんの鍛冶屋工房にお邪魔して、コロコロキャスター付きの台車を作ってもらった。


 レジーナさんは私の異世界の知識を下に、現品を作ってくれた訳だけど、よくあんな拙い説明で作って欲しいものがわかるなあ、と感心してしまうほどの理解力と発想力だった。さすが、国一番の鍛冶屋さんだ。



 秋になって日が落ちるのが早くなった。空が紅葉したイロハモミジみたいに赤く色づいている。


 あと一つ鐘が鳴ったら閉店という時間。私はマノン薬草店への出発準備を終え、チャチャと向き合う。


「じゃ、ちょっと出てくるから、閉店準備お願いします」

「任せてください、てんちょ!」


 チャチャはシャキン、と敬礼ポーズを見せる。

 どんどん知識や技術を吸収したチャチャは、今や一人での店番もお手の物だ。


 さあ、出発。意気込んでスタンド台が乗った台車を押し始めたが……。


「つむぐ殿」


 聴き慣れた声にびっくりして振り返る。そこには息が少し上がった状態のフリッツさんがいた。


「フリッツさん……どうして? それに騎士服で……。今日は仕事だったんじゃないですか?」

「仕事終わってそのままきたからな……。堅苦しい格好ですまない。重いだろうから、搬送を手伝えと母からも言われているからな。言われなくても自分の意思で手伝いにきたが」


 先日のデート発言が頭をよぎってキョドキョドしてしまう。


「あ、ありがとうございます……」

「? つむぐ殿? どうかしましたか?」

「え、あ! いや、大丈夫です!」



「わあ……綺麗」


 届いたアレンジメントを見て、薬草茶屋の店主であるマノンさんは、口を大きく開けて、目を潤ませていた。


「いろんな花が使われていますけど、お店で売っているハーブティーの材料になる植物がたくさん使われているところがとっても素敵です! 見た瞬間『あ、これは私の店に贈られたものだ!』ってはっきりわかりました」

「レフィリアさんからの要望で、このお店のオープンを誰よりも応援していることをあらわして欲しいとのことだったので、その意図をできるだけ汲んで作ったつもりです」


 そう言うと、マノンさんは苦しげに眉を下げた。


「本当は……私。こんなふうに店を独立させることについて、レフィリアさんに申し訳ない気持ちでいっぱいだったんです」

「……え?」


 マノンさんは新店舗を目を細めて見渡してから、落ち着いたトーンで切り出す。


「最初、私が薬草茶の店を王都に出した時、お金がなかったこともあって本当にボロで隅に追いやられた様な店舗しか借りられなかったんです。そんなお店で商いを始めたものですから、お客さんも本当に少なくて、売り上げが立たなくて……。お店が維持できず、一年立つ頃には、もうこのままでは閉店しなければいけないというところまで追い詰められていたんです。レフィリアさんはそんな時に私の店を見つけてくれて……。『君の商品はとても魅力的だからうちで出店しないか』って声をかけてくれたんです」

「そうだったんですか……」


 背景を聞くと、レフィリアさんと薬草茶屋の店主の関係性がありありと想像できる様になる。きっと、マノンさんにとっても、このお店にとって、レフィリアさんの存在は、救世主だったに違いない。


「クリスカレン百貨店でお店を出し始めてからは薬草茶は飛ぶように売れて、経営自体はとても楽になったのですが、今度は売れすぎて一つの薬草になかなか時間をかけられなくなってしまって。私がうまくお客様を捌けないノロマなのがいけないんですけど。それでも、我が儘なのは承知なのですが、買ってくれるお客様に対して誠意のない商品作りだけはしたくなかったんです」

「お気持ちわかります。私も店主ですから」


 マノンさんは薄く微笑んだ。


「このアレンジメントは雄弁ですね」

「え?」

「だって、レフィリアさんが誰よりも私のことを考えて送ってくれたことがわかるんですもの」


 マノンさんの視線がスタンド台に向いて、ゆっくりと細められた。


「レフィリアさんは直接、私に独立の件は仕方のないことなんだから気にしなくてもいいんだって何度も伝えてくれました。その気持ちを疑う訳ではないのですが、どうしても心のどこかで、迷惑をかけてしまった私のことを疎ましく思っているんじゃなかって思ってしまって。……だけど、つむぐさんが第三者の目線から、レフィリアさんの気持ちをこのアレンジメントにあらわしてくれて。自分の疑心暗鬼っぷりに呆れちゃいました」


 どこか吹っ切れたような晴れ晴れとした表情をしているマノンさんを見て私は嬉しくなってしまった。

 正直、私には二人の関係がどういったものなのか、全てがわかる訳ではない。レフィリアさんもマノンさんも二人ともとても感じがいい人だけれど、私から見える面が彼女たちの全てではない。隠れた確執だって本当はあるのかもしれない。


 でもその中で、私が花屋としてやるべきなのは、少しでも本当の思いが伝わるように、花に願いを詰め込むことだ。しかも私のできることなんか、ほんの少しで、ほとんどの力を花たちそのものが補ってしまう。


 花は誰かれ構わず、人を応援してしまうものだから。


「少しでもお役に立てたなら、それ以上に嬉しいことはありません」

「私、ずっと薬草ばかりいじっていたので、観賞用のお花はあまり詳しくないのだけれど、新しいお店にはたくさん生花を置きたいと思っているんです。これから私の店でもご贔屓にさせてください」

「も、もちろんです! ありがとうございます!」


 や、やった〜! 法人のお客様ゲット!


 私が一人心中悶えながら喜びを噛み締めていると、背後に影が落ちた。


「私こそ。ずっと君に申し訳ないと思っていたんだ」

「レ、レフィリアさん……!」


 後ろに現れたレフィリアさんは、すらりとした体躯に似合う、黒一色のトレンチコートを着ていた。

 マノンさんは目と口を大きく開けて、まさか来るなんて、と顔にかいてありそうな呆然とした表情をしている。


「ごめんね。アポイントメント取らずにきちゃって。でもね。マノン。君の門出なんだもの。私も直接お祝いが言いたいさ」

「あ……ありがとうございます」

「それにしても、ここ。なかなか懐かしい場所だね」

「最初の店と同じところですからね……」


 二人は同じタイミングでお店の外観を見上げていた。


「私はどちらかというと、君をクリスカレンに招いてしまったことが、マノンをより苦しめてしまう原因だったんじゃないかと思っていたよ。君は目立つこと自体があまり好きではないのに、無理をして店舗を開かせてしまったんじゃないかって」


 苦しげに顔を歪めて言ったレフィリアさんに対して、マノンさんはギョッとした表情を見せた。


「そんなことありません! クリスカレン百貨店でお店を出せたから、マノン薬草店の存在が広く知られる様になって、お客さんがきてくれる様になったんですから!」

「それなら……よかったのかな?」

「ええ。よかったんです」


 二人は先ほどとは打って変わって、緊張が溶けた優しい微笑みを交わしていた。


「母もマノンさんも……思いを打ち明けられて本当によかったな」

「ええ」


 私とフリッツさんは少し遠くから、長年抱えていた思いを伝え合い、わだかまりが溶けていく二人の様子を見守っていた。


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