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46 肉体派花屋


「つむぐ殿とこんな風に出かけることができて嬉しかった」


 お店を出た後。私の荒ぶる感情を知る由もないように、フリッツさんは爽やかに言い放つ。


「えっ! あ、ははは! なんかこんなふうに二人で出かけるってデートみたいですよね」


 言った途端、私は頭が真っ白になった。


 あああああああああああああ!

 ちょっと! 私、何言ってんの!


 慌てすぎて心の中で思っていたことと、口に出してしまった言葉が逆になってしまったようだ。なんてことを口走ってしまったんだ! と顔を真っ青にしながら恐る恐るフリッツさんの顔を覗き込むと、フリッツさんはなぜかキョトンとした雰囲気を出していた。


「デートだろう?」

「へ?」

「いや。今日出かけたのは、デートだと私は思っていたが」


 ん?

 ……私の聞き間違いかな? 今……え?


 デート? えっ、これデート?


 えっ!


 言葉の意味を咀嚼できず立ち止まった私を見て、フリッツさんは首を傾げた。


「? 『スノードロップ』に戻らないのか?」

「〜っ! いや!? 戻りますけど!?」


 私はあんまりにも飄々とした様子で話すフリッツさんに逆ギレ気味に言葉を返してしまう。

 だってさ! この人、とんでもないことさらっといってない!?


 さっき私の事をさらっと好きだって言うし、そのままデートだってことを認めたり! それって……それって……。


 遊びなれている大人だったら、こういう言葉の応酬にだってなれているし、ああ、そういうやりとりもありますよね〜って流せるだろうけど、私にはできないんだって!


 フリッツさんの無表情が憎い!


 いつもはフリッツさんが無表情でも何を考えているか見当がつくのに、今日は混乱しているせいか、その色が見えにくい。


 ねえ、ちょっとそれにはどう言う意味が込められているんですか、フリッツさん!

 恋愛偏差値が低い私には彼が何を考えているのかが何も理解できない。


 た、助けて〜! おかあさ〜ん! 女神様〜!



 思考のぐるぐるから解放されたくて、フリッツさんとはその場で別行動をしたかったけれど、もう日も落ちてきているし一人で出歩くのは心配だからとスマートに送られてしまった。


 ぐぬぬ……。に・く・い!


 そのまま、フリッツさんは帰っていってしまったから、追求もできないし……。


「お帰りなさい! つむぐしゃん! ……ってあれ? なんか顔、赤くないでしか?」

「だ、大丈夫! 全然平気!」

 

 店に戻ると、チャチャがスタンド台作り練習用の花の葉をとったり、水揚げ作業などの下処理を済ませて待っていてくれていた。

 帰ってきたら、新しいアレンジメント作りの練習をするかもと伝えていたけど、こんなに準備がいいなんて驚き。


「つむぐしゃん、お帰りなさい! その嬉しそうな様子から見るに、スタンド台とやらは完成したんでしか?」

「したよ〜! ちょっと待ってね。今、広げるから」


 収納の魔法陣付きの鞄からスタンド台を取り出すと、チャチャはわあ! と目を輝かせた。


「あたちが想像していたよりも何倍も大きいでし! お店の前に飾るって言っていたから、レジが置かれているカウンターに載せるくらいの大きさだと思っていたのでしけれど」

「これは店の外に置くアレンジメントなんだよ」

「大きそうだっていうのは想像ができるんでしけど、どんな感じのものなのかがあたちには想像がつきません……」

「じゃあ、これから少し時間もあるし、試しに修作を作ってみようか!」


 二階に荷物を置いて、一階の作業スペースに戻った私とチャチャは、スタンド台作りの準備を始めた。

 ますは台座となるフローラルフォームの準備からだ。下に排水用の穴をわざと作らずに焼いてもらった植木鉢の中に緑スライムで作ったフローラルベースをぎゅむっと詰め込む。

 スタンド台自体が大きいから、量はいつもの二倍くらい。植木鉢の曲線の部分にも隙間が残らないように、なるたけぎゅむぎゅむに詰めるのが、崩れないスタンドアレンジメント作りのコツだ。


「よーし。これで準備完了だよ!」

「こんなにたくさんフローラルフォームを詰めたアレンジメントを見るのは初めてです」

「そうだよね。私も久しぶりだから上手にできるかはわからないんだけど、なんとかやってみますか!」


 私は無言で花を刺していく。


 今回マノン薬草店へ届けるアレンジメントは緑を基調とした、薬草茶屋らしいものにしようと決めていた。


 メインになる花材は小さめの花がモリモリついた、グリーンのハイドランジア。

 普通の大きさのアレンジメントだと入れたとしても、一つ入れるくらいの大きなそれを今回は贅沢に三つ入れてしまう。

 上の方には直線的な脈動感のあるレモングラス。レモングラスは鉢物の寄せ植えなんかには人気だけど、普段、アレンジメントや花束の花材としては用いられない。

 だけど、今回は薬草店ということもあり、わざわざ栽培して、とり入れることにした。この前、視察の時に話していた、ドクダミの葉も忘れずに入れる。


 差し色になるのは、紅い実がなる、枝物のローズヒップだ。繊細なイメージに作り上げたかったので、細かい実がつく品種を選んだ。


 大きなアレンジを作る私は文字通り、必死だ。


 まるで格闘技をしているみたいに、身体全体を使って戦う。肩が痛くなってもお構いなしだ。一回手を止めたら流れが途切れてしまうから、一気に。

 息を浅くして、花をあるべき場所に、できるだけ正しい形になるようにおさめていく。


 規則的に花を並べられたアレンジメントは、あの店には合わない。マノン薬草店はもっと、味があって、繊細で、それでいて強いイメージだ。


「あの……つむぐしゃん。どうして、下の方は少しばらつきがある感じで花を添えているんですか?」


 チャチャの言葉に私は、作業を止めて、少しだけシンキングタイムを設ける。

 でも……。


「わからない……」


 出てきた言葉は、答えになっていなかった。


「え?」


 当然だけれど、チャチャは鳩が豆鉄砲を喰らったかのようにポカンとした表情をしている。


「わからないの……。でも、こうするとなんかかっこよくなるんだよね。私の経験上……。なんでこうなるのかは……わからない……でもなんか、いい感じになる」

「て、てんちょ……。今までの指導はとっても理論的だったのに……今日は理論の『り』の字も感じられないのでしが……」


 語彙力のない私の説明に困惑する、チャチャ。


「わかる。わかるよ、チャチャ。でも、本当に突き詰めるところまで突き詰めると、技術的なことって、なんかよくわからないけれど、こうすると綺麗になる気がする〜。あ、なった! っていう境地にたどり着いちゃうんだよね……」

「な、なんでしって……」


 チャチャは驚愕で、顎をガクガクと揺らしていた。


「ほら。見て。私もなんだかわかんないけど、遠くから見るとうまいことなってるアレンジメントが完成したでしょ?」

「ほ、本当でし……」

「小さいアレンジメントを作っている時は、理屈がわかっていれば上手くいくんだけど、大きいものを作る時は、自分の感性と技術を見極めて、自分自身と戦いながら作るしかなくなるんだよね……」


 チャチャは出来上がっていくスタンド台を呆然と眺めていた。

 私はスタンド台から少し離れた位置でバランスの最終確認をする。


「よし。スタンド台って久しぶりに作ったから心配だったけれど、腕は衰えていないみたい。当日はこれと同じ花があるとは限らないから、おんなじものが作れるわけではないけれど、まあ、大体どうにかなるでしょう」

「理論化できないやり方で、大きなアレンジメントを作るだけにとどまらず、その場にある花材で臨機応変に作るものを変えるなんて……。花屋しゃんって……奥が……奥が深すぎまし!」


 それは完全に同意。

 私はチャチャと頷きあった。



誤字報告ありがとうございます!

なんかわかんないけどいい感じになる、のくだりは実話です。

先輩にいわれて戦慄した思い出……

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