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45 寄り道とカフェ


 レジーナさんの工房でスタンド台を作ってもらった私は、以前フリッツさんにもらった鞄の中にそれをねじ込んだ。


 作ってもらったスタンド台は、ちょっと重くて二、三キロあるし、背丈も私の胸くらいあるんだけど、フリッツさんがくれた収納の魔法陣付きのカバンは恐ろしく有能で、嵩張るそれらをギュンと飲み込むようにしまってしまったのだ。しかもしまったあとは重さも感じない。


 魔法、すごい。


 それから、工房からの帰り道。

 ちょっと小腹が空いたのでカフェによらないか、とフリッツさんに誘われた。

 チャチャも待っているし早く帰らなくっちゃ、とは思っていたんだけど、フリッツさんが素敵な店なんだ。と目を輝かせて(いるように私は見えた)言うのが気になってしまって、ついつい寄り道をしてしまった。


 フリッツさんによるとここはお店の存在自体を知っている人が少ない、隠れ家カフェらしい。


 というのも、お店自体が魔術で隠されてしまっていて、決まった道順をたどらないとお店にたどり着けない仕組みになっているのだ。

 レジーナさんの工房からはそう遠くないところにあって、歩いて五分くらい。


 だけど、道順は全然覚えていない。

 最初の角を右に曲がって、次の角を右に曲がって、その次の角を右に曲がって……。おや? 一周してしまった? と思ったのに、最初の道とはなぜか違う場所に出ていた。

 そこから何かがおかしいな、と思っていたらフリッツさんは徐に街路樹と歩道沿いの花壇の八十センチくらいしかない隙間を通ったあと、私にもそこを通るように指示した。


 その後、道端に置かれた猫がまるまって寝ている小箱を跨いだり、ここは小走りしてくれ、と謎の指示が出てランニングしたり、謎の動きを繰り返したのちに、ついに現れたのが、件のカフェだった。


 そのカフェは、まるで子供が無邪気な心で夢想した絵を具現化した様な、非現実的な構造をしていた。


 カフェは大きな木の中に存在していた。木の上とか木の隣、とかじゃなくて、木の中。木の中が直接くり抜かれた……うろを横方向に拡張させてあって、その空間中にカフェの店内が存在しているのだ。


「すっごい……こんなお店見たことない……」


 私がポカンと口を開けていると、フリッツさんは嬉しそうに説明してくれる。


「特別な手順で向かわないとたどり着くことができないんだ。どういう構造でこういった仕掛けが成立するのかは私にもわからないのだが、歩くことで転移の魔法陣の仕掛けが発動する仕組みになっているのではないかと……」


 あ、私は外観がファンタジックで素敵なカフェにつれてきてもらえたことについて言ったつもりだったけれど、フリッツさんはここにくる仕組みが気に入っているみたいだ。

 フリッツさんって理詰めなところがあるよなあ……。


「素敵なところに連れてきてくれてありがとうございます」


 あまり仕組みに触れすぎると魔法陣オタクによる魔法陣談義が始まってしまいそうだったため、とりあえず短めにお礼を言っておく。


 店に入って注文を終え、ひと段落ついたところで、ふと私は冷静になった。


 あれ? これって傍から見るとデートなんじゃない? と。


 いや、実際は違うことは理解している。そこまで勘違いするような夢見がちガールでは決してない。そもそも私は二十二歳だ。ガールという年齢でもない。


 でも一度『そうかも』という考えが頭に浮かんでしまうと、だんだん恥ずかしさが大波のように襲いかかってくる。顔も熱くなっているような気がして、もぞもぞした私はお水を一気に飲み干した後、気分を切り替えるべく今日見た工房の感想をフリッツさんに伝えた。


「いやあ。レジーナさんって本当にすごいですね。私はこの世界に来てからも魔法陣に全然触れていないので、どのくらいすごいのか、正しく理解できているかわからないんですけど、あの手際の良さからして、かなりの実力者ですよね?」

「ああ。身内贔屓で恥ずかしいが、彼女は間違いなく天才だろう。今は鍛冶屋を名乗っているが、魔術師としての腕も相当なものだ。君が今使っている収納の魔法陣付き鞄の魔法陣も彼女が構築したものだ」


 鞄! その言葉を聞いた途端、私は教会でこの鞄がとんでもなく高いものだと指摘されたことを思い出す。


「あのっ! いただいた鞄なんですが……。先日とある方にこの鞄の魔法陣がものすごくお高いと聞きまして! 私それを知らなくてですね!」

「それか? ああ。大丈夫だ。つむぐ殿が心配するほど高価なものではない。さっき言った通り、魔法陣はレジーナの構築であるし、鞄本体も五人目の妹が作ったものだからな。だから遠慮せずに受け取って欲しい」


 そうは言っても、こんないいものを受け取ってしまっていいのかとオロオロしてしまったけれど、フリッツさんに返されても私は使わないし困る、と言われてしまったため、これからもありがたく使わせてもらうことになった。


 それにしてもフリッツさんの妹さんたちって本当に多才な人たちばっかりだなあ。


 五番目の妹さんと私は直接会ったことはないけれど、その存在は知っている。フリッツさんの五番目の妹さんはデザイナーをしているらしく、まだ身分は学生だそうなのだが、王妃様のドレスの注文を受けたりと、今後の活躍が期待されるデザイナーの一人なのだという。


 そんなことをなぜ私が知っているかと言うと、花屋のお隣さんである仕立て屋リンドエーデンのマダムから聞いたのだ。


 マダムは彼女について『彼女は間違いなく天才だから、今から繋がりを持っておきたいわね』と評していた。

 マダムによると、彼女以外の妹さんたちもそれぞれの分野で活躍していて、国内で名前を知らぬものたちがいないくらい有名な人たちばかりらしい。


「フリッツさんの妹さん達ってなんだか有名な方々らしいですね」

「ああ……知っていたか」


 そう言うとなぜだか、フリッツさんの無表情なはずの顔が曇った気がした。


「フリッツさん?」

「ああ……済まない。……そうだ。私の妹たちは皆国内で名を馳せるものばかりだな。それぞれの分野で活躍をしている」

「フリッツさんは……お話を聞いている限り、妹さんたちを自慢に思っているように見えていたのですが……」

「自慢には思っている。だが、つい不甲斐ない自分と比べてしまうな」

「不甲斐ない?」

「私には何の才もなかった」

「へ?」


 フリッツさんは気まずそうに、手元のハーブティーが入ったカップの水面を見ていた。


「私以外の他の兄弟たちは、誰が見てもわかるような優れた才を生まれながらにして持っているものばかりだ。しかし、私は彼、彼女らのように他のものよりも群を抜いて優れたものは何も持っていないんだ。どんなに努力しても秀才止まり。その分野の天才には何一つ勝てやしなかった」


 その言葉には、感傷が滲んでいた。

 きっと天才に囲まれて育った彼にとって、自分に飛び抜けて優れた才がないことはコンプレックスになっているのだろう。


 でも、第三者視点で冷静にフリッツさんを観察してみると……、才能がない? ……ん? 何を見当違いなこといっているんだろうって首を捻っちゃうんだけど。


「フリッツさんはご自分には何の才もないと本気で思っているんですか?」


 むっとしながら、言うとフリッツさんも私の表情の変化に気がついたようだ。


「ああ……そうだが」

「だったら、フリッツさんは余程自己分析が苦手なんですね」


 フリッツさんは、驚いた表情を見せる代わりに一瞬、息を呑んだ。


「前も言った気がしますが、私からしたらあの意味のわからん気難しそうな王様と渡り合えているだけでもすごいですよ」

「王の近侍なんだ。王の意思を汲むのは当たり前のことだろう」

「それが他の人にとったら、当たり前のことじゃないんですよ。普通の人は偉い人の前に立つと緊張して、それどころじゃなくなるんです。為政者の前にたってもまともな精神でいられること自体が才能ですし、しかもフリッツさんは王様が考えていることを汲みながら行動できるんでしょう? それに仕事に必要だから騎士なのに魔術を学んでいたり……。それってものすごいことですよ」

「だが、それは生まれた時から権力者に近しい人間たちと関わる環境にあったから……」


 どうやらフリッツさんの自己評価の低さは筋金入りのものらしい。


「大丈夫です。どう見ても凡人庶民の私の目からしたら、フリッツさんは才能溢れる王国の英雄ですよ」


 そう言うと、今度はフリッツさんが語気を強めた。


「つむぐ殿が凡人? そんなわけないだろう。君はあんなに花を美しく見せる技術を持っているじゃないか」

「あの技術は私が何年もかけて体に染み込ませるようにして得た技術です。もともとセンスが良かったわけではありません。どちらかと言うと悪い方かも。……練習時間でカバーしただけですから」

「その努力ができるだけでもすごいと思うが……」

「あの……。フリッツさん、気がついてます? 今フリッツさんが言ったこと、さっき私が褒めたことと同じです」


 フリッツさんはやっと気が付いたのか、はっとした表情を見せた。


「後天的に身についた技術はなかなか評価されにくいかもしれませんけれど、確実に私の身を助けてくれるものになっています。きっと、フリッツさんだって、王城の中で働いている中で、人間関係を円滑に回す方法とか学んだたちでしょう?」

「あ、ああ……。まあ、それはそうだが……」

「私たちは最初からなんでもできる完全無敵な天才なんかじゃなくていいんですよ。だからこそ技術を取得していく過程が楽しいんでしょう?」


 ふんすと鼻息荒く言い切ると、フリッツさんがじっと私の顔を覗き込んでいた。なんだなんだ、そんなに顔を凝視されると恥ずかしいんだけど。


「つむぐ殿……本当に君は……」

「? なんですか?」

「いや、私は君のそういうところがとても好きだなと思っただけだ」


 私は石像みたいにピシリと固まる。


 ——フリッツさん、あなた。ものすごいこといってませんか?


 今すぐに鏡が見たい。顔が猛烈に赤くなっている気がする。

 フリッツさんはすごいことを言ったことに何も気がついていないのか、涼しい顔でハーブティーを啜っていた。



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