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42 マノン薬草店


 レフィリアさんに『粛の日はお昼時に行くと薬草茶屋がある専門店街五階は空いているよ』と教えてもらった私たちはそのアドバイス通りの時間に薬草茶屋さんに向かった。今の時間はすれ違う人も少なく、歩きやすい。

 これなら、いきなり立ち止まっても大丈夫。


 クリスカレン百貨店は、外装だけでなく内装も豪華だ。床材には大理石のような、艶感がある高級そうな白い石材が惜しげもなく使われているし、その中をじいっと見ていると、石材の表面にアンモナイトのような化石を発見できる。


 それを見つけた私は小学生のようにはしゃいで、チャチャに報告してしまった。

 私、前の世界にいた時から、古くて高級感がある百貨店のような建物の石材に紛れ込む化石を見つけるのが、地味に好きなんだよね。趣のある建物の方が化石の発見率も高い気がする。


 床をガン見して立ち止まるなんて、混んでいるときは迷惑極まりない行為だけど、今日くらいの空き具合だったら、見惚れたりしても迷惑にならない。この時間にこられてよかったな。レフィリアさんに感謝しなくちゃ。


「いや〜。外観の豪華さにもびっくりしちゃったけれど、中に入ってもびっくりだよ。通路の床もでつやつやピカピカ! 化石も見つかるし、天井にも等間隔に色々な種類の趣向を凝らしたシャンデリアがかかっているし、大階段には赤いベルベットの絨毯だよ! 夢も世界みたい! テナントを見る前に、建物の装飾見ているだけで、一日が終わっちゃいそう……」

「本当に! 本当に! すごいでし。まるで、夢の国でし! ……こんなところであたちの両親は働いていたんでしか〜」


 チャチャは感慨深そうに、キョロキョロあたりを見渡していた。

 よく考えるとこんなところで働いていたチャチャの両親はかなりの高級取りだったのではないだろうか。


 さっき百貨店の従業員らしき人ともすれ違ったけれど、みんなアイロンがかけられた、質のいい従業員服を誇らしげに身に纏っていた。間違いなく、ここの従業員たちはこの王都内でも指折りの、なかなかいい金額の賃金をもらっているだろう。


 そういえば、チャチャって立ち振る舞いが上品なんだよね。それこそ下町育ちの私なんかよりも、よっぽど品の良さを体現したような動きをマスターしている。


 なのに、どうして両親が亡くなったくらいで、貧民街に行くような羽目になったのだろう。


 誰かに騙された、とか?


 二年前に両親が亡くなったとチャチャは話していたから、その時チャチャは八歳。前の世界の年齢で考えても、九歳くらいの子供だ。

 十八歳でお母さんを失った私でも、相続関連の手続きは頭を抱えるほど大変だったのに、九歳でやるなんて無理に決まっている。きっと彼女には代わりに手続きを行ってくれる後見人がいたはずなのに。


 チャチャに一銭もお金がいっていないように見えるこの状況を考えると、彼女は誰かに自分が受け取るべきお金を持ち逃げされたのだろう。


 この世界は魔法と不思議に満ち溢れた、ファンタジックで夢のある世界だし、今まで私が出会ってきた人たちは幸いにも、いい人ばかりだった。

 でもやっぱりこんな素敵な世界にも、人を騙す人や、悪い人間もたくさんいるんだ。


 両親を失ってから悪意に晒され続けてたチャチャの気持ちを考えると、悲しくなって息が詰まった。


 ふと、上を見上げると、さすがは調度品まで一流揃いのクリスカレン百貨店。小さな通りにも高級そうなシャンデリアが輝いている。煌びやかな光は、無意識に私たちを選別するような皮肉がかった光を発していた。



「あ! あれが元総支配人が言っていた、薬草茶屋しゃんじゃないでしか?」


 チャチャの明るい声で思考の渦から引き戻される。

 チャチャが指差す方には、本日目的としていた、薬草茶屋さんがあった。


「本当だ! 行ってみよう」


 お店の名前は『マノン薬草店』。


 店先からは、高級百貨店のテナントという印象よりも街の薬局か診療所のような印象が強い。

 

 レフィリアさんが考えた通り、この店が薬草茶屋さんだって全く知らなかったら、誰の目にも止まらないかもしれない。私だったら、ちょっと入る勇気がない。こういう百貨店に入っているから、フロアガイドで、あ、薬草茶のお店なんだってわかる感じ。


 店を見上げるようにして立ち止まっていると、中から店員さんがひょこっと顔を出した。


「もし興味があるようだったら、少量からの販売も行っていますからお声かけくださいね」


 よく通り、かつ清涼感を感じる心地のいい声だった。視線を向けると、メノウ色の瞳と目があった。胸元には店長であることを示す金色のネームプレートが光っている。見た目からして年齢は三十代後半くらいだろうか。


 ふんわりと柔らかそうなウェーブがかかったミルクティーブラウンの髪を後ろで一つ結びにしていて、微笑みがびっくりするくらい優しい。ポーッと見惚れてしまう美人さんだ。 店員さんの手元には、ごはん茶碗ほどの大きさの白い乳鉢があった。ゴリッゴリッと音を立てながら、乾燥した薬草らしきをすりつぶしている。


「あ、ありがとうございます」


 声に誘われるまま中に入る。


 壁は黒い色をした漆喰の様な素材で塗られており、植物の標本が絵画の様に飾られていた。家具は艶めいたダークブラウンで統一されている。


 チェストやテーブルの上には溢れん限りの瓶たち。その中には乾燥した植物が粉になっていたり、そのままの形で入っていたり……種類によって分けられていた。圧倒されてほうと息づいてしまいそうなほどの商品量だけど、決して雑多な印象は受けない。商品は規格ごとに並べられていて、店員さんがお茶を調合しやすい様にカスタマイズされている。

 

 店のあちらこちらに効能を記す表記や、おすすめの飲み方などが貼られており、中には経年劣化で色が薄くなっているものもあった。でも、それが不思議と見窄らしくなく、レトロな雰囲気を演出するのに一役買っている様にさえ見える。


 あちらこちらから長年店を切り盛りしてきた中で積み重なったお客さんへの気遣いと、年月の積み重ねを感じさせられた。


 私も普段使いように使えるくらいのお値段のものがあるかな?

 今まで、私がこの世界の生活の中で飲んでいたお茶は街の調味料屋さんで買ったものだった。しかも超、大特価で。

 お高めのお茶は、お隣の仕立て屋のマダムにいただいたものやチャチャが仲良くしている雑貨屋さんの奥さんからもらったものくらいで、味の違いを語れるほど嗜んでいない。

 だから、私でも楽しめるかな? っていう不安はあるけれど、新しい味に対して、興味はある。


 でも、こういう立派な百貨店で買うお茶って高いんじゃないかな……と額に汗を浮かべながら店頭商品の値段に目をやると、意外と高くない。


「あれ? 思ったより高くない。これなら買えるかも」

「はい、このお茶はお客様のお体の調子によって調合を変えているのでお薬のような役割も果たしているんです。だから、あまり高すぎると本当に必要としているかたの手元に届きませんから、お値段をお安めに設定しているんですよ」


 私の呟きを聞き逃さない店員さんが、丁寧に説明を加えてくれる。聞かれていたか……とちょっと頬を赤くしながらも、こんな立派な百貨店に入っているにもかかわらず、尊大な態度を取らない店のあり方に、共感と畏敬の念を覚えた。


 それから店主さんとお茶の効能について話していたら会話が盛り上がって、うっかり自分のことを話してしまい、私が花屋であることがバレてしまった。

 まあいいんだけど……。


 でもそれだけじゃなくて、店主さんのことも知ることができた。店主さんの名前はお店と同じ、マノンさん。


 なんとこのマノンさん。子供の頃はチャチャと同じように、貧民街で暮らしていたそうだ。


 貧民街で暮らしていた頃、体調が悪くなると道端の草を食べてお腹の空きを宥めていたそうなんだけど、種類によって体に変化が出ることに気がついてそれから薬草に興味をもったんだって。


 ものによってはお腹を壊したりすることもあったけど、摂取量や薬草の組み合わせによって症状が変わるのも、マノンさんにとっては興味深い事柄でしかなかったらしく、自分の体を犠牲にしながら研究に励んだって言っていたけど……。マッドだなあ……。


 もっともっと薬草の道を極めたいと思った幼き日のマノンさん。魔術師になれば身分が保証され、研究がしやすくなると知って、魔術師を目指したんだけど、体がびっくりするほど丈夫だったマノンさんは幸か不幸か死にかける様な目には遭わず、白い部屋に招かれたことがなかったため、魔法陣を描くことはできなかった。


 そこで、植物学にも造詣が深い魔術師の小間使いをしながら、薬草茶作りの技術を学ぶことにしたそうだ。



 お店の店主をしているからかもしれないんだけど、私って自立してお店を経営している素敵な女性がいると、その人のことをすぐに好きになっちゃう。

 そんな私はマノンさんのことも、すぐに好きになってしまった。


 それから、私はマノンさんに相談してもらって、むくみがよくなるお茶を注文した。マノンさんは注文を受けると慣れた手つきで、調合を始める。生薬のようにしか見えなかった植物たちが、五分後には綺麗な梱包が施された、お茶の状態にパッキングされていく。


 すごい! プロの技だあ……。


 初めて職人の技を目の当たりにした子供みたいにマノンさんの手元を凝視してしまう。

 そんな私をみてマノンさんは頬をほんの少しだけ薄紅色に染めた。


「そんなにみられたら恥ずかしいですわ」

「だって! 本当にすごいんですもん! プロの技です!」

「まあ、そんなことを言ったら、つむぐさんだってプロでしょう? ほら、あそこの窓際に飾ってあるお花。私の恋人があなたの店から買ってきてくれたものなんですよ」


 マノンさんがすうっと上品に人差し指でさした方向には、確かに私たちの店で売っているミニブーケが置かれていた。


「わあ……嬉しいです。マノンさんが丁寧に飾ってくれているからか心なしか、花たちも嬉しそうですね」


 そういうと、マノンさんは微笑みを深めた。


 はっ! しばらくマノンさんと話し込んじゃった。チャチャ、退屈にしていないかな……と心配になりながら後ろを向くと、チャチャは瓶に入った植物たちを齧り付くように眺めていた。


「すごい……お茶ってただ美味しいだけじゃなくて、いろんな効能があるんでしか……」

「お嬢さんはご興味があるようですね?」

「はいっ! 」


 ちなみにその後。チャチャは寝付きがよくなるお茶を注文した。夢見が悪い日は、これを飲んで寝るんでし! と元気に宣言していたけれど……。

 チャチャ、夢見が悪い日なんてあったの?

 私に言ってくれたらいいのに……。チャチャが言い出すまで見守った方がいいのかな?



「あたち、薬草茶のことをもっと勉強したいでし!」


 チャチャは薬草茶にもう夢中だった。もう少しいたいとのことなので、私も店の中もたくさん見せてもらった。什器はクリスカレン百貨店の印象に合わせて、曲線の美しい、彫り物が施されたアンティークっぽい棚や机が多いけれど、店員さんがいるレジカウンターの中は素朴な作りになっていて、木の温かみを感じさせるDIY作品っぽい引き出しなんかも多くみられる。使いやすさを追求した、職人の机そのものだ。

 店主はこういう雰囲気を本当は心から愛しているのではないか、と感じさせるものがあった。


 この店からは自分を華美に見せようと言う意思よりも、少しでもお客さんのためになることをしたい、という心意気のようなものをひしひしと感じる。


 きっとこのお店は、クリスカレン百貨店を離れても多くの街のお客さんに愛される店であり続けるだろう。



 薬草茶屋さんの視察が終わり、私とチャチャは最上階のレストランフロアで、遅めの昼ごはんを食べていた。


「う〜ん。やっぱり一回このお店に来てみてよかったなあ。レフィリアさんに聞いた感じと、自分で見た印象結構違ってた」

「とってもいい感じのお店でしたね。王都に新しくできた店舗であれば、あたち一人でも入れそうでした」

「うん。きっとどんな人でも分け隔てなく受け入れたいと思っているんだろうね。こちらに寄り添ってくれるんだ。それが押し付けがましくなくて、絶妙で……。私も見習わなくっちゃ」

「あたちもでし。今のあたちは、自分の作るものだけで精一杯で、お客さんの希望を取り入れたり、楽しませる仕組みを作ったりする余裕はありませんが、さっきの薬草茶屋さんからは、それをひしひしと感じました。あんな風になりたいでし……。個人的に、薬草と言うものにとても心惹かれていまし……」


 チャチャもどこかぽやんと夢見るような表情で、頬を押さえながら先程の薬草茶屋さんの様子を思い出している。


 わかる。あのお店に入るとそういう表情になっちゃうよね。あのお店には不思議な魔力があったもん。


「百貨店に入ってるお店だから、とにかく豪華じゃないとって思っていたけれど、もっと素朴な感じにしたほうがいいのかも。薔薇じゃなくてハイドランジアを使うとか。わざとドクダミを入れてみたりとか」

「ほほう……。ドクダミでしか。あの日陰に今時期、びっしり生えている匂いの強い……今は花はないでしけど」

「うん。茎の匂いが少し気になる植物ではあるんだけど、あの独特な葉っぱの形は可愛くって好きなんだよね。それに、薬草を本当に大切にしているなって感じたからちょっと植物もそっちの方に寄せたいなあ」

「でも素朴よりに寄せすぎると、花材も安いものが中心になりましから、元総支配人の贈り物として格が足りなくなってしまうのではないでしか?」


 私はチャチャの言葉に頷く。


「……と、なると。やっぱり新しいものが必要になってくるかな」

「新しいもの?」

「チャチャ、考えているものを商品化してくれるような……鍛冶屋さんってこの街にあるかな?」

「鍛冶屋さん自体はありましよ。でも……残念ながらあたちにツテはないので『あの男』に頼まないとかもしれません……」

「チャチャ。フリッツさんのことを『あの男』って呼ぶのはちょっと……」


 苦笑すると、チャチャはぷうっと頬を膨らませて見せた。



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