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41ドキドキ! 百貨店デビュー!


 薬草茶屋さんにお花を送るというお仕事を受注したのはいいけれど……どんな雰囲気のお店なんだろう。


 お仕事が終わったあと、夕食を食べ終わって、二階のリビングルームでチャチャとのんびりココアタイムを過ごしていた私の頭には、疑問がたくさん浮かんでいた。


 クリスカレン百貨店に行ったことがない私は、もちろん今回お花を贈ることになっている、薬草茶屋さんにも行ったことがない。


 そもそもこの世界の薬草茶屋さんが私の想像しているお店と同じであるかさえ、定かではないのだから困ってしまう。


 ——私のイメージではなんとなく、魔女のような知識を持つおばあちゃんがやっている様子を思い浮かべていたんだけど……。果たして、あっているのかな?


「チャチャ、クリスカレン百貨店って行ったことある?」

「まさか! 貧民街上がりの子供がのこのこいける場所ではありませんよ!」


 チャチャは顔の前でブンブンと手を振って、否定している。


「そうだよねえ……。と、なるとお店を知る人はいないのか……困ったなあ」


 レフィリアさんにもっと聞いておけばよかったと今になって後悔し始める。

 ため息をついて脱力していると、なぜかチャチャが爛々とした目でこちらを見ていた。


「……もしよければ、つむぐしゃん。あたちと一緒にクリスカレン百貨店に……行きませんか? ずっとあのお店に入るのが夢だったんでし。あたちここのお店で働き始めてからのお給料で新しくて綺麗なお洋服も買えるようになったので、百貨店にも足が踏み入れられると思うのでしよ……」

「えっ! 素敵! 夢の百貨店デビューじゃん! ……でも、百貨店ってうちの店がお休みの時もやってるのかな……?」


 この世界は一週間が八日間ある。うちの定休日は週の真ん中に当たる武の日と週末に当たる、粛の日と聖の日の三日間がお休みだ。

 休みすぎな気がするけれど、こっちの世界ではこのくらい休むのが当たり前、それ以上働くのは働きすぎらしい。


 ろうどうしゃにやさしいせかいだあ〜。


「クリスカレン百貨店は聖の日だけがお休みですから、あたちたちのお休みの日にも行けますよ!」

「ってことはクリスカレン百貨店の従業員さんは週一でしか休まないってこと?」

「いいえ。ちゃんとお休みはありますよ。従業員さんは聖の日以外はシフト休です」

「……チャチャ。クリスカレン百貨店に行ったことがないのに、詳しいね」

「あたちの亡くなった両親はクリスカレン百貨店の従業員だったんでしよ」

「え……」


 驚きの事実に私は目をまあるくする。


「パパもママも言ってました。クリスカレン百貨店は大人たちが、羽を伸ばして楽しむ、憩いの場だから、子供は入っちゃだめって。……でも十歳になったら。連れて行ってあげるねって」


 その前にチャチャの両親はこの世から消えてしまったのだ。

 運命ってやつは非情すぎる。


「チャチャ。私と一緒にクリスカレンに行こう。チャチャの両親の代わりにはなれないかもしれないけれど、チャチャは私の家族だよ」


 そう、チャチャの顔を覗きこみながら言うと、チャチャは今にも泣き出しそうな顔をしながら、それを堪えるみたいに口角を上げた。



 日本の土曜日に当たる粛の日。空には小学生が写生大会で描くためのお手本のような入道雲と、翳りも混じり気もない健やかなブルーが広がっている。絶好のお出かけ日和だ。


「つむぐしゃんっ! そろそろいけるでしょうか?」

「行けるよ〜! あ、チャチャ。そのワンピース、お隣のマダムのところで買ったやつ? すっごく素敵だね!」

「そうなんでし! 夏の新作なんですって。ひまわりの模様が可愛くて……。奮発して買ってしまいました」


 花畑を映したような布地のノースリーブワンピースは、チャチャを夏が似合うお嬢様に変身させる。

 働いている時の職人スタイルも可愛いけれど、こういう特別な日のお洋服を着たチャチャもとびきり素敵だ。

 そういう私もマダムの仕立て屋で買った、オリーブグリーンの襟付きでAラインが美しいおニュウのワンピースを着ている。

 シャリっとした麻が着心地の良さを引き立てているが、どこかエレガントさも演出してくれる、素敵なお洋服だ。

 カバンはフリッツさんにもらった、斜め掛けバック。シンプルなデザインだから、お出かけ服にも似合うのが嬉しい。


 ワンピースを買った時に、マダムからビビッドオレンジが眩しい、変わった色のアイシャドウの試供品を頂いたので、今日はそれも使っていつもとは違う、お出かけ仕様のお化粧をしてみた。

 ちょっといつもと違う自分にワクワクして、足取りがいつもより軽い。


「さて。出かけますか。チャチャ、忘れ物はない?」

「ないでしよ!」


 出掛け際、全体の印象を確認するために玄関に置かれた姿見で自分の全身を確認してみた。


 鏡に映る自分の顔の顔を見て驚いた。あちらの世界で一人、意地になって働いていた時、私の涙袋近辺には、黒くて沼のような色合いの隈が、顔に余計な陰影をもたらしていた。だけど、今の私の顔には疲れから生まれるくすみはなく、くまの姿形も感じられない。

 顔色がよく、楽しそうな自分の姿が鏡に映っていた。自然と口角が上がってくる。


 こんなふうに、休日におしゃれをしてお出かけができるなんて、ここに来る前は考えてもみなかったなあ。


 ひょんなことから与えられた幸福を私は噛み締めながら、玄関の扉に鍵を閉めた。



 クリスカレン百貨店は花屋『スノードロップ』と同じ王都の目抜き通りの北端に店を構えている。クリスカレン百貨店はより王城に近い通りの南端に聳え立っている。

 距離的にはそう遠くはない。目抜き通り自体が四百メートルほどしかないので、歩いて五分くらいでついてしまう。


 そんな近いところならば、お散歩がてら行ってみたらいいじゃない、と思われるかもしれないが、私はなかなか決心がつかず、足を踏み入れることができなかったのだ。


 なぜかというと、格が違いすぎるから。


 王都の中でも一番名の通ったお店が集められている目抜き通りにお店を構えていると言うこと自体が一種、王家に承認された店であることの証明になっており、王都の住人からすると『どの店も一級品が買える店』であることには変わりはない。しかし、それでも花屋スノードロップとクリスカレンは店の格式的に雲泥の差がある。


 ざっくばらんに言ってしまうと、南に行けば行くほどお店の格が上がるのだ。


 目抜き通りから二百メートルほど行った付近までは、一流と言っても、マダムの仕立て屋『リンドエーデン』だったり、魚屋さん、肉屋さんといった住宅街に住む庶民の生活を支えるお店が続くのだが、そこから王城__南へと進むと、庶民の生活には関係のない、むしろ美術品に近いようなハイブランド品が並ぶ店々へと景色が様変わりしていく。


 もはや南側のお店は労働に縁がない、セレブ達のために作られた別の国なのだ。


 明確に区切りがあるわけではもちろんないけれど、あちらとこちらを区切る見えない結界があるような気がして、なかなか踏み出せなかったのだ。


 それに、私の金銭感覚だとむしろ目抜き通りのお店よりも、一本外れた道にあるような、より庶民の暮らしに特化した店たちの方が行きやすくって、日頃の買い物やお散歩はついそっちばっかり行っちゃってたんだよね。


「おおう! これがクリスカレン百貨店!」


 私とチャチャはクリスカレン百貨店の建物の前に立ち止まり、天へと伸びる高い建物を見上げた。ここは、目抜き通りに面するどの店よりも建物の身長が高い。

 遠くでパッと見た感じだと、ビルっぽい感じなんだけど、近くで見ると、壁面に細かい細工が施されていて、宮殿のような格式の高さがうかがえる。

 しかも建物の壁面にはこの国で格が高いとされる黒という色が惜しげもなく使われており、その高貴さを彩るようにエメラルドカットをされた宝石のような形の窓が整然と、規則的に並び、澄明な青い光を放っている。


 建物を眺めているだけでも、この建物の荘厳さが伝わってくる。


「なんだか……すごいところだね」

「ドキドキしちゃいまし……!」


 なんだか二人して尻込み……というかあまりの不釣り合い感に恐ろしさを感じてしまったので、二人でぎゅっと手を握りあって店の中に入ることにした。



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