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44 職人と魔術師


 鍛冶屋ってあれだよね? 鉄を熱して、打って、金属を強くしたりしながら、剣とか金物製品を作るお仕事のことだよね?

 だけどこれって……何だか……。


「なんだか、私の知っている鍛冶屋と全然違う……」


 レジーナさんの工房に入った瞬間、思っていたことが口から素直に出てしまった。


 レジーナさんの工房には通常、鍛冶屋にありそうな炉のようなものだとか、無骨な道具の類はなく、中心に図面を書くような大きな机とそれを取り囲むようにいくつか椅子が置いてあるだけだ。


 すっきりとしていて、過ごしやすそうだけど。

 なんていうか、小学校の図工室みたいな感じだ。


 本当にここで鍛冶を行うのだろうか、と首を傾げていると、レジーナさんはんふふ、と私の思考を読んだかのように笑い、工房がこんなにすっきりとしているわけを教えてくれた。


「もともと、私は王都にある魔術学校で温度を操る魔法陣に関する研究をしていたんだけど、その精度が高くなるにつれ、作り出した魔法陣で、物体を成形することの方に興味が行ってしまって……。だから私はこうやって……よいしょっと」


 そう言ってレジーナさんは真ん中の机に置いてあった模造紙のような大きな紙に、腕をぐいんと派手に動かしながら、魔法陣を描いていく。


 あっという間に描きあがった魔法陣の真ん中に、レジーナさんが手をかざすと、魔法陣が光る。

 何これ⁉︎ 何これ⁉︎


 まるで、黄金色のシャボン玉が魔法陣から湧き上がってくるみたいな、不思議な光景。私はそれを『え? 何したの⁉︎』とポカーンと口を開けたアホな顔をしながら受け止めていた。


 しばらくすると、光はおさまる。


 すると魔法陣の上には、見慣れぬ剣が置かれていた。


「じゃーん! これはにいちゃんの剣のスペアだよ〜!」

「え、え、え⁉︎ 今、何が行われたんですか?」

「これはイメージした物を作り出す魔法陣なの! すごいでしょ!」


 レジーナさんは自慢げに、んふ、と鼻息荒く言い切った。


「え……じゃあレジーナさんがイメージしたものは何でも作れるってことですか⁉︎」

「何でもじゃないよ。私が作れるのは無機物だけ。何代か前の聖女様は、この技術を使って、人間に近い生き物を作ってたらしいんだけど、今の時代は生命の創造につながる魔法陣に対する罰則がものすごく厳しいからね」


 植物も、動物も、もちろん人間も。生命あるものは作れないとレジーナさんは首を横に振りながら言った。


 だとしてもすごすぎるけれど……。


「ものを形作る中でも、私は鉱物を操ることが得意みたいなんだっ! 魔術的な相性がいいんだろうね。だから私はこうして鍛冶屋を名乗っているわけ」

「この魔法陣ってレジーナさんしか使えないんですか?」

「んー……。理論上は誰でも使用可能なんだけど、他の人で実証実験をしたら、出来上がるものが歪だったり、不完全だったりで、うまく使えないことがわかったんだよね。多分、この魔法陣を使うにあたって、肝になるのは想像力の有無。細部まで作りたいもののディティールを考える力が必要だから、今のところ私以外に使いこなせている人は見たことがないかも」

「そうなんですね……。きっと、レジーナさんは想像力に人一倍長けているんですね。すごい!」

「いやーん。お客さんに褒められちゃった!」


 レジーナさんは恥ずかしそうに身を捩った。


「つむぐ殿はその技術を使ってレジーナに作ってもらいたいものがあるそうだ」

「え〜! 作ります! どんな、どんな?」

「あ、花を飾る台なんですけど……」


 私は身振り手振りを交えながら、必死にスタンドの説明をしようと思うけど、うまく伝わらなかったようで、レジーナさんは顎に手を当てて、首を捻っている。


「高さは私の胸下あたりで……。色は黒で……」


 形はシンプルでよかった。

 メモ用紙を借りて、図を描いて見せた。足は四本で上に植木鉢を乗せたような形を伝えた。


 最初はわからなそうにしていたレジーナさんも、図を見てからは「ああ、こんな感じかな?」と頷いてくれた。


 詳しい内容を口頭で伝えると、レジーナさんはそれを出現させるための魔法陣を描き始めた。描き上がったあと、先ほどと同様の手順でレジーナさんは魔法陣を光らせる。

 すると前の世界で使っていたスタンド台と全く同じものがゴトン、と大きな音をたてて現れてしまった。


「す、すごい!」

「大きさってこのくらい?」

「そうです!」

「でも、これちょっとシンプルすぎない? もうちょっと装飾とか入れてみない?」


 そういったレジーナさんは、自分が今までに作ったもののイメージを書き綴っているというスケッチブックをとってきてくれた。


 聞くとレジーナさんは騎士をしている貴族の顧客を多く抱えているらしい。高貴な身分の人々は他の人と被らないデザインを求める方が多いので、細かく彫金したような飾りを作ることも多いのだとか。


「よし、こんな感じかな。練り直してみよう」


 言葉を皮切りにスタンド台は瞬く間に黒く精密な植物を象った鋳物の装飾を身につけていく。


 魔法だ……。まさに魔法。


 小さな頃に読んだ絵本のような光景が私の前で繰り広げられていた。


 レジーナさんの神業を目の当たりにして目をキラキラと輝かせていた。だってすごいんだもの。

 そんな私を見てレジーナさんはゆるんだ安心した表情を見せた。


「良かった。さすが、にいちゃんが連れてきたお客さんだわ。私がこういうことを一から始めても咎めたりしないんだね」

「咎める?」


 その言葉の意味が私はキョトンとしてしまう。


「私は自分のものづくりの腕前を信用しているし、誇りに思っているけれど、歴史のある貴族の血筋を引いてしまっているから、そんな血筋の人間なのに職人になるなんてってとやかく言う人も多いんだ。私は気にはしてないんだけど、そういう態度を出されるとこちらとしても仕事がしにくくって」

「職人はこの国で蔑まれるような職業なのですか? ……私も一応花屋なので、職人の一種だと思うのですが」


 不思議に思って尋ねると、レジーナさんは首を横に振った。


「いいや。このラザンダルクという国は魔法陣を発展させた魔術具を作ることで国を富ませた歴史を持っているから、職人自体は尊ばれる存在なんだ。だけども、貴族というのは特権階級であると同時に、人を束ねる立場でいるように教育された人間たちの集まりだからな。そうやって統括する立場の人間として生まれた人間なのに、職人のような瑣末な仕事をするな、と考える人も少なくないんだ」

「瑣末……ですか……」


 何だそのいいようは。……ムカつく。

 私は職人という仕事を瑣末だと言った人のことをぶん殴りたい気持ちでいっぱいになった。


「その職人の仕事を『瑣末』と表現した方は、職人の仕事を舐めていますね」

「……お、お客さん?」

「私たち職人は積み重ねによってしか、ものを生み出せません。その積み重ねは一朝一夕では手に入らない宝物なんですよ。口だけしか動かさない外野はすっこんでろって話ですよ」


 メラメラと怒りを燃え上がらせる。フリッツさんは私をみて、オロオロしている。

 レジーナさんは一瞬ポカンとしたあと、ぷっと吹き出す様に笑い出した。


「お客さん! なんで私の代わりに怒ってるの〜! 嬉しい〜」

「わわわ!」


 レジーナさんは感情が弾けたのか、私にぎゅっとしがみつく。ちょうど首元が私の鼻のあたりに近づいてきていて……。女の子相手に何いうねんって自分でも思うけど、めっちゃいい匂いがした。


「私、あなたの一本気なところ、大好きになっちゃった! 私もにいさんと同じように、あなたのことをつむぐさんと呼んでもいいかな?」

「もちろんですよ」

「つむぐさんみたいな人と仕事ができて楽しかった。また何かあったら頼ってくれると嬉しいな」

「はい! ぜひお願いしますね!」

「あと……今度は兄さんなんかどっかに置いておいて、二人でどっかデートしない?」


 ぎゅっと両手を包まれ握られた私は、どこかレジーナさんのお母様であるレフィリアさんのようなかっこよさを感じる、美麗な顔が真正面に来たことに驚き、ドキドキしてしまった。

 うひゃあ眼福、と息を止めていると、その間に割って入るようにフリッツさんが話しかけてきた。


「おい……。レジーナ。まだ私だって、つむぐ殿と出かけた回数が少ないというのに抜け駆けをするな」

「いいじゃん。私だって、家の地位ばっかり気にする貴族貴族してる女達じゃない、かわいいお友達が欲しいんだよ」


 やんややんや、二人は楽しそうに言い合いをしている。


 私は二人の兄妹のじゃれあいよりも、出来上がったスタンド台に目を奪われていた。


 このスタンド台にはどんなアレンジが似合うだろう。私は頭の中で、アレンジのデザインを想像する。

 

 これなら、素敵なスタンド台が作れそう!

 私は出来上がったスタンド台を想像するだけで、胸が高鳴った。




鍛冶屋とは。

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