43 鍛冶屋のレジーナさん
チャチャに薦められたとおり、フリッツさんに「腕のいい鍛冶屋さんをご存じですか?」と手紙の魔法陣で尋ねたところ「まさか剣でも欲しくなったのか?」と慌てた様子で返ってきた。
手紙に書き示された震えた文字から、フリッツさんの動揺が伝わってくる。……違うのに。
ため息をつきながら、鍛冶屋を必要としているわけを手紙に書く。以前スライムで作ったフラワーフォームを使って、店の前に飾れるくらい大きなアレンジメントを作るための台座——スタンドを作りたいだけだと。
そう書いて送ると「また勘違いしてしまった。すまない」と更に動揺して震えた文字で返ってくる。きっと彼は今頃、赤面した顔を両手で隠すポーズをしているに違いない。
フリッツさんって無表情なのにそれ以外の、感情表現が豊かだよね。表情が崩れる様子をいつかこの目で見れたらいいなあ。
*
クリスカレン百貨店に向かった翌日。前の世界であれば日曜日に当たる、聖の日。
今日も花屋『スノードロップ』はお休み。
フリッツさんは今日、一緒に馴染みの鍛冶屋に顔を出しに行かないか? と誘ってくれた。
ちょうど、フリッツさんも仕事で使っている剣のことで相談があったらしい。
この世界に来たての頃は週三日もお休みしちゃっていいのかな……と申し訳なさで、休んでいる間に胃が痛くなることもあったけれど、こちらに来て半年も経てば、体も流石に順応してきた。
うちの店だけお休みだったら、受け入れられなかったかもしれないけれど、聖の日って本当にどこの店もお休みになるんだよね。
王様の近侍騎士であるはずのフリッツさんでさえ休みだ。
王様も聖の日は職務、お休みなんだって。もちろん護衛はゼロ人と言うわけではないけれど、聖の日の王城の最奥に設けられた王の住居に引っ込んでしまうから、護衛も最小限で済んじゃうんだって。
ちなみにチャチャは誘ったけど一緒に行かないらしい。おやすみの日まで嫌な奴と一緒にいたくないそうだ。正直でよろしいね。
チャチャは私がいない時間、アレンジメント作りの練習をして過ごす予定らしい。私が帰ってきたら、スタンドアレンジメントの練習を一緒にしようと約束した。
「できるだけ早く帰ってきてくださいね!」
と上目遣いで言われてしまったので、その期待に答えるべくスムーズに予定をこなすつもり。
*
店の前に現れた今日のフリッツさんは私服姿だった。
爽やかな白いワイシャツに、黒いスキニーのようなスラックスを履いたシンプルな格好だ。
でも足元に見える、茶色のようなワインレッドのような絶妙な色合いの革靴がとって高そう。うーん、フリッツさんってやっぱり貴族様なんだなってことが隠し通せていない。似合っているんだけどね。
「いつも思うんですが……私服姿だとフリッツさん……なんというか若々しいですね……」
「騎士服だと、老けて見えるか?」
「いや、なんと言うか。いつもは『騎士』としての職業自体を身に纏っている感じかして、公的な印象を受けますから。でも、私服だとそれがなくって実際のフリッツさんって感じがします。すごく似合っていると思いますよ?」
「そうか。ありがとう」
優しい声音で言われると、胸がほっこりあたたかくなった。
フリッツさんが案内してくれたのは花屋『スノードロップ』から西側に三本離れた通りにある小さな土づくりの建物だった。王城から離れた住宅街の中にポツンとその建物はあった。
看板とかも出てなくてお店ってよりも、民家って感じがする。
本当にここが鍛冶屋さんなのかな? と疑問に思っていると、玄関から出てきた女性に向かって、フリッツさんが片手を上げなら声をかけた。
「レジーナ」
え。下の名前で呼び捨て?
二人の間に親しさを感じた私の心はなぜだかわからないけれど、微かにモヤっと濁る。最近、こんなことが多い気が……。
声をかけられた女性は、腰くらいの長さのゆるいウエーブがかかった美しい金髪をもっていた。
女性はフリッツさんを見ると黄昏色の瞳を大きく上下に開いた。
「あれえ! フリッツにいちゃん! 久しぶりぃ!」
「……に、にいちゃん?」
フリッツさんの家って貴族なんだから、まさかご兄妹が鍛冶屋をしているとは思いつかない。
私はびっくりして、口を金魚みたいにパクパクさせる。
「あれ? にいちゃんから聞いてなかったですか? 私、フリッツにいちゃんの二番目の妹のレジーナと言います」
に、似てない! フリッツさんと全然似てないよお!
ニコニココロコロ、屈託なく笑う、見た目どう見ても職人レジーナさんと無表情で、いいところの坊ちゃん感(というか貴族感?)があるフリッツさんは一見、全然似てなくて兄妹には見えなかった。
どっちかっていうと、レジーナさんって初対面なのに人懐っこく話してくれて……失礼だけど犬っぽさを感じてしまったからチャチャに似ているなあ、と思ったり。
というか……なんでここに貴族の方が?
「フリッツさんの家って貴族ですよね? なのに、妹さんは鍛冶職人さん?」
「うちは母が元商人なこともあって、比較的自由な家風なんだ。それに兄妹の数も多いからな。一人くらい鍛冶屋がいたって許容されるのが我が家の家風だ」
「許容されちゃったあ〜」
そ、そうなの?
世の中にはいろんなご家族があるとは思っていたけれど、その中でも貴族っていう生き物は血の繋がりとか伝統とかを大切にするから、そういうものにがんじがらめになって生きているものかと思っていた。
しかし、この前会った、フリッツさんのお母さんであるレフィリアさんだとか、ここにいるレジーナさんは私の固定観念を軽々とひっくり返してしまう。なんていうか、ものすごく自由だ。
「それに、レジーナは鍛冶屋としての腕がいいから、貴族にして置くのはもったいないと家族全員が思っていたからな」
「やっだー! フリッツにいちゃん! 照れるぅ〜」
褒められて、顔を赤らめたレジーナさんはフリッツさんの背中をバシバシと叩いていた後ふと我に返ったようで真顔になった。
「あ、やだ。お客さんがいる前で、家族の話ばっかりしちゃった。今日はにいちゃんは剣の綻びを直したいって聞いてたけど、こちらのお客様はどういうものをお望みですか?」
「花のアレンジメントを飾る台のようなものが必要なんですが……。うーん。ちょっと口で説明するのが難しいんですよね」
「花……。あ! もしかしたらお客さん、この前花を切る専門のハサミをリンドエーデンのマダムづてで注文された方じゃないですか? あれ作ったの私なんですよ!」
「え! あの鋏を作ってくださった職人さんだったんですか! あれは私ではなく一緒に働いている子が使っているんですが、切りやすいそうで、気に入って使ってますよ」
レジーナさんの顔がぱあっと明るくなった。
「よかった〜! あれ、今までにない注文だったからドキドキしたんだけど、新しい要素を組み込む練習にもなって注文を受けた側としては、すっごくありがたかったんだよね。それにお客さんのお店で花を買った人たちが、自分の家で花を切り戻すための花専用の鋏を、うちで作れるってどこかから聞きつけたみたいで、あのあともたくさん注文が入ったんですよ。だから今回の注文もどんなものを作れるのか、とっても楽しみだったんです」
「ちなみにレジーナさんはどんなものをお作りになるんですか?」
「まずはそこからですね! よかったら見ていってください!」
私は鍛冶屋さんに詳しくないんだけど、剣を作る職人さんに、スタンド台をお願いできるものなのかな?
職人さんってすぐになれるものじゃないし、商品として使える剣を作れるようになるまで、何年も修行が必要だもんね。
剣の職人さんにスタンド台を作ってってお願いすることって、ものすごく筋違いなことなのでは……。
どうしよう心配になってきた。
スキップしそうなくらいルンルンなレジーナさんの後ろを一抹の不安を抱えながらも大人しくついていった。
フリッツの妹、レジーナ。一応貴族なので、平民(だと思っている)つむぐにはタメ口です。




